大地の魔法使いフボルト・ガイア

 伝統的な決闘場に足を踏みいれる。

 周囲の観覧席では見知った顔や見知らぬ顔がこちらを見下ろしている。


 向かい側を見やる。黒くぽっかりあいた選手入場口から軽い足取りででてくるのは老人。白い刺繍の施された暗色のローブを着込んでいる。しちゃくちゃな顔にほがらかな笑みをたたえ、大きな杖を担ぐ。背は高く、背筋はピンと伸びている。


 眼から得られる情報で、彼の洗練された魔力を検分する。

 なんだろう。魔術式を抱えているのだろうか。少し変な感じがする。

 断言できるレベルじゃない。魔法使いなんて何人も見てきたわけじゃない。


 ちいさな違和感を覚えたが、それは魔力が低いとかそういう意味ではない。眼前の男は魔法使いだ。それは疑いようがない。もし意外性や驚きを語るのであれば、ちいさな違和感のほかに、杖のことがあげられるかもしれない。


 ねじくれ曲がった大杖。金属光沢があり、デコボコとした加工跡がある。黒色の鉱石製。珍しい品だ。一般的な魔術杖ではない。これも強い魔力を感じる。


「恐い恐い、品定めをする眼だ」


 フボルトはそう言いながら、決闘魔法陣のなかにはいってきた。


「有名人にそんなに注目されると恐れ多い」

「俺はそんなに有名人じゃないですよ。狩人ですし」

「謙遜は必要ない。君は人類史上初めて2つの魔法をおさめた人間だ。いくつもの魔術を修め、属性も4つ扱うと聞いているよ」

「ずいぶん広まっちゃいましたね」


 隠していても噂は広まるものだ。虚偽の情報として二属性に使用属性を抑えて、重要な戦いでのアドバンテージを得ようとしていたが……今ではアーカム・アルドレアが四重属性詠唱者であることはわりと知られてる事実だ。


「君はいま魔術史において最も偉大な天才のひとりになった。それにこの若さ。話には聞いていたが……神に愛されているとしか言いようがないね」

「それは同意します。僕は生まれる前から運がよかったですから」

「面白いことをいう。ふむ。噂の天才に前から会ってみたいと思っていた。なかなか他人に会いたいと思うことはないのだが、来て正解だったかもしれないね」

「今回は興が乗ったんですか。吸血鬼あるいは超能力者を相手にすることに」

「まさか。厄災級の怪物を狩るのは私の使命じゃない。ここに来たのはジェイソン・アゴンバースに頼まれたからだよ。あのじじいには貸しがある」


 やはり狩猟王のコネか。でなければ、これほどの大物が動かないよな。

 にしても、あのじじい、か。言葉選びに違和感を感じる。


「失礼ながら、あなたもわりと熟成しているように見えますが」

「はは、まぁそうだね。でも、あいつは私が子どもの頃から老人だったよ」

「どういう意味です?」

「そのままだよ」


 黒い金属杖のその先端が魔法陣の床をつく。

 フボルトは自身の眼を指差す。


「面白い」

「なにがです」

「いざ対面してみて新しい発見があったよ、世界最強の魔術師について」

「へえ、それはどんな?」

「眼だ。君の眼、普通じゃないね。それは魔眼の類だろう?」

「よくわかりましたね」

「これでも長く魔術師をやっているのでね」


 俺はコンタクトを外してみせる。

 夜空の瞳。バンザイデスで深淵の渦と取引したあと残ったもの。

 フボルトは「おぉ……」と吐息をもらし、感嘆した様子になった。

 神妙な顔つきになり、目を細めている。

 

「来てよかった。君は噂以上の遥かな天才だ。眼まで特別製だとはね」

「この眼は後天的なものですよ。才能とは言い難い」

「なんと。魔眼は生まれながらのものしかないはずだが……もしや誰かから奪ったのかね?」


 声音がすこし低くなった。


「言い方が悪かったですね。別に誰かの目玉をくりぬいて移植したわけじゃないです。これはある種の……儀式が偶然におこり眼が結晶化したのです。再現性のない手法ですが」

「大変に興味深い話だね。またあとで詳しく聞かせてもらえるかい」

「いいですよ」


 宙を握りこむ。収納空間からメレオレの杖を取りだす。


「おや?」


 フボルトは意外そうに肩眉をあげた。

 視線は俺の杖に向いているようだ。


「どうかしましたか」


 言って黒樹の短杖をもちあげてみせる。

 

「いや、ただ、なんというか、どう受け取ろうかと思ってね」


 困惑した様子だ。わかった気がする。なにに意外さを感じたのか。

 この杖は3等級──最高級の魔術杖だ。魔術師が所持する杖としては良い品だ。

 だが、魔法使いのアイテムとしてはやや見劣りする。


「思い入れある品なもので。物は大事に使うんです」

「君が良いのなら私が口をだすことではない。でも、なんというか、私の杖は良いやつだよ。とてもとても良い杖なんだ。杖の力で差がつくのはどうかと思う」

「杖の力ですか」


 思えばそこまで必死になったことがない部分だ。

 知識として世には名の轟いた神器級の杖というものが存在するのは知っている。

 最高等級である6等級を与えられたそれら。伝えきくに所有者に絶大な力をもたらすとか。あるいはこの老魔法使いの有する杖は──神器のひとつかな。


「じゃあ、ヴェルの黒い心臓、だったりしますか、その大きな金属杖」

「おや、よくわかったね」

「眼が良いので」

「あぁ……力が見えているのか」


 神器級の杖のひとつ、ヴェルの黒い心臓。伝説によれば特に土の魔力と相性がいいらしい。この眼で見て観測できている杖の状態と知識は一致している。土の魔力を扱えない俺には縁のない杖だが、強力無比なのは手にとらずともわかる。


「もっともふさわしい人物のもとにありましたか」

「これもジェイソンが私に用意してくれたものだ。だから、のこのこ田舎から出てきた」

「僕が隠居しててもノコノコ出ていきますよ。狩人協会は良い物をもってますね」

「ふむ……これを見てもその杖のままでいいのかね」


 しちゃくちゃな表情は、自慢のおもちゃを見せびらかす少年のようにご機嫌だ。

 狩猟王からのプレゼントがとても気に入っているとみえる。


「魔術決闘の枠におさめたいので。あまり強力な術を行使しても仕方がないかと」

「あいにくと私にそのつもりはない」

「……それはまたどうして」

「簡単な話だよ。私は猛っている。わくわくしていると言っていい。アヴォンからすれば何でもない提案だったのだろう。親善、交流、誇示、なんでもいいが、そういう意味でひとつの試合を頼まれたのだろう。私が学者肌ならばそれでもよかった。軽く流すだけだ。しかし、あいにくと決闘者なのだよ、私は」


 フボルトあほがらかな笑みをたたえたまま、手のひらを天に向け、ゆっくりと持ち上げていく。膨大な魔力の流れが、天へ上る大河のごとくうずまき始めた。


 決闘場が揺れ始める。観覧席の狩人たちから動揺の気配を感じる。


「見えるかね、アーカム・アルドレア、私の魔力が」


 決闘魔法陣を構成する魔術式が、悲鳴をあげている。


 安全性のためにあらゆる魔術を《ウィンダ》に変換する術式に負荷がかかっていた。属性式魔術は基礎詠唱式『集積』『生成』『操作』『発射』。例えば地面を操作しうる土属性式魔術などは『集積』『操作』のプロセスで大きな制約を受けるわけだが……このじいさん魔法陣が抑えてる地面を『集積』によって動かそうとしている。


「どちらが勝っても構わない。ただのじゃれ合い。そう割り切るには、このフボルト・ガイア、いまだ若すぎる」

「あまり力を使いすぎないでほしいんですけど」

「もちろん心得ている。リハビリだと思ってほしい。勘を取り戻したい。闘争というものから長いこと離れていたのでね」

「それなら、まぁ」


 フボルトは天に向けていた手をクンッと動かした。何かに引っ掛かったように拮抗していた手元が、つっかえを失ったかのような所作。


「《マキシマ・トリプル・ディレイ・オルト・グランデ》」


 瞬間、決闘魔法陣は甲高い炸裂音をあげて崩壊した。亀裂が四方八方にひろがり、観覧席にまで破壊はおよび、地震と崩壊が伝播していった。


















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