第102話 「後悔」

 退却して行くチュオウノ国軍を追討し始めて半年が過ぎました。

 チュオウノ国軍は藷所野での敗戦が響き、次々と援軍が到着し兵数を増すセイホーウ国軍に追われ、残った城塞も孤立させられ陥落を待つばかりの状態だそうです。


 私達は自分達が強化した城壁を前に、国境の城塞を包囲しています。

 いよいよここまで追い詰めたのですが、チュオウノ国の援軍も本国から入城し、にらみ合いが続きます。

 私には分かりませんが、城攻めは攻撃側の被害が甚大になるため、無理に攻め寄せる事はせずに策を講じているとの事でした。


 城壁に囲まれた街を見つめながら、私は胸が締め付けられるような思いにさいなまれていました。

 あの日、城壁の向こうにある街の宿屋に置いて来たポコ。

 もちろん、あのまま宿屋に居るという事はあり得ません。誰か優しい人に助けられている事を祈り続けています。

 でも、もしかしたらポコはもう……。

 そんな事を考えてしまうと、胸が張り裂けそうになり、藷所野に置いて行けば良かった、誰かに頼んでおけば良かったと、後悔の日々が続いていました。




 そんなある日の深夜、エルフ族のエレンミアさんが、突然天幕を訪ねて来ました。

 そして、エレンミアさんが抱えていた小さな男の子が、彼女の腕から飛び降りて駆け寄って来たのです。

 その姿を見た途端、溢れる涙で視界が歪みました。


「レイ!」


「……ポコ……」


 それ以上言葉が出ませんでした。

 只々、腕の中にいるポコを抱き締めながら、涙を流しています。


「やはり貴方が探していたインキュバスの幼生でしたか。良かった」


 嗚咽おえつが止まず、うなずく事しか出来ません。

 そんな私の背中を、エレンミアさんが優しく撫でてくれています。

 しばらくすると、胸にしがみ付きながらポコが嬉しそうに話し始めました。


「セロリィお姉ちゃんの伝言通りだね! 本当にレイに会えた!」


「……え」


「箱に入ったら、レイに会えるかも知れないって言われたんだ!」


「箱? 私に?」


 ポコが話している意味が分からず、エレンミアさんを見上げます。

 エレンミアさんも意味が分からないといった感じで首を横に振っていました。


「闇に紛れて城塞へと向かう一団が居ましたので、その者達を捕らえた所、抱えていた箱にポコ殿が隠されていたのです」


「……ねえ、ポコ。少し詳しく教えて」


「うん。僕ね、ずっと遠くのお城に居たんだ。セロリィお姉ちゃんのお使いの人が来て、箱に入ったらレイに会えるかも知れないって言われたの!」


「ポコちゃん。そのセロリィお姉ちゃんって、もしかして王妃の事?」


「うーん。パクティちゃんはセロリィ様って呼んでたよ」


 衝撃が走りました。ポコはあのセロリィに助けられたのでしょうか?

 でも、どうして部下に危険をおかさせてまで、ポコを城内へと連れて来ようとしたのでしょう……。


「セロリィお姉ちゃんはねぇ。ずっとレイの事探してくれて、僕を凄く可愛がってくれたんだよ!」


「そっかー。そうなんだね」


 嬉しそうに話すポコの頭を撫でながら、エレンミアさんと目が合いました。

 エレンミアさんも首をかしげるばかりで、訳が分からないようです。


「エレンミアさん。本当にありがとうございます。この御恩は一生忘れません」


「いえ、大切な方と再会出来て良かったです。私は捕らえた者達を尋問してみますので、詳しい話は明日にでも」


 エレンミアさんは一礼すると天幕から出て行きました。

 この事を皆に知らせたかったのですが、深夜なので明日起きてからにしようと思います。

 今日は久しぶりにポコを抱きしめて一緒に眠る事が出来ます。

 ポコも私と眠れるのが嬉しいのか、目を爛々らんらんと輝かせていました……。




 朝方、久しぶりの淫靡いんびな感覚と共に目を覚まし、私は眠気が一気に覚める程の衝撃を受けました。


「ポコーーーーーーー!」


 ポコが……ポコが私の……。




 夜が明けて、皆が天幕を訪ねて来ます。


「……あの女を殺す……。あの女だけは許さない……。あの女を殺す……」


 憔悴しょうすいしきった表情に、地面を見つめながらブツブツと同じ言葉を呪詛じゅその如く繰り返す私を見て、天幕に入って来た皆が心配してくれます。

 でも、私がこの状態に陥っている理由を知ると、気まずそうな顔をしながら天幕を出て行ってしまいます。

 私はその日から寝込んでしまいました……。

 

 寝込んでいる私にポコが付き添おうとしてくれるのですが、ポコは無意識に私の体をまさぐろうとしてしまうのです。

 ポコにその行動を止めさせる度に、悔しくて涙が溢れました。

 あの女に奴隷どれいよりも酷い扱いをされているポコの姿を想像してしまい、涙が止まりません。

 ポコには何の悪意も無いのです。だた私の事が好きなだけなのです。

 私もポコの事が大好き。それをあの女は……。

 でも、ポコを置き去りにしてしまった私が悪いのです。

 取り返しのつかない後悔で、胸が張り裂けそうでした。

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