第100話 「小さな変化」
後世で呼ぶ所の「
藷所野軍は新たに加わったエルフ族とドワーフ族を加えても三万余。
それに対しチュオウノ国軍は未だに十万余りの兵数を保持しており、その圧倒的な戦力差は変わっていない。
異形の巨人や、オーク族を始めとする亜人族を前面に押し出しながら、その包囲網は徐々に狭められていた……。
チュオウノ国の指揮を執るルコラ王子は、エルフとドワーフの連合部隊に対し三万余の兵を差し向け、彼らを森との境に釘付けにした。
その上で残る十万弱の兵で藷所野を包囲させ、一斉攻撃を命じたのだ。
城壁からの攻撃で多少の被害は出るが、藷所野側の魔法攻撃を魔導士達が打ち消しながら
そして遂にチュオウノ軍の兵が城壁に取り付き、異形の巨人達が城壁を越え始めた。
藷所野側はシャル婆の指揮の元、迅速に防衛にあたり各所で敵を押し返している。
しかし、藷所野ファミリアのメンバーとオーガ族が連携を取り、迫りくる敵兵を排除してはいるが、
そもそもオーガ族には魔法や精霊の治癒魔法が効き難く、怪我を負うと直ぐに治癒する事が出来ないのだ。
その為、深手を負うと後方へと下げるしかなく、戦えない戦士の数が刻一刻と増えていた。
レイとベニが居るエルフ族とドワーフ族の陣も、必死に包囲網を突破しようと試みてはいるが、数に勝るチュオウノ軍の柔軟な部隊運用によって、上手に行く手を阻まれている。
いよいよ波の様に押し寄せる敵兵の前に、藷所野の街の陥落は避け得ない状況へと陥っていた。
――――
最初は小さな変化だった。
異形の者達を使役している魔獣使い達は困惑していた。
何故か異形の巨人達の動きが鈍くなり、一部の亜人族が攻撃する手を止めたのだ。
違和感を持ちながらも、使役を再開させようと今一度強力に念を込める。
その時だった。
魔獣使い達の背後から輝く何かが殺到し、異形の巨人達と亜人族の体へと滑り込んで行く。
彼らが慌てて振り向くと、そこには空一面に広がる様々な妖精達の姿があり、皆一斉に輝く精霊を放っていた。
そして、精霊が体に入り込んだ亜人や異形の者達が、何かに目覚めたかの様に同士討ちやチュオウノ国軍の兵士に襲い掛かった。
この妖精たちの登場により、藷所野の大戦に三度目の戦局の変化が訪れたのだ。
「皆お願い。藷所野を守って!」
大好きなシズの呼び掛けに、妖精達がキャッキャと騒ぎながら、藷所野に向けて飛び込んで行く。
妖精と精霊達の美しく輝く波が通り過ぎた場所では、それまでチュオウノ国軍として戦っていた異形の巨人達や亜人族が一斉に争い始め、その光は藷所野を包囲しているチュオウノ国軍全体へと広がって行った。
チュオウノ国軍は完全に統率を失い、包囲を解きながら徐々に後退して行く。
今までセイホーウ国の兵や民を
魔獣使い達の必死の抵抗が続いていたが、圧倒的な精霊の数に打ち消され、異形の者達の使役を維持する事は不可能だった。
結果、人族とオーク族の者だけになったチュオウノ国軍は、その兵数を一気に失う状況に陥ったのだ。
藷所野の南西方向から現れたシズは、妖精達の力も借りながら強力な魔法で敵兵を消し去って行く。
彼女は藷所野の城門近辺の敵を追い払い、ハナに迎えられながら藷所野の街へと迎え入れられた。
――――
ルコラ王子率いるチュオウノ国軍は、藷所野の城壁からは離れてしまったが、包囲を解いた兵を
劣勢になったとはいえ未だ五万余の兵数を揃えており、屈強なオーク族の戦士や人族の兵士もほぼ無傷の状態。
この場で援軍を待ち、再起を図る事は十分可能だった。
彼らの後ろには、まだ十万以上の兵が国境を越え控えているのだ。
その後、藷所野側からの追撃は無く、チュオウノ国軍の兵士達に交代で休息が与えられる事になった。
だが、休憩を取ろうと気を緩めた途端、エルフとドワーフ連合の陣の脇から、突如黒い波が突出して来たのだ。
サキが率いる黒衣騎士団の突撃。
その黒い波の動きに引っ張られるかの様に、エルフ族とドワーフ族も進軍を開始する。
黒い波がチュオウノ国軍にぶつかると、彼らの陣形は一気に崩れ始めた。
黒衣を
特に白い装備を纏った先頭を突き進む者の
そして、その背後からエルフ族の弓による精密な射撃と、屈強なドワーフ族の突撃が始まり、チュオウノ国軍は遂に総崩れとなった。
黒衣騎士団に対し奮戦していたルコラ王子は、ここでの立て直しは難しいと
壊滅的なダメージを受けながらも、
ここにチュオウノ国軍による「藷所野包囲戦」は失敗に終わり、「藷所野の大戦」は圧倒的に不利と思われた藷所野側の勝利で終結したのだった。
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