慈愛と屈辱

第101話 「素敵な再会の日」

「ねえベニちゃん。何で大きな翼が生えているの? 救世主って何?」


「えっ、それよりシズさんが引き連れている妖精の数の方が気にならない? 何だか妖精王のおきさき様とか言われているし」


「ねね、女王とか呼ばれているサキちゃんが連れている、あの体躯たいくの良い黒衣のイケメンは誰?」


「レイちゃんドワーフ族の王なの? クラフト大会で優勝でもした?」


「ハナちゃん、オーガ族の長になったって本当?」


「ひひひ。皆無事で良かったねぇ」


「全部大魔導士シャルロットお婆様のお陰です」


「さあさあ、皆食べて飲んで!」


 涙の再会の後、皆のこれまでの話で大盛り上がりです。

 もちろん大切なポコが居ません。でも、これから国境の街までチュオウノ国軍を追討するという事なので、私も同行して絶対にポコを探し出すのです。

 だから、今日だけは皆と無事に再会できた事を喜び、新たに出会えた皆さんと共に幸せを分かち合います。




 楽し気な宴は続き、種族の枠を越えて皆が楽しく過ごしている時でした。

 エルフ族の銀髪の美しい女性が、金髪の青年の背中を思い切り叩いたのです。

 部屋に響き渡る程の音がして、皆が静まり返ります。

 エルフ族の女性は顔が上気しているので、大分お酒が入っている様子。


「アル! お前は男だろうが! ここぞって時に頑張らないと、後で本当に後悔するぞ!」


 皆からエレンミアと呼ばれている女性が、アルと呼ばれた美しい青年の背中を、何度もバシバシと叩いています。いったいどうしたのでしょう。

 傍にいたベニさんが慌てて止めに入ります。

 すると、エレンミアさんはベニさんの頬を両手で挟み、急に涙ぐみ始めました。


「意気地なしの弟でごめんなさい。ベニ様がこんなに好意を寄せて下さっているのに……」


「エレンミアお姉様……」


 ベニさんが嬉しそうにしながら、エレンミアさんの手を握り返しています。

 その時、背中を叩かれていた青年が起ち上がり、ベニさんの肩を掴んで振り向かせました。

 そしてその場にひざまずいて、ベニさんの手を取ったのです。


「救世主……いや、か、か、可愛いベニさん。お、俺と、け、結婚して下さい……」


 突然のプロポーズに全員の目がベニさんにそそがれました。ベニさんの返事を皆が待っています。

 ベニさんは最初きょとんとしていましたが、何が起こったのか理解した途端、笑顔でその青年に抱き付きました。


「アルちゃん! 大好き! 大好き! 大好き!」


 喜びを爆発させたベニさんが、アルちゃんと呼ばれた青年にキスの嵐を降らせています。

 皆から祝福の拍手が鳴り響き、妖精達が美しい精霊を解き放ちました。

 なんて美しい光景でしょう。何だか嬉しくて涙が溢れて来ます。

 その時、私の傍にいたサキさんに黒衣騎士団の団長が話し掛けるのが聞こえてきました。


「サキ殿……。チュオウノ国軍を国境から追い落としたあかつきには、私もあれをさせて頂きますから。考えておいて下さい」


「え、ええ。頑張って下さ……えっ? クリス団長、いま何て……」


 屈強な体躯をしたクリスさんは、黒衣をひるがえし赤くなった顔を隠すように立ち去って行きました。

 私と目が合ったサキさんも顔が真っ赤です。

 向こうの席ではシズさんがペロに何度もキスをされているのが見えます。

 そう言えば外にいるハナちゃんもボンさんにべったり。

 

 今日はウットリするほど、素敵な日になりました。

 私は大切なポコを探し出す事を今一度心に誓います。

 こうして、素敵な再会の日の夜は更けて行きました……。


 ――――


 藷所野包囲戦に於ける大敗で、大半の兵を討ち取られたルコラ王子率いるチュオウノ軍は、出撃して来たセイホーウ国中央部にある砦へと向かっていた。

 セロリィ王妃を守りながら、敗走時に散り散りになった兵を集めつつ北上している。

 野営地に選んだ小さな砦で、セロリィ王妃の為に天幕を張っていた時、国境の城から早馬が駆け込んで来た。

 城を守らせている貴族から『至急国境の城塞へご帰還頂きたい』との伝言と共に、極秘の書簡がセロリィ宛に届いたのだ。


 極秘の書簡の内容が王の衰弱死の知らせだと確信し、セロリィがほくそ笑む。

 だが、書簡を開いたセロリィは激怒した。

 パクティを直ぐに呼びつけると、怒りに任せて書簡を投げ渡す。

 渡された書簡に目を通し、パクティが唖然としながらセロリィを仰ぎ見た。


『トマトゥル王。王妃と従者の女性と共に、チュオウノ国内へ行くと言い残し行方不明。一部の貴族に怪しい動きあり』


 トマトゥル王が、城に居ないはずの自分と従者の女と共に行方不明。

 考えられる理由はひとつ。ピマンが裏切ったのだ……。

 しかし、王を謀殺しようとした自分への告発ではなく行方不明とは不可解な事が多く、ピマンとトマトゥルにどのような計画があり、セロリィの策略にどう影響するのかが分からない。

 だが、王と自分の不在により国が不安定な政情に陥っている事は確かであり、貴族達が良からぬ行動を起こす前に、国境の城塞へと戻らねばならないのは確かだった。


 セロリィは中央部の砦への退却を取り止め、ルコラ王子を伴い国境の城塞へと向かっている。

 大きな敗戦に続き、馬鹿なトマトゥルの行動により先行きが不透明になったセロリィ。

 盤石と思えた栄華への道。彼女が練り上げて来た計画が音もなく崩れ始めていた……。

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