第93話 「ひと月の停戦」

 チュオウノ国内に衝撃が走った。

 国王の崩御ほうぎょと第一王子の死去が発表されたからだ。

 詳細は伝わって居ないが、王が毒殺され、その首謀者として第一王子が討ち取られたという噂が流れていた。

 その噂に違和感を持った貴族達も多かったが、既に事が起こってしまった以上、余計な詮索は一族の安寧あんねいには繋がらない。

 粛々しゅくしゅくと喪に服し、次代の王への忠誠心を明らかにする事こそが重要であった。


 この件に関し、後世において様々な議論がなされている。

 殆ど残されていないチュオウノ国の歴史書には、王の崩御が淡々と記されているだけで有り、真相を書かれた物は残っていない。

 他国の歴史書を紐解くと、王太子と一部の貴族による暗殺という記述が多く残されているが、矛盾点も多く作り話の域を出ていない。


 実際のところ、セロリィがたくらんだ両者の暗殺は失敗しかけた。だが、とある貴族の思惑が暗殺を成功へと導いたのだった。

 これまでチュオウノ国を治めて来た王は暗愚では無い。

 招待されたとはいえ、用心のため最も信頼のおける臣下の者に、会場の警備と食事の安全確認を任せたのだ。

 しかし、結果的にその貴族の裏切により命を落とす事になった。


 原因は他愛の無い話だった。

 実のところ、王は三人の王子の中で、第一王子を一番愛していたのだ。

 その為、トマトゥルが王太子になった今、第一王子のこれからの人生を案じ、身に危険が及ばぬよう手を打とうと考えていた。

 第一王子を廃嫡にした上で、何処かの貴族の娘の婿養子として迎えてもらい、穏やかな人生を送らせたいと、臣下の者に何気なく話してしまったのだ。


 話をされた臣下の者は戦慄せんりつした。暗に第一王子を引き取れと言われたと思ったのである。

 王族の骨肉の争いに巻き込まれる上に、有事の際は第一王子を守り、トマトゥル王と戦わねばならなくなる。それは一族の破滅の道であった。

 そんな時、王と第一王子の食事会の警備を任されながら、その事で困り果てていた彼の元に、思わぬ知らせが届いたのである。

 『王の食事に毒が盛られている』と……。


 彼は考えた、この毒の目的は何であろうかと。

 第一王子が王を殺す必要は無い。

 そして、毒見の結果を報告したとして、王が第一王子を疑い誅殺するとも考え難い。

 であれば、二人以外の誰かが仕組んだ事になる。

 事がこのまま進み二人が死んだ場合、誰が一番喜ぶのか……。

 彼は答えを導き出し、これからの一族の安寧を選んだのである。


 いやし手を遠ざけ、結果的に毒に倒れた王を見殺しにしたのも、王子に国王暗殺の罪を着せ、その場で討ち取るよう命じたのも彼の差配であった。

 失敗しかけたセロリィの企みは、意外にもその真意に気が付いた者の手によって、同じ結果を招いたのである。

 長く栄華の座に居続けられる貴族とは、常に権力者に寄り添う体を装いながら、その身の保全に最大の注意を払い、したたかに生き延びる者達の事なのだ。


 ――――


 チュオウノ国王の逝去せいきょに伴い、次期国王であるトマトゥル王太子名で、ひと月の休戦が申し入れられた。

 攻め込まれているセイホーウ国側の領主達も、王や他の領主からの援軍を待つ事が出来る為、直ぐに申し出を受け入れた。

 しかし、チュオウノ国側はこの期間を利用して、歩みの遅い異形の軍勢の最前線への配置を完了する事が出来たのである。

 どちらの国が得をしたのかは現時点では分からないが、後世において、このひと月の停戦こそが、この戦乱の勝敗を決したとも言われている……。


 そんな中、第三王子のルコラは前線の指揮官として、国境から遠く離れた地で攻城戦の準備を行っていた。

 その為、彼が王と第一王子の死に関わった事を疑う者は居ない。

 ルコラ王子が最前線へ配置された事は、「激戦の中で死ね」と言うトマトゥル王太子の苛烈かれつな意思表示として受け取る者が多いが、王太子はこの人事に関わっていない。セロリィの指示である。

 最前線への配置は、一見すると命の危険を伴っている様に見えるが、実際は異形の者達を率いた最も屈強な部隊を任せられており、セロリィの庇護下に有ると言って差支え無い状態なのだ。


 セロリィ王太子妃は、ルコラとの秘密を隠し通し、彼と自分を守りながら着実に栄華の頂点へと歩みを進めている。

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