第49話 「我が命の恩人に」

 ルンダーンの命を狙うやからが迫りくる中、ケーバブは一頭のラクダにまたがると、教えて貰った首都の方角へと一目散に逃げ出した。


 ルンダーンは、ケーバブが一人で逃げ去って行く姿を視界にとらえて驚いていた。

 妻を見捨てる様な男には見えなかったが、生き延びる手段としては悪い選択肢ではない。

 それに、あの美しい妻であれば、男を受け入れさえすれば殺されることは無いだろう。

 数人の輩がケーバブの後を追っているが、目的が自分を殺す事で有る以上、さほど深追いはしないだろう。

 選んだ手段はどうであれ、ケーバブが逃げ切れる事を願った。

 そして、武器を握りしめながらある想いが頭を過った。

 (自分が生き延びた時は、あの美しい妻を……)


 ルンダーンは、命の危機が差し迫った中で、不埒ふらちな事を考えている自分に笑ってしまった。とにかく、先ずは戦って生き延びる事なのだ……。


 ――――


 ケーバブはしばらくラクダを走らせると、首をめぐらせ自分を追ってきている敵の数を確認した。追手はわずか三騎だった。

 彼は苦笑いをすると、ラクダを取って返し、おもむろに弓を引き絞った。


 瞬く間に二騎が射倒され、その間に間近に迫った敵も、半月刀の斬撃ざんんげきで切り倒された。

 彼は血統だけで、国のかなめである国境の次期領主の座に居た訳では無い。これまでも、戦いに関しては他に後れを取る事は無かった。

 襲ってきたやからの目的が、ルンダーンの殺害であるならば、搦手からめてを準備しているとにらみ。その対処をする為に、一旦オアシスを離れたのだ。

 ケーバブは大きく迂回うかいしながら、オアシスへと騎首を向けた。


 オアシスを見下ろせる砂丘の後ろ側に回り込むと。彼の読み通り、弓を準備している男達が隠れていた。恐らく毒矢をつがえている部隊だろう。

 彼らは、背後に現れたケーバブの存在に気が付いていない。

 ケーバブはラクダを降り、音も立てずに彼らに忍び寄ると、無言で首を落としていった。

 そうして、ケーバブは次々に敵の背後から攻撃を加え、オアシス周辺の敵を一掃いっそうすると、最初に毒矢隊を倒した砂丘に降り立ち、高所から矢を射かけ始めた。

 ルンダーンを毒矢隊の近くにおびき寄せようとしていた輩たちは、背後から矢を受け次々に倒れて行く。

 輩が統率を失ったのを見計らい、ルンダーン達の反撃が始まり、大幅に打ち減らされた輩達は慌てて逃走し始めた。

 輩達が崩れるように逃げ出す姿を確認すると、ケーバブは再びラクダに跨り、弓と半月刀で逃げる輩達を次々と葬ったのだった。


 ――――


「我が命の恩人に!」


 ランプの明かりが照らす天幕の中で、ルンダーンが美しい装飾が施されている銀製の杯を掲げ、同じ動作でケーバブが答えた。

 ケーバブの傍らにはバジルが座っている。

 彼女は砂漠の民の王族が身にまとう様な、あでやかで美しい衣装を身に着けていた。

 ベールから覗く顔には綺麗な化粧が施され、最近まで粗末な服を着ていた奴隷どれいであったとはとても思えない美しさだ。

 彼女が身に纏っている物は、全てルンダーンからケーバブへのお礼の品だった。


 ルンダーンは正式な礼は首都に着いてからと言いながら、隊商で準備できる最高のもてなしを行った。

 並べられた豪華な食材は、輸送中の大切な荷物を開いた物だ。

 彼は「自分が死んでいれば、届かなかった荷だ」と言って、惜しげもなく開いてしまったのだ。


 隊商の者達へも酒が振舞われ。皆が大騒ぎをする中、天幕の下で三人は優雅な時間を過ごしている。

 ルンダーンは、サンドランド国の王子のひとりで。父王の覚えが良いばかりに、王位を狙っていると勘違いされ、他の兄弟から度々命を狙われているという事を語り。

 ケーバブは諍いに巻き込まれ、領地へと戻るためにサンドランドを訪れているという事情を話した。


 ルンダーンは、首都に着いてからケーバブが領地に戻る為に最大の協力をすると伝え。

 ケーバブは、兄弟とのいさかいで何か協力が出来る事が有れば労を惜しまないという事を約した。

 二人は旧知の仲で有るかのように気が合い。お互いを認め信頼を深めていったのである。


 ――――


 翌日の夜になると、隊商はまた隊列を整え首都へと歩みを進めた。

 まだ数日の行程が残ってはいるが、流石にこれ以上首都に近い場所で襲われることは無いだろう。


 ケーバブの背中に寄り添っているバジルは、ルンダーンがケーバブの戦術眼と武技を手放しに称賛する姿を思い出し。我が事の様に嬉しくなり、人知れず笑みをこぼしていた。

 この砂漠で培われたケーバブとルンダーンの絆が、バジルの身に思わぬ状況を招く事を彼女は未だ知る由もない……。

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