世紀の魔術決闘

 オーリアパレスの決闘場は見事の一言に尽きる代物だった。

 かつてアーケストレス魔術王国のドラゴンクラン大魔術学院の中庭で、月間決闘大会なるものにでたことがある。

 この城の決闘場は中庭にあったものに比べればサイズはちいさいが、決闘魔法陣とそれをぐるっと囲む観客席はめちゃ金がかけられたであろう荘厳さを誇っている。


「決闘場の歴史は400年を超える。この決闘魔法陣はアーケストレスの魔術師を招いて描かれたものだ。我が祖先は古い時代から魔術に興味を抱いていた。かつては人間国で最大の魔術師集団を有していた歴史もあるのだ。リノス家はこの地で人間国の貴人たちへ、神秘の知恵とその力について啓蒙をおこなったのだ」


 拳をふりあげ、雄弁に語るリノス公爵は、その手で魔法陣をしめす。魔法陣はいまは輝きを失っている。まだその効力を発揮していないようだ。


 周囲の観客席は、その収容人数のほとんどが埋まっていない。

 でも、観客が少ないというわけでもない。


 噂を聞きつけてきたのだろう、この城に招聘された者たち──観客席にいるのは狩人だけではないのでこのような表現にとどまる──の多くがこの場にいた。


 俺は観客席の一角に見知った者たちを見つけたので、リノス公爵とミズルさんへ向き直り、「僕はこれで」と断りをいれてそちらへ向かった。

 

 神経質そうな銀髪オールバックは、俺の接近に気づくとチラッと視線を向けておきた。すぐに懐中時計をとりだし、時間を確認する。


「アヴォン、君は弟子に厳しい人だ、いじわるなことばかりしてる」


 兄弟子をそういって批難するのは、すぐ隣に座っている、羽飾りがついた三角帽子をかぶる男だ。黒髪黒瞳と標準的な狩人装束のいたって普通な容姿の彼の名は、マクスウェル・ダークエコーという。筆頭狩人のなかで一番優しいと思う。俺的には。

 

「時計を確認することに深い意味はない。手癖のようなものだ。意味を深読みして、他人を批判するのはよせ、マックス」

 

 アヴォンは言って、時計の蓋を音をたてて閉じて、懐にしまいこむ。

 神経質眼鏡を挟んでマックスの反対側、少し距離をおいて、横長の観客席にふんぞりかえるように座っている梅色の髪の美人がこちらに反応をしめす。


「アヴォンの性格が悪いことを今更確認しなおしても仕方がないことだよ、マックス。それは治らない。残念だけどね、本当にね」


 アンナの姉エレナは、言うなりやるせなく首を横にふる。

 

「お前に言われる筋合いはない、エレナ」

「私の性格が悪いって? レディになんて酷い言いぐさなの、いや、本当にね」


 大人たちが言い合いしている間に、俺はマックス、アヴォン、エレナが座している列の後ろの列、アンナとキサラギが静かに座している列に加わる。


 通路側から俺、アンナ、キサラギと続く座席の奥を見やる。

 いくらでもスペースの空いている観客席に点在している黒い装束のなかでも、異質な雰囲気をもつ老人たちだ。それもかなりの老齢。師匠を思い出すしわくちゃ具合。ひとりは婆で、ひとりは爺。婆のほうは剣士だろう。爺のほうは魔術師だ。


「アンナ、あの人たちは?」

「さぁ。狩人ではないと思う」

「同感です」

「フボルト・ガイアだ」


 俺の疑問に答えたのはアヴォンだった。座席の背もたれに肩をまわすように俺たちほうへ身体を向け、視線で件の老人をしめす。

 

「フボルト・ガイアですか」

「どっちのこと?」

「フボルトは主にアーケストレス魔術王国に多い名前であると、キサラギは統計的なデータを開示し、自らの知力を誇示します」

「で、どっちのこと?」

「当然、かの老人のことさ」


 アヴォンはさも当たり前のように答える。

 アンナは困惑した顔で、キサラギとアヴォン、そして俺へ視線をまわし、「結局どっちがフボルト?」と、ぼそりとこぼした。


「フボルト・ガイアは高名な魔法使いですね」


 俺は誰も質問に答えてくれない可哀想な時間に、終止符を打つ。

 フボルト・ガイア。魔術協会に身をおいていて、魔術師の最高峰に興味をもったことがあるのなら、その名を知らぬ者はいないだろう。


 長い歴史と学術的価値の細分化にともない、最も偉大な魔術師がだれかを決めるのは難しい問題だ。とはいえ現代最高の魔術師には、少なくとも属性式魔術の魔法使いたちは名を連ねることは間違いないだろう。


 この点に関しては、属性式魔術以外を専攻する者も同意してくれる。


 属性式魔術を四式まで修めれると魔術師は『賢者』の称号が与えられる。

 同じく五式まで修めれると『賢王』の称号が得られる。

 そして、六式の魔術を修めた時、法則の理解者『魔法使い』の称号が宿る。


「アンナ、フボルト・ガイアは当代の魔法使いのひとりなんですよ」

「魔法使い。ゲンゼと同じだ」


 俺は勤勉な魔術師なので、名は知っていたが、彼の顔は知らなかった。

 

「レアキャラにも程があるような。先生、どうしてフボルト・ガイアがここに?」

「協会の招聘だろう。詳しくは本人に聞いてみたらどうだ」


 狩人協会は魔法使いを戦場に呼びつけることができるのか。あるいはより個人的なコネクションが働いたのかな。大方、狩猟王あたりの力だろう。


「わかりました、あとで話しかけてみます」


 フボルト・ガイアは魔法使いの例に洩れず俗世から離れた人間だ。

 多くの魔術師が一度でもまみえようとし、けれど、大半は生涯機会に恵まれない。


「さて、アーカム、なにか察したことはあるか」


 アヴォンはそう言い、俺の顔を見る。

 俺は天井を仰ぎ、1.2秒ほど思案する。

 

「世紀の対決って、もしかして魔法使いフボルト・ガイアの魔術決闘ですか」

「そうだ」

「そして、その相手は……」


 魔法使いの決闘相手に足りるのは。


「ロズワールさんですか」


 筆頭狩人のひとり、ロズワール・オザワ・オズレ。

 『焔炎の狩人』の二つ名をもつ彼は、火属性五式魔術の使い手だ。

 その火であまたの怪物を灰燼と帰してきた。


「やつは来てない」

「そうなんですか? こんな大事な戦いなのに」

「世界の危機をめぐる戦いはなにもここだけじゃない」

「魔法王国のクーデターでは、筆頭狩人8名を集めてくれたのに」


 アヴォンは返す言葉を用意せず、改まった様子で話題をきりかえる。


「わかっているのだろう。お前は察しのいい男だ。魔術において、お前はロズワールを超えている。もしやつがこの場にいても、フボルトと対決するのはお前だ」

「この催しは先生が企画したんですか?」


 一応、意図を聞いてみる。

 アヴォンは丸眼鏡の位置を指でなおす。


「協会内外の実力者が、ここに集まっている。それはお前の覚悟に協会が報い、方々に働きかけたからだ。その背景には、アーカム・アルドレアという生ける伝説の名前があたえた影響もおおきい。お前の発案、お前の賭博、お前の旗本だから、おおきな力が動いた」

「ありがたい話で」

「そうだ。これはありがたい話だ。だから、威厳を示せ。協会内には、お前の威厳を、協会外には、最強の狩人がここにいると誇示しろ。それが士気にも直結する」


 この場に集まったものたちはいわばスポンサーか。

 

「言う通りかもですね」


 俺は腰を上げ、フボルト・ガイアのほうをチラッと見る。かの老人はほがらかに笑み、大きな杖を抱え、ちいさく手をあげて挨拶してきていた。

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