第22話 「回復しない原因」

「おい、蹄鉄ていてつや」


「……ミントです」


「ひひひ。その蹄鉄のあとが消えるまでは、蹄鉄って呼んでやるよ」


 ローブを被った老婆から「蹄鉄」と呼ばれている娘の顔には、馬の蹄鉄の形をしたあざがある。

 馬に顔をられ瀕死ひんしの重傷を負ったが、この老婆に救われたのだ。


 老婆の治癒魔法で命を取り留め、顔に負った大怪我もえたが、皮膚に残った蹄鉄のあとが痣になって残っていた。

 彼女の名前はミント。

 セロリィ嬢に買われた奴隷のひとりで、パクティが”馬に蹴られて死んだのを見た”と言っていた娘だ。


 老婆が本気で治癒魔法を施せば、あざは綺麗に無くなるかも知れない。だが老婆はそうしなかった。

 助けてやったお礼に、自分の身の回りの世話を焼かせ、どうやら知り合いらしい男の回復の手伝いをさせるためだ。


 年老いた老婆の趣味は、治癒に関する魔法の考察を記録する事だった。

 傷や怪我を直すのはもちろんだが、理由が分かりにくい呪いや印綬いんじゅによる障害を治癒する方法を世に残すのが目的らしい。


 老婆の治癒魔法を寄せ付けず、いつまでも意識が戻らない男にも、何かしらの原因があるはずなのだ。それを解き明かす手伝いをミントにやらせるつもりなのだ。


 男の体を調べたが、意識が戻らない原因はなかなか見つからない。

 昔の文献を調べたり、知り合いの治癒師に似た症例が無いか聞いたが、体の何処かに「印」が刻まれている可能性しか浮かばなかった。


 調べ上げた結果。男のとある部分に印が刻まれ、その影響で男の意識が戻らないのだろうという結論が導き出された。

 そして、その印を消し去る方法はひとつ。

 その結論に至った時。老婆はミントを残しておいた事を治癒魔法の神に感謝した。


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 領主の息子と自分が生きて行くために、食料と交換に村の男達に好きなようにもてあそばれているバジルだが、男達が居ない時は領主の息子に常に寄り添いながら過ごしていた。

 バジルは回復を祈りながら過ごして行くうちに、領主の息子に対して愛情すら感じる様になって来ている。

 男に回復のきざしは見えなかったが、最近何となく顔色が良くなっている気がしていた。


 今日もまた村の男達に弄ばれ精にまみれたが、行為が終わると直ぐに身を清め、男を優しく抱き締めながら眠りについた。

 その時、男の両方の目から涙が溢れ出した事に、彼女は気が付いていない。




 夜中に大きな叫び声と悲鳴が聞こえ、バジルは眼を覚ました。

 恐るおそる外を覗くと、家々が火に包まれ、村人が逃げまどう姿が見えた。

 燃え盛る炎に照らされ、武器を持ち村人を襲う者達の姿が浮かび上がる。豚の様な顔をしたモンスター「オーク」の群れだった。

 男達は次々に殺され、女達は引きずり倒されてオークの群れに犯されている。

 自分を弄んで来た男達の死と、自分に唾を吐き見下していた女達が犯されている姿が目に飛び込んで来た。


 バジルは家に向かってくるオークの姿に、領主の息子を助ける方法を必死に考えていた。彼女の力では、男を抱えて逃げる事は不可能だ。

 彼女は必死で考えを巡らせ、何か思いつき急いで行動に移す。

 粗末なベッドの下に領主の息子を隠すと、直ぐに裸になり、ベッドの上でドアに向けて足を開いた。


 蛮刀を持ったオークはドアを蹴破り家に侵入すると、部屋を見渡し直ぐに裸の女に気が付いた。豚の顔が厭らしく歪む。

 オークは周囲を警戒しながらバジルに近寄り、周りに危険が無いと判断すると、蛮刀をベッドの横へと放り投げ、彼女に飛びついた。

 自ら絡みついて来るバジルに誘われ、オークは直ぐに腰を振り始める。

 バジルはオークの機嫌を損ねないように、すがり付き大きな嬌声を上げていた。


 二人の居る家が村の外れに有る為か、他のオークは現れない。

 バジルの上で腰を振るオークは、悲鳴では無く嬌声を上げるいやらしい人族の女に興奮していた。

 バジルを抱えベッドを降りると、彼女を抱え上げたまま大きく腰振り、大声でうなりながらバジルに精を放出した。


 オークがバジルと繋がったままの状態で、快楽の余韻を楽しんでいた時だった。

 ニタニタと笑う豚の頭が胴体から離れ、血をまき散らしながら床に転がり落ちたのだ。

 胴体だけになったオークの背後に、蛮刀を手に持った領主の息子が怒りの表情を

浮かべ立っていた。彼は意識を取り戻したのだ。

 仁王立ちしている男の服は、何故か股間の部分だけが濡れた様に汚れている。


「バジル無事か?」


 いきなり名前を呼ばれたバジルは、驚きながらもうなづく。


「俺の名前はケーバブ。戦いたいが、体が衰弱し過ぎて無理そうだ。先ずは一緒に逃げよう」


 ケーバブと名乗った男は、オークの血と精で汚れたバジルに服を着せ、彼女の手を握ると闇に紛れて村の外へと逃げ出した。

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