第99話 「参戦」

「レイ王はここでしばしお待ち下さい」


 いつものほがらかな雰囲気から一転。額に深くしわを刻み、屈強な戦士へと表情を変えたドワーフ達は、藷所野しょじょの近辺の状況を探りに森の中へと消えて行きました。

 私も付いて行こうとしましたが許してくれません。

 危険が伴うという事も有りますが、戦いは自分達に任せろという感じです。

 確かにそうかも知れないので、彼らに従う事にしました。


 しばらくすると、偵察に出ていた者達が駆け戻って来ました。

 彼らが走っているという事は、かなりの緊急事態という事です。


「藷所野は敵に囲まれ、既に戦闘が始まっております」


 最も恐れていた報告に胸が締め付けられます。

 藷所野の皆さんは無事なのでしょうか……。


「ど、どうすれば……」


「レイ王。少し大回りにはなりますが、我々が行くべき場所を見付けましたぞ!」


「私達が行くべき場所ですか?」


「ええ、我々が手伝ってやらねばダメな連中がおりましたぞ!」


「ダメな連中って。それはどんな方々……」


 ――――


 その者達は忽然こつぜんと森から現れ、その場で隊列を整えると、一糸乱れぬ動作で弓に矢をつがえた。

 断崖に足場を築きながらよじ登っていた異形の巨人達と、それを守る様に囲んでいるチュオウノ国の兵士たちは完全に後ろを取られた形となった。


 彼らは何かが風を切る音がして振り向いたが、次の瞬間矢の雨にさらされ次々と射倒されて行った。

 その後も、エルフ族の正確な射撃は続き、異形の巨人達も急所を射抜かれ足場から崩れ落ち崖下へと落下して行く。

 もし異形の巨人達が崖を登り切っていたならば、藷所野の街は彼らに蹂躙じゅうりんされ、皆殺しで陥落していたかも知れない。

 だが、藷所野付近に辿り着いたエルフ族は、戦局を見極め、最も危険と思われる箇所に痛撃を加えたのだ。

 藷所野の街は彼らの参戦で最も危険な状況を脱したのだった。


 突然のエルフ族の出現に驚きながらも、チュオウノ国側も直ぐに陣形を整え、エルフ族との戦いに備えた。

 弓での遠距離攻撃を得意とするエルフ族に対し、重武装の巨人族や重騎兵達が前面に展開し間合いを詰め始めたのだ。

 エルフ族はそれに対し正確な弓術で防具の隙間を射抜き、重武装の者達を足止めしている。

 だが、このまま間合いが詰まり白兵戦になると、剣技も巧みとはいえ軽装備のエルフ族は不利な状況に陥ってしまう。


 チュオウノ軍がジリジリと間合いを詰める中、エルフ族の中から白いコートの様な装備をまとい、背に大きな白い翼を持つ娘が前に出た。ベニだ。

 彼女が地面に手を付き目をつぶると、間合いを詰めていたチュオウノ軍の足元が泥沼化し重装備兵や重騎兵が足を取られ身動きが取れなくなった。

 すかさずエルフ族の矢が殺到しチュオウノ国兵が次々と射倒されて行く。

 ベニの繰り出す地形効果が効き、しばらく一方的な攻撃が続いていたが、チュオウノ軍側もすかさず風水師を動員し、ベニの地形効果を徐々に打ち消し始めた。


 ベニが様々な地形効果を繰り出し敵の進軍を食い止めていたが、チュオウノ軍の風水師の数が増すに連れて、短時間で効果を打ち消される様になってしまう。

 勢いを取り戻した重装備兵が再び前進を始めた。


「ベニ様、そろそろ危険です。お下がりください」


 戦衣に身を包んだエレンミアとアルフェリオンが、それでもと粘るベニを引き戻した。

 それほど長時間では無かったが、ベニが繰り出した地形効果でチュオウノ国軍を足止めした事が、この危険な戦局を好転させる。

 いよいよチュオウノ国軍の重装備兵が目前まで迫り、エルフ族も弓から剣へと武器を持ち換えた時だった。

 チュオウノ国軍の側面に広がる森の中から、大きな盾と斧を構えた一群が突然現れ、チュオウノ国軍を側面から切り崩し始めたのだ。

 暴風の様な凄まじい攻撃がチュオウノ国軍を薙ぎ倒して行く。

 異形の巨人達に勝るとも劣らない屈強な彼らの前に、側面を突かれた重装備兵達は次々に討ち取られ、いよいよ総崩れとなりかけた所でチュオウノ国軍は一旦兵を引いた。


 突如現れた一万を超えるドワーフ族の戦士たちは、退却していくチュオウノ国軍に深追いはせず、整然と並ぶエルフ族の部隊の前に盾を構え布陣した。

 布陣を終えると、エルフ族の方を振り向きドワーフ族の戦士が叫ぶ。


「ひ弱なエルフ族よ、我らが守ってやるゆえ、その場で我々が戦っている勇敢な姿を見ていろ!」


 エルフ族は直ぐに剣を収め、再び弓を構える。

 ひとりの戦士が歩み出てドワーフの戦士に向けて叫んだ。


「そんなに重そうな体に短い手足で戦えるのか? 俺達が敵を射倒してやるから、お前らは盾に隠れて震えていろ!」


「何だと! 偉そうに!」


「お主等こそ無礼であろう!」


 年配のドワーフ族とエルフ族の戦士が罵り合いを始め、列から離れ顔を突き合わせる。

 初めて戦いを経験する若い世代の者達が、今にも戦いを初めてしまいそうな二人の戦士を心配そうに見守っていた。


「戦友よ。皆達者だったか」


「戦友よ。主等ぬしらも変わらず元気そうで何よりだ」


 顔を突き合わせていたドワーフ族とエルフ族の戦士が、満面の笑顔で握手をする。

 彼らはその昔共に戦った仲間だったのだ。

 その姿に二つの種族から歓声が沸き上がる。

 防御と近接戦闘が得意なドワーフ族、遠距離攻撃や魔法が得意なエルフ族。彼らが共に戦場に立つと際立った力を発揮する。

 どちらの種族も、長年他種族との接触を避け、戦の場に立つことは無かった。

 だが「藷所野の大戦」で、数百年振りにドワーフ族とエルフ族が共に戦場に立ち戦う事になったのだ。


 そして彼らとは別の場所で、再会の喜びを分かち合う娘達の姿があった。

 お互いの無事を喜び、涙を流しながら抱き合っている。

 二人とも同じ白いコートの様な装備を身に付け、ひとりはオレリル鋼で出来た長いつちの様な物を持ち、一方は背に大きな白い翼を広げている。

 美しいエルフ族の姉弟と、年老いたドワーフ族のじいや達が見守る中、その大きな翼がレイとベニの姿を包み込んだ……。

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