第55話 「狡猾なセロリィ王子妃 Ⅲ」

「りょ、領主様。この軍勢は……」


 チュオウノ国の領主城下に到着したトマトゥル王子の軍は異様だった。

 王より授かったきらびやかな装備をした兵が四千。王子直属の兵が六千。

 そして、その後入城して来たオーク族やコボルト族、ホブゴブリンとそれに付き従うゴブリン族の戦士達が合わせて四万。

 総勢で五万という、とてつもない兵数だったのだ。


「あのトマトゥル王子に、いったい何が起こったのだ……」


 トマトゥル王子軍の入城を見ていた領主達は、街を埋め尽くす軍勢に驚きを隠せなかった。


 ――――


「パクティ。明日の事、頼んだわよ」


「はい、セロリィ様。一足先に入城し、邪魔な者共の掃除を済ませておきます」


「掃除が終わったら、狼煙のろしを上げてね。確認出来次第、一気に入城を行うから」


「はい。お任せ下さい」


「いよいよね」


「いよいよで御座いますね」


 セロリィ王子妃とパクティが、お互いに笑みを浮かべた。

 彼女達のちょっとした悪だくみが、いつの間にか国を巻き込む戦争という事態へと広がってしまったのだ。

 しかし、彼女達は自らが付けた火が、思いがけず燃え広がるのを傍観ぼうかんせず、その勢いを巧みに利用したのである。

 そのお陰で、小さな町で権勢を誇っていただけの小娘が、チュオウノ国の王子妃という立場へと上りつめる事ができた。


 そして、彼女の目には、まだまだその先の景色が見えている様である……。


 ――――


 セイホーウ国の国境の城に狼煙が上がってから半日が過ぎた。

 城下には、トマトゥル王子軍とは名ばかりで、その大半がセロリィ王子妃に従う軍勢で埋め尽くされている。

 謁見えっけんの間では、昨日まで若き領主と母君が座っていた高座に、トマトゥル王子とセロリィ王子妃が座っていた。


「ドーネルよ」


「はっ!」


 トマトゥル王子の呼びかけに、この領主城の元領主であるドーネルが歩み出てひざまずいた。


「この度の事、ご苦労であった。貴殿達は我が国の貴族として遇するゆえ、その領地も地位も私が保証する。これから、セイホーウ国への版図を広げる故、貴公の軍も参戦せよ」


「御意」


「レーバーぎみ


「はい」


 ドーネルの母君が歩み出て、うつむいたまま片足を引きドレスのすそを持ち上げた。


「かねてより、我がきさきより話は聞いている。諸事感謝しておる」


「有難きお言葉。この場にてお会い出来ることを、心待ちにしておりました」


「この後、妃が話をしたいそうだ。この場に残られよ」


「承知致しました」


 レーバーは一礼すると、後ろに下がり列へと戻った。


 ――――


 王子とその近臣が謁見の間を退出すると、その場にセロリィ王子妃とレーバー君、そしてパクティ達が残っていた。

 レーバー君はセロリィ王子妃に深々と頭を垂れる。


「セロリィ様。やっとお会いする事が出来ました」


「レーバー君にお会い出来る事を、心待ちにしておりましたわよ」


「何と。有難きお言葉」


「いえいえ。元領主の息子達について教えて下さり。誘拐についての情報を下さった事が始まりでございますから」


「とある町の財政が厳しい事を教えてくれた商人に感謝ですわね」


「ええ、その節は本当に助かりました。強力な印綬スクロールまでご準備頂き」


「いえいえ、見事なお手際でした。あのバカ息子のケーバブを排除でき、本当に感謝しております」


「それよりも、領主シシカーバブを上手に消し去ったお手際に感心致しました」


「ほほほ。愚かにも息子と同じ方法でこの世を去るとは。男とは下半身のだらしなさで身を亡ぼすものでございますわね」


 二人は見合うと、どちらからともなく笑い出してしまった。

 可愛い息子の為に、領主であった夫とその息子を謀殺ぼうさつし国を売った女。それを手助けし利用することで、王子妃への道を描き切り開いた女。


 二人の甲高い笑い声が、謁見の間に響いていた……。




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