アーカム・アルドレアの氷魔弾

「はぁ……」


 俺は白い息をはく。


「いまのは二重化か。そのうえで左右の手でひとつずつ魔術式を管理、膨大な魔力を集中させた魔弾を私のゴーレムたちに当てた」


 浮遊岩が動いた。射線から身を守っていたフボルトが姿を俺の前を晒した。


「眼が良いね。魔力が見えてるだけじゃない」


 俺が杖先を向けると、フボルトは両手をあげた。


「私の負けだよ」

「意外と諦めがいいことで」

「私の魔法では君のソレを防ぐ手段がない。氷属性と土属性、ともに魔力を圧縮し質量をくりだす分野。私の結論では、この系統は防御力に優れるものと思っていたのだが……攻撃方面で伸ばしたほうがよかったのかもしれない」


 フボルトは凍り付いてバラバラになった阿修羅ゴーレムを見つめ、深くため息をついた。


 彼は手のひらの上に黒く光沢ある金属をつくりだす。それを変形させて一枚の盾と、一本の槍とすると、交錯させる。


「400年前、興味深い戦いがあった。かつて『黒槍の魔法使い』という土属性を極めた魔術師がいた。彼のつくりだす放射槍は、あらゆる防御を貫通したという。すべてを貫く槍だ。しかし、絶対防御と名高い盾も同じ時代に存在した。”硬い血のリリアルム”がくりだす血の魔術だ。彼女は6つの術のうち硬化術の極致にあるとされていた。”リリアルムの血盾”と呼ばれていたものだね。最強の槍も最硬の盾。どちらが勝つのか。リリアルムも興味を惹かれたのかもしれない。なんの気まぐれか世紀の戦いが実現した。黒槍の魔法使いは高弟十数名とともに、魔法院にやってきた絶滅指導者を迎え討った。そして命を落とした。才能ある魔術師数百名とともに歴史ある学び舎は一夜で陥落した。魔術世界が誇る最大の攻撃力はかつて大敗をきした。だから、君が”硬い血のリリアルム”を倒し、魔術で盾を破ったという噂を聞いたときは眉唾だと疑ったよ」


 フボルトは盾と槍を魔力に還元して消失させる。


「噂に名高い”アーカム・アルドレアの氷魔弾”。絶滅指導者”硬い血のリリアルム”を穿ったというのは本当のようだね。恐れ入った。君は魔法使いとして史上最強かもしれない」


 老人は大杖をひとふりした。城から千切った岩々が、時間が撒き戻るように元の場所に戻っていく。魔力により再結合して城壁が元通りになってゆく。後片づけが得意そうでよかった。


 フボルトとともに決闘場に降りてくる。

 俺たちが中に入ると最後に、壊れていた決闘場の天井が修復されて蓋がされた。これですべては元通りか。


「アーカム最強。ねえみんな見た? 言ったでしょ、アーカムは最強なの」


 アンナは観覧席を走りまわっては、ほかの狩人たちに「アーカム最強って言って」とだる絡みしまくっていた。厄介ファンがすぎる。


「派手に暴れたな」


 観覧席のアヴォンは腕を組んでこちらを見下ろしていた。応じるのはフボルトだ。


「アヴォン、負けてしまったよ」

「見ればわかる」

「テニール最後の弟子は最強にふさわしい」

「ふん」


 ぶっきらぼうに鼻を鳴らすアヴォン。フボルトと彼は旧知の仲か。先生がこんなに嬉しそうに話をするのは珍しいことだ。


「アヴォン先生、僕が勝ちました」

「当然だ」

「褒めてください」

「当たり前のことをして評価を得ようとするな」


 アヴォンは変わらない表情のまま、丸メガネをクイっと中指で押し上げた。

 なにが「当然だ」だよ。人にこんだけやらせといて。まったくこの人は。


「君の”先生”とやらは、厳しい狩人だね。このフボルト・ガイアに決闘で優ったというのに」

「ほとんどいじめです。虐げられてるんです。可哀想でしょう」

「不憫でならない。天才ですら生きにくい世の中だなんて」

「おい、フボルト、私のアーカムと話すのなら私を通せ。私はそいつの兄弟子だぞ」


 フボルトは肩をすくめて「お先に」といって、足裏の地面をもちあげて、エレベーター代わりに観覧席にのぼり、さっさと行ってしまった。


 俺は息をつく。緊張感から解放された。

 長旅で疲れているというのに、重ねてこんな業務が始まるとは。隠れ厄介ファンであるアヴォンには、いくら弟弟子のことが好きだからって、無闇に興行を組んで見せびらかさないように言っておかないと。


 まぁいい。ひとまずは危ないじいさんの暴走はひとまず止められた。

 部屋に戻って眠ろう。そうしよう。

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