第48話 「月明かりの砂漠」

 大きな荷袋を背負ったラクダの隊列が、月明かりに照らされた砂丘を踏み進んでいる。

 隊列の前後と中央付近には、人が乗っているラクダが見て取れ。その中に他のラクダとは違い、人を二人乗せたラクダが歩いていた。


「今日は満月か……。月が一段と綺麗だな」


「はい」


 ケーバブの腰に腕を回し、彼の背中に寄り添うバジルが、ちらりと月を見上げた。

 彼女にとっては、月の事や周りの事などはどうでも良かった。

 砂漠の夜は冷え込むので、二人とも防寒具を着こんでいる。

 ケーバブの体温が防寒具越しに伝わってくるはずは無いのだが、とても暖かく、寒さを感じる事は無かった。こうしてケーバブと寄り添ってさえ居られれば、他の事は何も気にならなかったのだ。


「バジルは、どんな月が好きなのだ?」


「ええ……そ、そうですわね、三日月です……でございます」


「バジル。無理に言葉を改める必要は無い。俺はいつものお前で十分だ」


「……でも、ケーバブ様に恥をかせてしまいます……」


「俺はお前がどんな言葉遣いをしようが、どんな振舞ふるまいをしようが構わない。お前を愛している」


「……」


 バジルは答える代わりに、回した腕に更に力を込めて、ケーバブの体を強く抱き締めた。

 彼女のひそやかな答えを受け取ったケーバブは、自分を抱きしめるバジルの腕に優しく手を重ねた……。


 ――――


 灼熱しゃくねつの太陽が照り付ける中。隊商の一団は、緑が茂る場所で木陰に天幕てんまくを張り休息を取っている。

 この場所は年中水が枯れる事が無く、周辺に緑が生い茂る、いわゆるオアシスと言われる場所だ。


 隊商はこのようなオアシスを通るルートで砂漠を横断するのがつねだ。

 夜間、星の位置を頼りに行程を進め。厳しい陽光にさらされる昼間は、このような場所で日差しを避けて休息を取る。

 砂漠に点在しているオアシスの場所を把握はあくしている事が、隊商の最大の強みでもあるのだ。


 天幕の中でバジルを抱きしめながら寝ていたケーバブは、何やら騒がしさを感じて目を覚ました。

 外に出てみると、隊商の男達が武器を手に取りながら騒いでいる。

 その中央に、腕組みをしながら遠くの砂丘を見つめているルンダーンがいた。

 ルンダーンはケーバブに気が付くと、軽く会釈えしゃくをして、また砂丘の方へと視線を戻した。


「どうかされましたか?」


「いえ、客人に心配を掛ける程の事ではございません。天幕の中で奥様とゆるりとお過ごし下さい」


 ルンダーンが見つめる砂丘の縁に人影が見え隠れしている。

 振り返ると、反対側の砂丘の縁にも、なかなかの人数が出没していた。

 それを見てルンダーンの表情が険しくなる。


「ふむ……。客人よ。ラクダの準備をしておいてくれませんか。もしもの時は、こちらの方角に一昼夜駆け抜ければ、無事に首都に辿り着けましょう」


 ルンダンーンが申し訳なさそうな顔をしながら、首都への方向を指さしていた。


「野盗か何かですか?」


「いえ。野盗ならば、もっと襲い易い夜間の隊列を狙うはずです」


「確かに。では奴らは?」


「恐らく私の命を狙っての事でしょう」


「ルンダーン殿の命を?」


「私はきさきと共に楽しく生きて行ければ満足なのに……。王位など、欲しい奴が勝手に手にすれば良い。兄弟に命を狙われるとは情けない限りです」


「ルンダーン殿は、この国の王子……」


「身内のいさかいに巻き込んでしまい申し訳ない。簡単に死ぬ気はありませんが、貴公はラクダの準備と、美しい奥様の身の安全を図って下さい」


 ルンダーンは武器を手に取ると、ケーバブに会釈をして、その場を立ち去った。

 ケーバブは天幕に戻ると、既に目を覚ましていたバジルに身支度をさせた。

 そして、もしも自分が戻らずに他の男どもが現れたら、逆らわずに身を任せる様に言い含めて天幕を出て行った。


 隊商は、野盗に襲われた時の為に武器も有る程度準備がある。

 ケーバブは鋭い半月刀を腰に差し、得意の弓と持てる限りの矢を手に取った……。

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