19日目 夕方

19日目 夕方


 19日目の夕方に起きた事件は悲惨の一言だった。



 しかし、この話をする前に経緯を話すべきだろう……不良の二人は度重なる避難民への嫌がらせ行為を見過ごせなくなった。



 そのせいで彼等は即刻避難所からの退去を命ぜられた……しかしそれは同時に破滅を連れて来る『死神』を解き放つ事になる。



 だがその前に問題になったのは例の女性……『田中信子』だ。



「何よ!このクソ家族……アンタ達が大量に買い込んでいた食い物のせいでこうなったんでしょう?分け与えるくらい出来ないの?」



「田中さん!『欲しい』と言う前に『出て行け』と言いましたよね?その後、食べ物がなくなって『配給品をよこせ』と言ってきましたね?そして車で玄関を破壊した……その一連の行動が何故『食料の買い込み』に関係するんですか?」



「何を言ってんのよ!困った時は助け合いでしょう?そんな事も分からないの?馬鹿ねアンタ達は馬鹿家族よ!」



「助け合い?だったら何故『家から出て行け』から始まるんですか?」



「それはアンタの家に『ゾンビの弟』が来たからでしょう!その所為でウチにも変なのが来たんだから!」



 私は『ゾンビ』と叔父さんを馬鹿にされた事で、非常にムカついた。



 だから周りに聴こえる様にわざと彼女のやり口を言う。



「アンタが年甲斐にも無く目をかけてた『新聞配達員』と『宅急便のお兄さん』でしょう?毎日必死に呼び止めていた所為で、家の前に定時で来るんじゃない。叔父さんが来る前に、彼等が来てるのは毎日確認してたの!貴女が文句も言わないように確認したんだから!意味分かる?」



 近くでそれを聞いていた人が、私達に声をかける。



「それって明戸新聞ですか?……黒の帽子に白リボンのロゴ付きのジャケットを着てませんでしたか?」



 急に私に話を振られて、その特徴と一致したのでうっかり『多分そうだ』と答えてしまう。



「だとしたらあの子は死んだんですね……あの日に『お得意さんに逃げる様に言って来る』と言って飛び出して……うう……主人はやめろと言ったんです!新興住宅街の住人だと分かったので、多分車で逃げてるか戸締りして無事だろうって!」



 そう言った販売店の店主の妻に、田中さんは暴言を吐く……


「はぁ!?あのゾンビをウチに送り込んだのはてめえらか!!お前もその会社も同罪だ。迷惑考えなさいよ!ゾンビになってまで人の家に来させんなよ!」




「あの子は貴女の身の安全を確かめる為に向かったんですよ?毎日美味しいご飯を用意してくれるから、こんな時くらい役に立たないとって!!」



「だから死んでも家の前に来てたのか!いい迷惑だよ。結局危険を私に呼び寄せたじゃ無いか!あのガキが家の前で奇声をあげるから他のが集まってくんだよ。何匹も何匹も!」



 余りに身勝手な言い分にさらに腹が立ったので、彼女の危険行為を暴露する。



「それは違うでしょう?貴女が家からキッチンタイマーとか目覚ましとか投げて音で引き寄せるからじゃ無い!」



「はぁ?引き寄せてんじゃ無いわよ!アンタ達の家に押し付けてやってんだろう!食い物があるんだから籠っても生きてられるだろうが!」



 酷い言い方だった……お得意さんの命を守ろうとした青年の気持ちも無駄になった。


 更にあの騒音も計画的だったとよく分かった。



 何があっても彼女を救う事だけはしないと心に決める。



 しかしその会話は長くは続かなかった……雷雨だ。



 雷雨は予報よりかなり遅くなっていた。


 時間を確認した事は覚えている……17:45だった……



 子供達が、大きな雷の音でビックリした事を咎めた田中さんの声をよく覚えている。


 降りしきる雨はテントに当たると不安を掻き立てる……もしアイツら感染者が来たら?


 自衛隊の武器は足りるか?弾は?



 万が一の逃げ場所は?


 全部を確認する事など出来ない。


 武器に関しては当然総数など確認できない……叔父の銃砲店では無いのだから……



 逃げる時の臨時出口も確認していない。


 不安しかなかったが、父と母は武器を多く持ってきたので最悪逃げ道は確保できる。



 問題は此処が『避難所』と言う事だ……銃を無闇に発砲すれば当たりどころが悪ければ誰かが死ぬからだ。



「さいちゃん大丈夫よ?そんな心配しなくても、自衛隊も居るから!」


「そうだぞ?パパもママもいるし、何と言っても康二叔父さんが選んでくれた『自慢の武器』があるだろう?」



 ママとパパは私の不安を知ってか、慰めてくれている。



『ヴゥゥゥゥゥゥ………ヴゥゥゥゥゥゥ………』



 しかし二人の会話は急に響き出すサイレンにかき消される……



『タタタタタタタン………タタン………タタタタタタタ………タタン……タタタン……』



『全兵士正面ゲートへ!武器を携帯し正面ゲートへ!感染者多数!感染者多数!非感染者を守る為に感染者の射殺を許可する!繰り返す!……』



 こんな時ドラマや映画では抱き合って祈ったりするのだろう……


 でも私達には康二叔父さんの『教育』があった……万が一サイレンが鳴ったら『すぐに音から反対方向へ走れ!』だ。


 あの時は終末信者の叔父さんのその言葉を笑い飛ばしていたが、まさか役に立つとは思わなかった。



 雨が降る中私は武器に雨対策でビニールを巻く……サランラップの大きい物だ。


 テントから飛び出ると『卜部さん』が私のショットガンを背負いケースに入れて持って走って来た。



「康二さんの教えか?彩姫ちゃん流石だな……『動かないと死ぬ』だ!ケースの中にはショットガンがある。弾も100発外のケースに入ってる」



「え!?コレは……光浦さんは?」



「隊長に言われたんだよ!残念だが此処はもうダメだ。後部の非常出口を今から解放する」



「な……何で感染者が此処に?感染者が向かう進路と違う方向ですよ……こっちは?まさか雨でですか?この雷雨のせいで?」



「いいや違う!あの追い出した馬鹿どもだ!何処で見つけたのかバイクで感染者を引き連れて来やがった。追い出された報復だろう。片方は既に感染者に生きたまま喰われた。残念だがもう『感染者』になる事もない……五体バラバラだからな」



「何で?引き連れてくれば人が死ぬって事くらい……」



 しかしどうやら、あの悪漢達は道連れで死のうとしたわけではない様だ。


 バイクで近くまで引きつければ、自衛隊は『感染者を撃つ』しか方法がなくなる。



 その間に逃げようとしたみたいだが、片方の男はタイヤを銃で射抜かれ転倒したそうだ。



 そして『俺は感染者になってお前達に報復する!』と言い残したそうだが、もうそれも出来ない。


 感染者のお腹に収まり、既にもう居ない。



 問題はこの惨状を生み出した張本人が、まだ一人逃げていると言う事だ。


 もし無差別に何かをする気なら、かなり危険思想を持った相手となる。



 既に事を起こしているので、とうに常識は壊れていて容赦をしてはいけない存在になった様だ。



 しかし問題はそれだけではない……例の兄弟の弟の方が逃げて来たのだ……



「お……おねぇちゃん……怖いよぉ………」



「え!?……お……お兄ちゃんは?」


「お兄ちゃん……水貰いに行ったけど帰ってこないんだよぉ………」



 雨でずぶ濡れになった弟くんが、泣きながら怖いと抱きついて来た。


 どうやら水が飲みたいと弟くんが兄にせがんだ所為で、みかねた兄は水を貰いに行った様だ。



 問題は給水場は長蛇の例なので、そう簡単には帰ってこれない。


 その上、サイレンでパニックになった民衆が道を塞いでいる……



 唯一運が良いのは、給水場は避難所の正門入り口から離れていて、駐車場に面した場所にある……運が良ければ、そこから逃げられるかもしれない。



「さいちゃんは、この子を連れてママと大回りして車に向かうんだ!パパはこの子のお兄ちゃんを探してから向かう。ママはこの鍵で車を出せる様に準備を!」



 私が言葉に出すより早く父がそう言った……しかしワタシは……



「パパ!パパより私が行く!」



「何を言ってるんだ!そんな事させられる訳が……」



「私より武器の扱いがパパは下手なのに。無理でしょう!ママ、スナイパーライフル貸して!ショットガンは人が多い此処じゃ満足に扱えない。パパはハンドガンの予備持ってるでしょう?それを私に貸して!スナイパーライフルは近い的には不向きで、此処だと使い難いから!」



「「でも!!さいちゃん!」」



「俺が一緒に行きますから!この子と一緒に駐車場に!早く行かないと逃げられなくなる!この鍵を持っていってください。場所は此処からまっすぐ行ったフェンスです!扉があります。そこの鍵は『319』……ミクです!」



「ミク?……319だったらサイキだろう?さいちゃんの319だ!」


「そうよ?319だったらサイキよね?パパ。ミクだったら39でしょう?普通……」



「パパもママも、私の名前を暗証番号に勧めなくていいから!!通れなくなったら遅いんだよ?早く行って!!」



 望まない形で私達は別行動になった……

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2年と9ヶ月 ZOMBIE DEATH @zombiedeath

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