動き出す世界

第29話 「生き延びた三人」

 キュバスサロンのアヤセは、北方の国に来ている。

 ひと月ほど前に、新しいサロンを開こうと、国境近くの街に滞在していたのだが、平穏へいおんそうに見えていた街は急に戦場となり。その後も、きな臭い情勢になって来たので、キュバス達と共に北方の国へと避難したのだった。


 アヤセの目の前で、妖艶なサキュバスが意識の無い男にからみつく様にしながら腰を振っている。

 この男は、国境の街でサロン用の物件を下見している時に、突然血まみれの騎士が抱えながら連れてきた男だ。


「この男の命を救い、この剣と共に隣国の領主の元へ連れて行ってくれ。期待以上の謝礼が有るはずだ」


 騎士はそう言うと家紋かもんの入った短剣を置き、意識の無い男のほほに口づけをすると、表通りへと消えて行った。


厄介やっかいなモノを預かってしまったね……」


 そう言いつつも、隣国はキュバス達の里も多く、貸しを作っておいて損はない。

 しかし、万が一この国の兵士に見咎みとがめられると危険を呼び込むことになる。

 アヤセ達は建物の裏手にある狭い運河に出て、浮かべてある小船へと逃れた……。


 ――――


 アヤセにはこの男の意識が戻らない理由は直ぐに分かった。男のとある場所に印がきざんであったのだ。

 その部位には、印を刻むと同時に、強力な『綬印じゅいん』避けの呪文も掛けられていた。これにはアヤセの『綬印』スキルでも対抗出来なかった。

 男の精管に刻んである印を解除するには、男の精で印を消し去るしかない。

 しかし、それが容易に出来ない様に仕組んであったのだ。


性質たちの悪い『綬印スクロール』を使っているねぇ。しかも男が衰弱死する前に印が解除されない様に、男の精が枯渇こかつするまで性行為を行ってから印を刻んでいるね……。恐ろしい事をする奴が居るもんだねぇ」


 アヤセは、サキュバス達の能力「幻惑げんわく」と「催淫さいいん」を使えば、男に性行為をさせる事は容易だが、ここまで衰弱した体だと、印を消し去るほどの行為が出来る様になるまでには、ひと月は掛かると見ていた。

 しかも、隣国との国境は閉じられ、今にも戦争が始まりそうな状況なのだ。

 思案した末に、自分達の身の安全と、この男の命を救うために北方の国へと逃れる事にしたのだった。


 男の名はピッツア。

 ターコスと共に、幼い時より領主の息子ケーバブの付き人をしていた青年だ。

 セロリィ嬢のたくらみで三人共衰弱死するはずであったが、しくも三人共生き残る事が出来たのだ。


 ピッツアは意識が戻って数日後に、アヤセから家紋入りの短剣を受け取った。

 短剣をたくされた時の状況と託した者の事を聞き、彼は落涙らくるいした。彼を助け、恐らく命を落としたであろう騎士は、彼の兄だったのだ。

 彼は直ぐにでも城に戻りたいと思ったが、残念ながら彼が意識を取り戻すまでのひと月の間に、南方への山道は雪で閉ざされてしまっていた。

 彼はしばらくのあいだ、この雪深い北方の国で過ごす事になり。それが彼の人生を大きく変える事にとなった。


 ――――


 一方、領主の息子ケーバブは、しばらく森に潜伏した後、バジルと共にオーク達に襲撃された村へと戻っていた。村にはオーク達の姿は既に無かった。

 そもそもオーク達が集団で人族の村を襲うのは珍しい事だった。何かしら原因が有るはずだが、今のケーバブ達にそれを調べる術はない。


 ふたりは村に放置された死体を焼き、残された食べ物や服、野宿で使う細かな道具類を荷袋に入れると、一頭だけ残って居た馬に乗り国境を目指した。

 しかし、国境が封鎖され厳重に警備されている状況を見て、一路南へと向かう事となった。

 隣国の領地とは大きな山脈でさえぎられている。国へ戻るには砂漠地帯を越え南方の国から大回りをして戻るしか方法が無かったのだ。


 ――――


 バジルは彼に従い行動を共にしている。彼は元気になると直ぐにバジルを抱き、そのまま彼女をそばに置いた。

 元々彼をいとおしく思っていた上に、彼もバジルを愛しいと言ってくれる。彼女は女になって始めて愛しいと思う相手と添う事が出来たのだった。


 二人はケーバブに印が刻まれていた事も、それが何故解除できたかも知らない。

 ケーバブはバジルが自分の為に村の男たちにもてあそばれていた事を知っている。日々自分に寄り添い、自分を抱きしめながら眠っていた事も……。

 彼はそんなバジルの事を愛し始めていた。

 そして愛されるが故に、バジルは彼の思わぬ性癖せいへきを知る事となり。

 奴隷であった彼女の人生は大きく変わって行く事になる。

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