第59話 「明滅する赤い石」

 異変に最初に気が付いたのは、巨大なオーガ族のボンだった。

 彼はいつも大好きなハナを想い、赤く輝く恋人石が指し示す方角を見ていた。

 その恋人石が指し示す方角が、急にそれまでとは真逆を示し、石の赤い光が明滅めいめつし始めたのだ。

 ボンはハナの身に、そしてレイ達の身に何か大変な事が起こったのだと感じた。

 その事を直ぐにガイに伝えると、ガイも問題が起こったと判断し人語が話せるドンを藷所野ファミリアへと走らせた。


 ハナの危機を察したボンは直ぐに旅装を整え、ガイに恋人石の指し示す所へ向かう事告げて走り始めた。

 ガイは走り去る大きな背中に向け、戦が始まる時の様に斧を振り上げ叫んだ。


「にゃっ!」


 ボンは一瞬だけ振り向くと、手を振り上げて答える。


「にゃっー!」


 死線をくぐり抜けて来た二人に、これ以上の会話は必要無かった。

 ボンの大きな叫び声が、藷所野しょじょのの平原に響き渡っていた。


 ――――


 白いコートの様な衣装をまとった血まみれの娘が倒れている。

 倒れている娘に意識は無い。

 彼女は高い岩山の中腹辺りから、大規模な岩壁の崩落と共に雪崩なだれ落ちて来たのだ。


 倒れている娘の周りを、ひたいの両脇から角を生やし、下あごから牙が生えた屈強な者達が囲んでいる。

 その姿はガイに似通ってはいるが、彼とは違うオーガの一族だ。

 彼らは非常に怒っていた。ここに倒れている娘が原因かどうは分からないが、岩山の崩落で多くの家が押し潰され、怪我人が幾人も出ていたのだ。


 この里には治癒ちゆを施せる者は居ない。オーガ族は屈強な反面、その多くは魔法を会得する事が出来ないのだ。

 近隣の他種族の集落に、治癒が出来る者がいないかと里の者を走らせてはいるが、オーガ族とよしみを結ぶ種族は少ない。

 もちろん、この得体の知れない猫耳の娘を救う必要も手段も無い。

 彼らは娘を担ぎ上げると、里のゴミ捨場の様な洞窟へと放り込んだ。


 ハナはかなりの高度から岩山に叩きつけられた。レイの作った防具をまとっていなければ、即死だったであろう。

 ハナが衝突した衝撃でもろくなっていた岩が崩落した。

 周りの岩を巻き込みながら岩雪崩を起こしてしまい、ハナの体はその中に消えて行ったのだ。


 血まみれのハナは、暗く冷たい土の上に無造作に投げ捨てられている。

 防具のお陰で即死は免れたとはいえ、受けた傷は深く、意識の無いハナの命は尽きようとしている。

 彼女の壊れかけた指輪の中では、恋人石がほのかに赤く輝いていた……。


 ――――


 黒衣をまとい、激しく剣を打ち合う男達の脇に、華麗な装飾を施された大量の水をたたえる大きな噴水が有る。

 その噴水が、突然轟音ごうおんと共に砕け散り、周囲に大量の水をまき散らした。

 普通の者であれば、突然の事態に腰を抜かすほど驚き、その場で呆然ぼうぜんとしてしまうはずだが、黒衣の男達は動じず、砕け散った噴水に向けて剣を構えた。


「誰か落ちてきたぞ」


「ああ、俺も見た。白い服を着た奴だ」


 男達は剣を構えたまま、崩れ去った噴水へと近づく。

 すると、白いコートの様な衣装をまとった娘がゆらりと立ち上がった。

 娘の目は虚ろで、頭から血を流している。


「……ミコ様は何処じゃ! お主等ぬしらは敵か!」


 娘は剣を抜くと、男達に切りかかって来た。

 斬撃ざんげきは鋭く、その速さは男達を驚嘆させる。

 男達は迫る斬撃を剣で受け流し、かわすのが精いっぱいだったが、直ぐに散開し体勢を整えた。

 だが、娘は意識が朦朧もうろうとしているのか、徐々に剣を持つ腕が下がり、宙空を見つめながら棒立ちになってしまった。


「……レイさん達は何処? ここは……」


 娘はその場に倒れ込み意識を失った。

 男達が用心深く近づき、倒れた娘を取り囲む。


「この娘は何者だ?」


「落ちて来たのは見たが、何処から現れたのかは知らんぞ」


「なあ、この剣……」


 黒衣の男達の視線が、娘の持つ七色に輝く剣に注がれていた……。

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