10日目から17日目の7日間


 今日はラボの事件から10日目……現時刻は22:32……外では、変わり果てたまどかさんが今日もドアを叩いている。


 朝に居なくなったか……と思うと、夕方過ぎには何故か来た


 そして暫くドアを叩きまた居なくなり、突然また来る……そんな風に定期的に家の前に来る。



 二階の雨戸の隙間から外を伺うと、遠くでは何軒も家から火の手が上がっている……


 そして空には黒煙がモウモウと揺らいでいるのが見える……



 ニュースでは夕方から緊急事態速報がひっきりなしに流れている。


 既に多くの人が被害に遭い、大変な状況だ。


 テレビでも多く情報が寄せられていて、その情報の中にまどかさんの現時点での行動に由来するものがあった。



 『生前の記憶説』だ……感染者の多くは、直前にあった事を繰り返す行動が多く見られた。



 残念ながら、まどかさんは既に亡くなっている。


 と言うのも、外傷がひどいのが一目で分かるのだ……その原因は『叔父さん』だった……



 隣には常にまどかさんに付き添う叔父の姿がある……


 ちなみにわたしには叔父の顔はもう見る事ができない……それだけあの夜は酷い事が起きたと言う事だ。



 叔父だと分かった理由は多くある……革ジャンの他に腰に下げた銃ホルダー……私のお手製だ……


 腕にはめた時計は、父からの誕生日プレゼントで、靴は母からのプレゼント……有名メーカーの革靴だ。


 踵がすり減っても何度も直して履いている叔父自慢の靴だ。


 私達は生前の衣服を変えずに埋葬を頼んだ……そのせいもあり叔父だと一目でわかってしまう。



 変わり果てた叔父は、ウイルスによる反復行動なのか、それとも愛情故の記憶なのか……何にせよこの状況で、受け入れることも納得なども出来ない。



 二人を眠らせてあげたいが、ゾンビ映画のように頭を破壊すれば終わる簡単な話ではない……


 テレビでも見たが、聖水に祝福……異世界がらみでさえ何も効かないのだ。


 既にニュースで何度もやっているが、映画の状態にしようが異世界の知識を絞ろうが、その状態でも感染者は死なないのだ。



 既に死んでいるので、言い方が変だが……思いつく言葉が見当たらない。



 ラボで事件が起きてから、初めて外出ができなくなった10日目だった。



 しかし問題はそれだけでは無い……ラボの事件が起きて10日目からの事だが、朝が来ても家の外には人が出ることは無くなった……奴等が居なくてもだ。


 外を徘徊した感染者のせいで、二次感染を恐れた結果だった。



 そしてそれからと言う物、ある時間帯になると外には多くの元感染者が歩いている……朝も人は出歩か無いので現状で外に居るのは感染者だけだ。


 しかし自分なりに調べてみた結果、変な事に何故か朝8時から15時までは奴等は来ない……


 来るのは決まって16時からだ……そして1時間くらいすると大きな群れが家から僅かな所にある国道を通ると、それにくっついてどっかへ行く……そして夜20時にはその中の幾らかが、どういう訳かまた戻ってくる。



 近所からもまどかさんと叔父さんの件で、電話があった。


 『すぐに出て行け』と……


 声の主は近隣に住んでいた家のおばさんだが、ウイルスの二次感染を恐れての事だった訳ではない……



 事実、その家に感染者の新聞配達員と宅急便業者が毎日来ているのを確認してからは、一度も電話は無い。


 いつも『お取り寄せ』を自慢していたが、今来る配達員は周りに自慢できる物は何も運んで無い……今運んでいるのは『ウイルス』だ。



 私達も周辺の住民も感染者の持つ『生前の記憶』に振り回されている。


 配達員にセールスマン、新聞配達員に友人そして家族だ……全て既に生きてなど居ない……その様は、とても口に出して言いたく無い有様なのだ。



 しかし今の問題はそれだけでは無い……


 かなり早く現れるはずの『新型レイジウイルスの症状が何故か出ない』事だ。


 毎日家の前に来ているのに、私達家族は症状が誰も出ない。


 良い事だが、不安材料でもある。


 しかし私たちだけでなく、ニュースでも同じ様な事を言っている人がいる。



 現在ニュースの報道センターはビルを閉鎖し、バリケードを作って外部からの侵入者を防いでいるそうだ。


 そしてSNSで情報収集に努めている……


 その集めた情報を国の関係者が集約して、ウイルス対策の各ラボに届けている。



 全てオンラインのことであり、人が外を歩くことは無い。


 ちなみに西日本では簡易防波堤を、完全な隔離壁にする工事が急ピッチで行われている……ちなみに壁は三重だとか……



 感染者が出た市町村から最低一つの県を跨がなければ、特定地域にしたその隔離壁内側には入れない上、住民カードを持たない人や提示しない人は原則入れない。


 なので、それに該当する県や県民からの文句が凄い。


 無理を言い押し問答をすると、例外なく射殺される……と言うかされた。


 既にこの日本では地獄が始まっている……



 この対処法は海外を見習った物だ。



 特定地域から外は『感染拡大区域』と名付けをして、締め出しをしているのだ。


 政府のやる行動が後手後手になった事で、今や混乱しかない。



「パパ……まどかさんと康二おじさんが居なくなったよ……」



「さいちゃんまた見てたのか?程々にな?……ああ……すまないな毎日同じ事を言って……。だって……さいちゃんにとって辛い事でしかないだろう?……家に泊まった日の記憶と、叔父さんがまどかさんを庇った日の記憶……。何方も悪い事では無いが、対処法がない今の状態だと……えっと……やはり机と食器棚のバリケード位しかできないな……」



「そうだね……。そういえばねパパ……今日もまた遠くの家が火事になっていたよ。うっかり専門家が火をつけて灰にしてしまえば……ってニュースで言ったせいで、火事が多くなったね……。消防車も出ないから大変な状態だよ……」



「それにしても屋根裏部屋と天窓が家にあってよかったな!最低限の周りの情報がわかるのは助かるし、片付けていた望遠鏡が、こんな風に役に立つとも思っていなかった……高校生の時の康二の趣味のお陰だな!ママ?」



「そうね!康二は武器馬鹿だけど、昔は多趣味だったからね!ああそうだ、今日のご飯はひよこ豆のシチューパスタよ!冷めないうちに食べましょう!デザートにはアイスよ!」



 そう言ってママはご飯を持って来る……昨日も同じメニューだが文句は言えない。


 徳用の缶なので、これまた量が多いのだ。


 そしてパパとママは御飯時でもイチャイチャして、こんな状況でもラブラブだ。



『ニュースです……国のウイルス対策研究ラボでは、SNSに寄せられた『感染発症しない事例』を元に、同環境下の研究施設ラボの生存者からサンプルを取り、現時点の詳細を調べました。その結果『ウイルスに対しての抗体』が体内に存在している事が判明、同時にウイルス感染経路を調べた結果『空気中のレイジウイルス』も発見するに至りました』




「っ!?」



 ニュースの内容に驚きが隠せないパパはリモコンに手を伸ばした……ボリュームを上げたいが、諦めて字幕でグッと我慢をする。



 私はパパに念の為に小声で話す。



「アレって空気感染の確認……って事だよね?」



 ママがパパの代わりに頷く……



 すると、ニュースが切り替わり画面には『昨日の出来事』としてパパの名前で『天井裏から安全に望遠カメラで撮影……』と紹介が入る……


 その内容は私が撮影した、群れの進行方向と来た時間そして群の規模だったが、なぜかパパの名前で載っていた。



「パパもSNSに投稿したんだ……あの感染者が群れで歩く様と、向かう場所を皆で共有した方がいいと思って。群れが行った先で人々の安全に繋げられる様に……でもさいちゃんの名前だと怒ると思ったから……」



「それで昨日あんなに動画をくれって言ったのね?まぁこんな事で目立ちたくないし!私は!」



 しかし動画には私の声がメインで入っている……パパが私を呼ぶ声まで入っていて名前まで知れ渡っている。


 急にニュースの一場面で、私の声と名前が出て、恥ずかしくて堪らない……



 私がパパにそう言うと、パパのそのシレッとした行動にママは笑いながら、ひよこ豆を口に運ぶ。



 しかしテレビには、メッセージで『明日から安全に撮影できる環境の人は、この娘みたいに同じ様にバトンリレーをしよう!危険が迫っていると情報になる!!』と表示が載り、皆が賛成のメッセージをする。



 テレビのキャスターは『撮影者は無理をせず、絶対に安全を考慮してください。周囲には自分以外にもお住まいの方がおります事を、絶対に忘れないでください』と言い加える。



 この情報から24時間と少しが経った頃、ニュース関係者でさえ絶句する情報が集まった……


 情報特集が組まれ、パパの撮影からバトンリレーが始まった。



 最終的に行き着いた先はタワーマンションからの、望遠レンズで撮影された内容だった。


 その行き先は以前壊滅した避難所の一つで、感染者は群れを作ってそこへ向かっていたのだった。



 ニュースの情報から後を追ってくれた人物は、偶然その群れを発見して観察をしたと言う……


 その結果、避難所壊滅時に既に野ざらしになり動けなくなった同類を、彼等は食べていた。



 そして、そこに集まった感染者同士が争う姿も多く見られた……


 撮影された動画で分かったが、彼等には仲間という意識など全くなかったのだ。



 当然その状態は惨状でしか無く、見るのも嫌気がさす有様だ。


 しかし、群れの行動原理をしるべく、壊滅した避難所の調査を近隣の政府機関の事務所から、ドローンを使い行う事が決定された。


 それが感染爆発した10日目から、更に7日間の間で起きた事だった……

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