第19話 「ダンジョンにて」

「キャーーーーー!」


「ちょ、ちょっとハナちゃん、押さないでよ」


「無理無理。早く逃げようよ!」


「シズさん、早く何とかしてー!」


 シズさんが暴風を起こして、巨大なオーガをどこか遠くへ吹き飛ばしてくれました。

 実は、私達はダンジョンに潜ってから一度も戦っていません。

 理由は……怖いから。

 自分達のスキルと装備があれば、大丈夫だとは思うのですが、私達四人はまともに戦った事が無いのです。


 浅い階層の時は、弱そうなモンスターばかりで、向こうが逃げ出してくれました。

 でも、階層が深くなるにつれて、屈強そうなモンスターが多くなり。岩陰などに隠れながら進んでいたのです。

 ですが、時々怖そうなモンスターが襲い掛かって来て。その度に逃げ出したり、シズさんやベニさんのスキルで排除して、モンスターとの戦いを避けて来たのでした。


 『一度くらい戦ってみよう』という事になり、最初に出くわしたのが、先程の巨大なオーガ。

 背後から先制攻撃を仕掛けるはずが、オーガが急に振り向いたので、先頭のハナちゃんが一目散に逃げだしたのです。

 シズさんのお蔭で何とかなりましたが、私たちはこの先大丈夫なのでしょうか……。


「ねえ。私達ね、多分強いと思うのよ。一度ちゃんと戦ってみない?」


「う、うん」


「次の敵が現れたら、ベニさんのスキルで足止めして。ハナちゃんとシズさんで攻撃してみましょうよ」


「そうね。それをやってみましょう!」


 そうは言ったものの、遭遇戦は怖いので待ち伏せをする事に。

 物陰に隠れて、息を殺しながらモンスターが通りかかるのを待ちます。


 しばらくすると、大きな足音が聞こえて来ました。

 その足音の主は、先程よりは小型ですが、大きなオーガ。

 相手が気付くよりも早く、ベニさんがオーガの足元に深い泥の沼を作りました。


 オーガは見事に泥沼にはまり、胸の辺りまで泥にもれています。

 沼から逃れようと必死にもがいていますが、動けば動くほど体が沈んで行きます。

 遂には首の辺りまで沈んでしまいました。


「ハナちゃん、シズさん、チャンスよ!」


 五人で物陰から走り出て、沼に嵌りもがいているオーガに近寄ります。

 ハナちゃんがレイピアを構え、シズさんが掌に炎をまといました。いよいよ初めての攻撃です。


 その時でした。


「ピギャーーーー!」


 オーガが歩いて来た方向から、悲し気な声が上がります。

 そして、声がした方向から小さなオーガが沼に駆け寄り。その後ろから、もっと小さなオーガが二匹続けて駆け寄って来ました。

 見ていると、三匹ともそのまま沼に嵌りそうです。


「ガーーーー!」


 沼にはまっているオーガが子供達に叫びます。

 三匹の子供のオーガは、その声を聞いて沼に嵌る直前に立ち止まりました。


『来ちゃダメ!』


 そんな叫びだったのかも知れません。状況から察するに、恐らく子供連れの母オーガだったのでしょう。


「ピギャ! ピギャ! ピギャーーーー!」


 泥に埋まっている母オーガを見ながら子供オーガが泣き叫び。母オーガは涙を流していました。

 私達はその姿を見て、直ぐに戦う姿勢を解きます。

 このオーガは私達を襲って来た訳ではありません。私達が勝手に敵視して、罠にめたのでした。

 慌てて、母オーガの救助に向かいます。


 シズさんとベニさんのスキルを使い、母オーガを無事に救い出す事が出来ました。

 子供オーガ達が、母オーガにすがり付きます。

 子供達を抱きしめる母オーガには、私達を襲う気配はありません。

 愛しみ合う親子の姿に、私達は申し訳ない気持ちでいっぱいでした。


 泥で汚れた親子のオーガを水系の魔法で優しく洗い、温風で乾かします。子供達は珍しそうに魔法をながめていました。

 そのあと、シズさんが輝く精霊を踊らせると、子供たちは手を挙げて喜んでくれました。少しは罪滅ぼしになったでしょうか。


 私は母オーガに謝りたいと思っていたのですが、もちろん言葉が通じません。

 ふと思いついて、シズさんに精霊にお願い出来ないか聞いて見ました。


「やってみるわね」


 シズさんが精霊を呼び出し、母オーガに向かわせます。

 白く輝く精霊は、母オーガの顔の前に行くと、何やら語り掛け始めました。

 母オーガは精霊にうなづくと、私たちの方を向き、腕を交差させ優しい表情しながら、体ごと首を左右にかしげています。

 何となく友好の意志を示してくれている様な気がして、私達も同じ動作をしてみました。

 子供達も笑いながら同じ動きをしています。何とか謝罪の気持ちが通じた様です。




 しばらくすると、母オーガが立ち上がり、私達を手招きしながら歩き始めました。

 私達よりも体が大きい子供達が寄って来て、皆の手を引いて行きます。

 オーガ達に敵対心が無い事は分かるので、うながされるまま付いていく事にしました……。

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