魔法使い vs 魔法使い
これが仲間なのは心強い。
俺は胸のうちに熱くなるものを感じた。それは喜びだ。自然と頬がゆるむ。
でも、いまは集中しようか。手首の動作だけでコンパクトに動かし、風属性一式魔術──《ウィンダ》を放った。狙いはフボルトの顔面。風の弾がひゅんっと飛翔していく。
フボルトは大杖を握っていないほうの手で振り払い風を打ち消した。単純な魔力をぶつけることによる
「伝説の無詠唱魔術。噂通りの速攻、知ってなければ今ので終わっていたね」
フボルトは興奮したように言い、地面をせりあげさせ、俺と彼との間にある空間を遮断、障害物で射線をきった。
反応もいい。
無詠唱風属性一式魔術は、本当に速い攻撃だ。考えうる限り最速。
たいていはバレてても有効だ。反応して回避・防御できるやつは多くない。
凌ぐための条件は2つ。
一つ目は、異常な反射速度とそれにともなった運動能力。主に厄災級の怪物や狩人などがこうした能力を有する。
二つ目は魔力感覚。魔術に慣れていくと魔力の動きを感じれるようになる。いわゆる魔術の起点がわかる。無詠唱魔術は魔力の動きを透明化するものではない。優れた魔術師であれば、事前に攻撃を察知できる。
フボルトは魔力感覚を張って、注意深く俺の魔力の起こりを警戒していたんだ。
「これにて挨拶はおしまい。ではスパーリングを始めよう」
フボルトは高らかに声を響かせた。決闘場の崩壊が進み、地面が傾き、天井が崩れはじめた。持続する魔力の渦のなかにいる。酔いそう。
そこら中で飛散した魔力が指向性のある移動をはじめたのを感じた。空気中の塵に湿気が集まって雨粒になるみたいに、複数の魔力集合が同時に生まれている。
これは魔力獣の生成か。魔力獣バージョン土属性式魔術。
さながらゴーレムといったところだろう。
「魔力獣まで? 珍しい魔術用意してるじゃん、フライングじじいが……」
「口汚い言葉が聞こえたね。私に無詠唱はできない。最初の一手くらいサービスしてくれよ、アーカム・アルドレア」
「サービスで最大化三重化の完全詠唱魔法はやりすぎでしょう」
会話の裏側で思考はつづく。
属性式魔術のなかで土属性による魔力獣は持続力の点で他の属性より優れる。これは土の魔力の性質上を固体を作り出すためだ。風や火や水にはない特性といえるだろう。完全に魔力で現象をつくりだした場合では、初期投資する魔力は一番多いが、長時間展開した場合、ほかの属性でくりだした属性魔力獣よりも総魔力量でお得になりやすい。周囲の岩石類を転用して━━今回は決闘場の床材でつくられたので、初期投資の段階ですら安上がりに済んでるはずだ。
つまるところ、かけた魔力にたいしておおきい戦果が期待できる。
魔術決闘場が砕けてのち、瓦礫は盛大に舞い上がった。雪のしんしんとふる空で、飛び散った瓦礫たちは、土の魔力によって、重力を無視してプカプカ浮き始める。
浮遊感のなか、岩で練られた四つ腕のゴーレムたちが、遅いかかってくる。
近づいてくる最初の一匹を無詠唱風属性三式魔術を撃って押し飛ばす。
続く2体目。三式魔術分の魔力を圧縮して、嵐の槍として放った。
大気の暴威が、深く突き刺さったが、胴体に穴を開けるには至らない。
硬い。圧縮魔力でも貫通できなかった。
壊すには風属性三式の圧縮では威力不足。風でやるなら四式レベル以上の威力が必要か。量産型のわりにスペックが高い。ゴーレムそれぞれの硬さは厄災級に指をかけているな。
それが15体ほど生成されている。
落ち行く瓦礫の雨のなか、俺は視線を一周させた。
すでにフボルトの姿が見えない。浮遊岩たちの影にも気配を感じない。
眼を凝らせば、壁の向こうにいようと生体に宿る魔力を感知できるわけだが……現在、周囲に魔力の渦が広がってるせいで視界不良だ。見にくい。これはわざとやっているな。遅延で握っていた魔術式も、ぱっと見で夜空の瞳にも映らなかったし。魔力の隠ぺいが得意なのだろう。狡猾なじいさんだ。
魔力獣の質はとても高い。
土魔術をつかった環境構築も上手。
相手と距離をたもち、手数で優位性を確保し、リソースの吐き方でアドバンテージを稼ぐ。リスクをおさえて相手を削るコントロール戦術。
こうした細かい戦い方は、彼が魔法使い以前、強すぎる個人になるまえに使っていたものか。単独戦闘に慣れてる。生粋の決闘者。
『私の出番だな、私ならすでにやつの位置がわかっている。そちらへ向かってアレをぶっ放せばやつを破壊できる!』
「直観力くんは使わないとして……」
『なん、だと!?』
フボルトを殺したいわけじゃないのでね。大人しくしててね。
岩石ゴーレムが四方八方からせまるなか、俺は手のひらを開く。
溢れだすのは爽やかな魔力。
夜空の眼にはそれすらも鮮明に色と流れをもつ。
杖によって指向性をあたえ、形をあたえ、魔術式で現象を編みだした。
「《オルト・ウィンダ》」
無詠唱風属性六式魔術。
膨大な風の魔力を生成し、すぐに外界へ放射。
原点から一気にふくれあがった大気の暴威により、ゴーレムたちが粉砕されふっとび、俺の視界を塞ぎゴーレムたちの足場となっていた浮遊岩たちが押しのけられた。
そのまま風を全身に纏い、飛行を開始。
空から一部損壊したオーリアパレスをみおろす。
すぐにフボルトを見つけた。
彼は浮遊岩のひとつに堂々とたっていた。
こちらを見上げる眼差しは好奇に満ちている。
「当然。それくらい凌げるだろうさ。アーカム・アルドレアならね」
彼の左右、2体のゴーレムがいる。
どちらも今しがた粉砕したゴーレムどもとは違う。
フボルトは最初の一手において、決闘場を砕き、それを『操作』してゴーレムを象り、命を吹き込み、けしかけてきた。この手法で作ったゴーレムの強度はたかがしれている。魔力を岩にこめることである程度は耐久力強化できるが、それでも元々が決闘場の床材にすぎないのだから。
それに対して、現在、フボルトが新たに展開した2体。
あれらは純度100%。フボルトの魔力濃縮体である。
眼から入ってくる情報は、あれらが完全なる魔力製であると証明している。
通常、土属性式魔術は『集積』によって周囲環境から土・石・岩、あるいは鉱石類などを集めて現象を展開することがおおい。もし物理的な質量を定義できるこれらを魔力を凝縮させ、ゼロから生み出すことはリソースが多くかかりすぎるのだ。時間という意味でも、魔力量という意味でも。
なので素早く、安く展開できるゴーレムで最初の時間を稼いだのだろう。
彼がいまはべらせている2体こそ本命だ。
時間と魔力をかけて作り出したのだろうから。
黒く重厚な外角をもった六つ腕の阿修羅。
大きな盾と大剣をにぎる銀輝の巨人。
「スールとアギトだ。さてどうするかね、アーカム・アルドレア」
2体のゴーレムが動きだした。
浮遊岩を足場にして跳躍を繰り返し、高速で接近、阿修羅ゴーレムの拳がせまる。
ほぼ同時、背後にまわりこんだ巨人ゴーレムが大剣を叩きつけてきた。
前後からの挟撃。
俺は纏っている嵐を放射して弾き飛ばす。
ゴーレムたちはかなり重たく耐える気配があったので、惜しみなくすべての風の魔力を撃ち切った。そうして接近を一度防ぐことに成功する。
「風では土に不利のままだよ」
「でしょうね」
「氷は使わないのかね」
「必要ないかもしれません」
「はは、舐められたものだね」
舐めてる。実際。俺はこの世界の理を越えている自覚があるのでな。
でも、これは敬意でもある。俺はズルいからだ。
普通、属性は複数持てない。それだけで稀有な才覚だ。
なのに4属性。これは超能力者由来の才覚だといまではほぼ確信してる。
魔力、すなわりマナニウムあるいは超粒子、これの操作を引き継いでるんだ。
だから、これはずるい。
これはプライドの問題でもある。
俺は世界と運命に与えられたズルによって強いだけ。
では、俺の本当の……真の意味で誇りをもてる力とはなにか。
俺の魔術師としてのキャリアの始まりは風だった。
次に水と火。最後が氷だ。師の関係上、風と氷では魔法使いになれた。
もし俺に数奇な運命の祝福がなかったとして、純粋なこの世界の住民で、純粋に魔術の探究者として生きたとしたら、魔法使いになれたかはかなり怪しい。
魔法使いフボルト・ガイア。魔術の偉大な探求者。
この時間はあなたへの敬意であり、俺の誇りでもあるんですよ。
「《オルト・ウィンダ》」
無詠唱風属性六式魔術。
嵐の裂槍が放たれる。雨でも雪でも雲ごとふっとばして都市の天気を変化させることができるだけの風の流れを、圧縮して貫徹力を極めて一撃だ。
フボルトの一歩も動かず、浮遊岩を間に挟んだ。黒ずんでいる浮遊岩たちはおそらくは強化済みの岩たちだ。ゴーレムたちの足場とは違い防御にあらかじめ使う用で、近くに泳がせていたのだろう。
嵐の裂槍は浮遊岩を2つ撃ち抜き、3つ目を深くえぐり消失した。
2体のゴーレムたちが浮遊岩を蹴って、再び近づいてきた。風魔術では圧縮して槍として放ったところで阿修羅と巨人を貫徹させるのは難しそうだ。
ここは────
「《オルト・ウィンダ》」
嵐を再展開し、高速で飛翔、2体のゴーレムをふりきろうと飛行する。
俺の周囲に浮遊岩たちがついてくる。浮遊岩は毎秒のように城を崩して増え続けており、それらはゴーレムの運動能力を補助する足場となっていく。フボルトを乗せた浮遊岩も周囲に岩をひきつれて、追ってきている。まるで飛行船の空中艦隊だ。
フボルトのほうはまだいい。たいした速度じゃない。
しかし、ゴーレムは相当はやい。フボルトが操る浮遊岩によって俺の飛行ルート上を塞がれたり、逆にゴーレムの補助が行われているとしてもまさか振り切れないとは。急停止、急発進、旋回、宙がえり、いろいろ試したがついてきた。
絶滅指導者の飛行能力に匹敵する俺を捕まえかけてる。
「あんた狩人になって怪物狩りするつもりはないか」
「評価してくれて嬉しいよ、天才魔術師くん」
フボルトのほうへ嵐の槍を放つ。フボルトを乗せた浮遊岩が速度を落とし、間に岩がわりこんできてシールド替わりに砕け散った。便利だな。
「魔術式は改変してある。伝統的な土属性式魔術には飽きてしまったのでね。この”高度”なら君の飛行より私のゴーレムの方が速い」
「なるほど、風では難しそうだ」
仕方ない。ここは頑固にならずにいこう。
「《オルト・ポーラー》」
無詠唱氷属性六式魔術。
両の手に氷の魔力を圧縮し、氷の砲弾をつくりだす。
鈍角な先端をもつ砲弾は回転し、2方向へ狙いをさだめる。
「来るか、氷の魔法!」
興奮気味にいうフボルト。阿修羅ゴーレムは六つ腕を身体のまえで交差させガードとり、巨人ゴーレムは銀輝の大盾を構えた。
放たれる氷魔弾。
冷たい輝きは一筋の尾をひいて空を横断。
阿修羅のたくましい六つ腕は根本で凍結崩壊、宙を舞い、胴体は極低温に耐えられず破砕、上半身と下半身でわかれた。
巨人ゴーレムは頑丈な体に盾ごと綺麗な穴を穿たれ、その背後、一直線上に浮いていた浮遊岩たちにも同サイズの穴が続いていた。
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