第62話 「王の帰還」

 結局、何の事情も知らされないまま、街の宿で一晩を明かすことになりました。

 朝方になると、流石に店で騒ぐ声は聞こえなくなりましたが、街に到着したドワーフの一団が、あわただしく駆けて行く姿が途切れる事は有りません。

 お昼を過ぎた頃でしょうか、いつも私の面倒を見てくれていたドワーフが部屋に来てくれました。

 でも、今までの様な陽気な感じではなく、かしこまったままです。


「ミコ様」


「え? あ、私の名前はレイです」


「あ、はい。申し訳ありません。レイ様」


 昨日まで呼び捨てで楽しく会話が出来ていたのに、急に“さま”付けで呼ばれ、まともに話も出来ず戸惑ってしまいます。


「皆の準備が整いました。我らが集議場しゅうぎじょうにお越しください」


「準備って、何の準備をされていたのですか?」


「あなた様のお言葉を聞き、これより我らの進むべき道を決める準備でございます」


「えっ? 一体どういう事なのですか? 私は……」


「ああっ! お待ち下さい。儂がひとりでお聞きするわけには参りません。皆の、皆の前でお言葉を」


 やはり、話をさせて貰えません。

 仕方がないので、その集議場と言われる場所へ赴く事にしました。

 ドワーフの皆さんには、命を助けて頂いた御恩があります。

 何か依頼事があるのなら、それをきちんと済ませてから、藷所野しょじょのへ旅立とうと思いました。


 ――――


 宿を後にして、集議場と言われる場所へ向かいます。

 明け方まで賑やかだった街は静寂に包まれ。ドワーフ達の気配はどこにも有りません。

 しばらく歩くと、街の最奥にある巨大な建物の前に到着しました。

 その建物には驚くほど繊細せんさいな装飾が施されています。

 美しく荘厳そうごんで圧倒されるような建物。

 どうやら、この建物が集議場の様です。


 巨大な扉が開くと、見渡す限りのドワーフ族の人達が目に入りました。

 奥の壁がかすんで見える程の大広間が、集まったドワーフ族で、ぎっしりと埋まっていたのです。

 ドアが閉まる音がすると、皆の視線が一斉に私に集まりました。

 いったい私は何をしてしまったのでしょう? 余りの圧迫感に足が震えそうでした。


 集まった皆さんの間を通り抜け、広間の一番奥へと案内されます。

 私が通り抜けるのと同時に、ざわめきが広がって行きます。

 最奥に到着すると、広間から三段ほど上がった場所に、石で出来たのっぺりとした椅子が有りました。

 建物全体に繊細な装飾が施されている中で、この椅子だけ装飾が無く、異質な感じがします。


「レイ様。その椅子を『アマツマラの鎚』で触れて下さい」


 案内して来たドワーフに促され、言われた通りに、取り出した鎚で椅子を軽く叩きました。

 どんな細工が施してあったのかは分かりませんが、椅子は急激に形を変え、荘厳で繊細な装飾が施された、豪奢ごうしゃで美しい椅子へと姿を変えたのです。

 その椅子の細工の素晴らしさに思わず目を奪われます。

 これぞドワーフ族の仕上げた、最高の装飾が施された椅子といったおもむきでした。


 美しい椅子に見惚れていると、広間に集まったドワーフ達から一斉に歓声が沸き起こり、地響きの様な足踏みが始まりました。

 巨大な広間の天井に響き渡る歓声と、建物が崩れてしまうのではなかと思うくらいの足踏みです。

 ドワーフ達は抱き合い、腕を振り上げ、歓声を上げながら足踏みを続けます。

 そして、皆が大きな声で叫んでいました。


「王だ! 王の帰還だ! 遂に王が帰還なされたぞ!」

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