第52話 「領主の母君」

 国境を守る城壁に囲まれた街に到着すると、私達は直ぐに領主の城へと呼ばれました。

 謁見えっけんの間という部屋に通された私達は困っていました。領主様への礼儀作法など、誰も知らないからです。

 良く分からないので、とりあえず頭を下げてうつむいておく事にしました。


「顔を上げよ」


 声を掛けられたので、チラチラと皆を確認しながら顔を上げます。

 領主様は未だ少年の雰囲気が残る青年でした。

 かたわらに豪奢ごうしゃなドレスを身に付けたご婦人が座っています。母君でしょうか。


「ここに居られるのが、領主のドーネル様です。そなた達が王が遣わした城壁職人ですか」


 領主様ではなく、傍らの母君が話を始めました。

 答えるべきか迷いましたが、誤解されてもどうかと思い、返事をする事にしました。


「私共は職人ではございません。冒険者のファミリアメンバーでございます」


「冒険者なのですか? おそろいの衣装を着た冒険者とは珍しい」


「はい。これは防具でございます。私達のファミリアは、全員このデザインの防具を装備しております」


「そうですか。まあ、そんな事よりも、直ぐに城壁の強化をして貰いましょう。この者の指示に従い作業を行いなさい」


 私達は休む間もなく城壁の強化に従事させられました。

 他にも作業している人達が居ましたが、私達の作業スピードが何倍も速かったのか、街を囲んでいる城壁だけではなく、街の周囲の平原に連れて行かれ、頑丈そうな城壁を各所に作るよう指示されました。

 平原では国境に向けて城壁を作るだけではなく、何故か街の背後にも強固な城壁を作るよう指示されます。

 不思議に思い理由を聞いてみると。敵が深く侵入してきた時の備えという事で、領主様の城を中心に、幾重にも城壁で囲む様にとの事でした。


 その作業が数日で終わると、城壁を更に遠くの森にまで広げよとのことで、遠く離れた森の手前に城壁を作るよう指示されました。

 そして、その作業をしている時でした、森からホブゴブリンの群れが襲い掛かって来たのです。

 役人は逃げるように指示しましたが、それまで何もする事が無くて、暇そうだったハナちゃんとサキさんが嬉しそうに立ち上がりました。

 そして、群がって来たホブゴブリンを、二人であっさりと片づけてしまったのです。


「お、お前たちは強いんだな……」


 指示をしていた役人が驚いていました。ちょっと壁造りが得意な娘達としか思っていなかった様です。

 でも、逆にこれが切っ掛けで、なんと国境地帯にある砦の強化をさせられる様になってしまったのでした。


 ――――


 役人の指示通りに、国境の近くにある砦の城壁を強化している時でした。

 砂煙を上げながら、こちらに向かってくる集団が見えたのです。

 遂に敵の攻撃が始まったのかと驚いていたら、その集団の手前に馬車が見えて来ました。どうやら、騎馬隊に追われている様です。

 馬車には粗末なローブをまとった人達が乗っていて、追いすがってくる敵の数は十騎ほどでした。


 ベニさんとシズさんが応戦の構えを見せ。二人は騎馬隊と馬車の間に立て続けに雷を落とし。それ以上進めない様に暴風で砂を巻き上げます。

 そして、ひるんで立ち止まった騎馬隊の頭上に巨大な火球を通過させると、騎馬隊は一目散に去って行きました。

 私達は戦争をしに来た訳ではありませんから、人に攻撃を当てるなどもっての外です。

 相手が素直に立ち去ってくれて、正直ほっとしました。


 私達は役人と供に逃げて来た人達を連れ領主の元へと向かう事に……。

 何やら敵の大事な情報を持っているそうなのです。


 ――――


 領主と母君が謁見の間に出て来られ、お二人の脇に私達も控える事になりました。私達の後ろには兵士が並んでいます。


「あなた方は本当に強い冒険者だそうね。報告を聞いて驚きました」


 母君が私達に笑顔で声を掛けて下さいます。


「それに、その素敵な防具は素晴らしい性能を持っているそうね。感心しましたよ」


 始めて面会した時は何だか冷たい感じでしたが、今回はとても穏やかに接して下さいます。

 母君に会釈をしていると、逃げて来たローブ姿の人達が部屋に入って来ました。少し離れた所でひざまずきます。


「顔を見せよ」


 ローブをまとった人達が目深に被っていたフードを外しました。殆どが女性でしたが、私はその中の四人に目を奪われます。

 私が知っている顔、忘れる事が出来ない顔、見間違いではありません。

 パクティ達です。

 そのパクティが膝を付いたまま、一歩前に進み出ました。


「領主様。この度は私たちをお救い頂きありがとうございます。私達は王子妃に奴隷どれいの様に扱われ、毎夜の如くはずかしめを受けて参りました。余りの卑劣ひれつさに耐えかね、逃げて参り……」


「嘘です! 領主様、だまされてはいけません。この者達はセロリィ王子妃の腹心の部下たちです! 罠に違いありません。お気を付けください!」


 思わず叫んでしまいました。皆が私に注目します。


「ああ? お前、レイか?」


 パクティが驚いた様にこちらを見ています。


「領主様。早くこの人達を捕らえて下さい!」


 私の言葉に、母君が前に出られて腕を振り上げました。

 それに合わせて兵士たちが構えます。


「無用の事じゃ。消えよ」


 突然母君が私達の方を振り向き、手を振り下ろしました。

 その刹那せつな、世界が回り始めます。

 視界の端で、シズさんやベニさん、サキさんにハナちゃんが消えて行くのが見えました。

 私も直ぐに視界が真っ暗になり、意識が遠のいて行きます。


『ああ、ポコを宿に置いてきて良かった』


 薄れ行く意識の中で、そんな事を考えていました……。

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