第15話 「報奨金の行方」 

 領主の息子たちが狩りに出た翌日。乗り手を失った彼らの馬が城に戻って来た。

 荷の中には盗賊団を名乗る者から、身代金を要求する脅迫状が入っていた。

 息子たちの行方を確かめると、従者と共に昨日から城に帰って来て居ない事が分かり、城内はにわかに騒がしくなった。

 盗賊団からの要求額は大金貨千枚。大金ではあるが、この領地の領主の財力であれば大した金額ではない。


 領主は身代金の準備を進めつつ、盗賊団に懸賞金けんしょうきんを懸けた。

 懸賞金の金額は大金貨五百枚。金額の大きさに近隣の冒険者達が色めき立ったが、誘拐事件は数日で解決の方向へと向かった。隣国の街から有力な情報が流れて来たのだ。


 とある女性冒険者パーティが、盗賊団の洞窟を偶然見付け。奮闘の末にそこに囚われていた三人の男性を救出したという事だったのだ。

 連絡を寄越したのは、隣国の何処かにある町長の娘セロリィと名乗る者だった。 

 息子らしき男性を救った女冒険者達は、彼女の部下らしい。

 領主は手紙に書かれた男性たちが身に付けていた装備の詳細で、救い出されたのが息子達で有る事を確信した。

 ところが、息子たちは昏睡こんすい状態という事が書かれていたのだ。

 領主は昏睡状態と聞き、慌てて騎士団を率いて国境を越えた。

 そして、セロリィ嬢が息子達を保護している街の宿屋へと急ぐ。


 本来、軍を率いて国境を超えるのであれば、先に隣国の領主へ知らせ越境許可を得るべきであった。

 だが、領主は昏睡状態の息子を一刻も早く救うべく。急ぐあまり手続きを後回しにしたのだ。


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 領主は衰弱して昏睡状態の息子達を無事に受取り。セロリィ嬢に報奨金の大金貨五百枚を渡そうとした。

 ところが娘は「偶然の結果で、人助けが出来て嬉しい」と言い、報奨金の受け取りを固辞こじしたのだ。

 盗賊を打ち倒し息子達を救ったという女性冒険者達も、うやうやしくひざまずき、娘の言葉に賛同している。

 実のところ、領主は余りに話が出来過ぎていてセロリィ嬢を疑っていた。

 場合によっては彼女等を捕らえるつもりでいたのだ。

 だが、報奨金を固辞する娘の姿勢に、領主を含め随行者たちも彼女達を信用してしまった。

 領主はセロリィ嬢への感謝の印として、大金貨二百枚を娘の町にという事で置いて行く事にしたのだ。


 そして、領主がセロリィ嬢達に礼を述べ、未だ意識が戻らない息子達を連れて領地に戻ろうとした時だった。

 外で待機していた騎士が、緊張した面持ちで宿屋に飛び込んで来たのだ。

 彼の報告では、隣国の兵士団が戦闘態勢を整え、領主の騎士団を囲む様に街の至る所に布陣していると言う事だった。


 越境許可の無い軍の領土への侵入は立派な戦争行為に当たる。

 領主は己の甘い判断を悔やんだが、隣国の領主へ説明をするには既に遅かった。

 それでも一応使者を立て事情を説明に行かせたが、問答無用で討ち倒されてしまい、それを合図に戦闘が始まる。

 息子達を迎えに来た騎士の一団と、街を囲む様に布陣しているこの国の兵士団との兵力差は比べるまでも無く。領主とその騎士団は、国境を目指して一点突破で囲みを脱し領地へと戻るしか道はなかった。


 領主の騎士団は奮戦しつつ包囲を破り国境を目指した。

 だが、国境を超える頃には、騎士団は散々に討ち減らされ、領主の周りには数騎しか残っていない状態であった。

 昏睡状態だった最愛の息子を乗せた騎馬は、乱戦の中で行方不明となり戻って来ていない。恐らく乱戦の中で意識の無い息子たちは殺されているだろうと思われた。


 領主は直ぐに国境の門を閉じ兵を配備し、遠い王都に向けて顛末てんまつを報告する早馬を走らせた。

 王の指示を待たねばならないが。自分の判断が甘かったとはいえ、平和的な解決を拒んだ隣国の領主をゆるすつもりは無い。

 己の名誉にかけて、このままこの紛争を終わらせる訳にはいかなかった。


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 セロリィ嬢は宿屋の外で巻き起こった予想外の戦闘に困惑していたが、隙を見計らい国境とは反対方向へと逃れる事にした。

 パクティ達に守られながら軍同士の乱戦の中を切り抜け、何とか街外れまで逃れる事が出来た。

 そこで人数を確認すると、奴隷の娘が二人居なくなっている事が分かったが、パクティが一人は馬に蹴られて死んだのを見たと言い。もう一人も戦闘に巻き込まれて死んだのだろうと言う事になった。


 セロリィ嬢は居なくなった下賤の奴隷の事などどうでも良かった。死んでいようが生きていようが構わない。

 彼女は領主が慌てて置いて行った残りの大金貨も手中に収め。結局、五百枚もの大金貨を抱えていたのだ。

 奴隷など大金貨一枚で何人でも買い足す事ができる。

 父親が必要としている資金に大金貨を多めに渡したとしても、膨大な資金が彼女の手元に残るのだ。


 彼女は自分の才覚を誇り、意気揚々と町への帰路に着いた。

 自分達の卑劣な行いが国を巻き込み、戦争の惨禍をもたらしてしまった事も知らずに……。

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