戦友もいる

 フラッシュをともなって回廊を歩いていると、Y字路の合流点に差し掛かった。

 2つの足音が向こうから近づいてきていたので、速度を落としてうかがう。


 向かい側からはリノス公爵がやってきていたことに気が付いた。

 彼の3歩後ろには水色の髪と黒い瞳の女性もいた。折れ曲った三角帽子と黒革のコート、それと革のブーツ、典型的な狩人の装いだ。ただし、剣をたずさえているであろう剣帯ベルトには、剣の代わりに中杖と短銃が差してある。

 俺はこの彼女に見覚えがあった。


「おや、さっきぶりじゃないか、アーカム」

「これはどうも公爵」

「部屋は気に入ってくれたかな?」

「最高の部屋です。特にカーテンの刺繍、あれは素晴らしいものですね」


 社交もほどほどに、俺は後ろをふりかえり、フラッシュをチラッと見やる。


「えーっと、こちらの目つきの悪い彼はフラッシュといいまして──」

「あぁ紹介は大丈夫だ、もう知っているよ。この城に招かれた者は、みんな知っている。彼は君の代理で来ていたこともね。私たちはもう友達なんだ」


 リノス公爵は手を制するようにしてそういった。代わりという感じで、彼は後ろにいる水色髪の女性を手で示しながら、口を開いた。


「こちらはミズル・ミカ。美しく強靭な狩人だ。しかも貴重な魔術狩人で──」

「彼女とは一応、面識はあります」

「あぁ、そうだったか、失礼、知り合いぶってしまったな。此度の重大な決戦、その招集に応じた勇敢な淑女を紹介しよう思ったんだ」


 リノス公爵との間に、会話のかみ合わない変な間が生まれる。

 それを埋めたのは狩人ミズル・ミカだった。


「久しぶりだな、アーカム・アルドレア」

「ご無沙汰してます、ミズルさん」


 言って俺が手を差し出すと、彼女はにこやかに笑み、その手をとってくれた。固く握手をかわすノリでだしたそれは、ズイっと引き寄せられる。

 まさかの抱擁。肩越しにふわっと香る髪の匂いから良い香水を感じ取り、彼女が女性として気を使っていることに、奇妙な興奮を覚える。


 一回ぎゅっとされ、背中をトントンと叩かれ、彼女はサッと離れた。


 俺はチラッと背後を見やる。フラッシュが険しい顔で見てきていた。犯罪者を非難するような眼差しだ。細められた金色の瞳がなにを考えているのか、言葉にされずとも如実にわかった。違うんです、お義兄さん。


「ダンジョンヒブリア以来だ」

 

 ミズルさんほうへ向き直り「えぇもう4年になりますね」と応じる。


「4年間前に会った狩人と再会することは、珍しいものだ」

「世界は広いですからね」

「それもあるが、多くは殉職してるのでな。生きて会えるやつは少ない」

「あぁそういう意味ですか。まぁ、たしかに」

「噂は聞いてる。世に轟くような功績の数々。道を踏み外した剣聖の粛清、絶滅指導者リリアルムの滅殺。ほかにもいろいろ」

「たいしたことじゃないです。運がよかった。それと仲間の助力もありました」

「謙遜も行き過ぎると嫌味に聞こえるぞ。まぁいい。あの暗い洞窟で会ったときから、お前は素晴らしい狩人になると思ってたよ。また会えて嬉しい。というか光栄というべきか。もう立場はそっちのほうが上だしな」

「友人として扱ってくださいよ、僕は若造ですので。僕もまた会えて嬉しいです」


 良いものだな。友と再会するというのは。

 

「ダンジョンヒブリア? 帝国領の迷宮都市ではないか。どうやら私の知らないところで面白い冒険があったようだな。よかったら話を聞かせてくれないか、ふたりとも」

「そんな面白い話じゃないですよ。でも、あー、僕は構わないです。……ミズルさんが構わないのなら」

 

 彼女は相棒のエドルト・フーバーという狩人を亡くしている。嫌な思い出を掘り起こすか否かは、彼女に裁量権をゆだねるべきだろう。


「気遣いもできるのか。伝説の狩人はなんでも得意なんだな」


 ミズルさんはそういうとリノス公爵へ向き直った。


「私は構わません。思い出の半分には死がつきまとっていますので。私にとっては辛い記憶ですが、死者にとっては思い出すことが慰めになるものでしょうし」


 俺たちは向かう方向が同じだったようで、そのままの流れでY字路の残された道をともに歩きはじめた。公爵にダンジョンヒブリアでの出来事を語り終えてもまだ、俺たちの道は重なっており、互いの目的地の話になった。


「奇遇だね、アーカムにフラッシュ、君たちも魔術決闘場へ? 私もいくつもりだったのだよ、なんでも世紀の対決が見れるとかでね!」

「世紀の対決です、か」


 偶然にも俺が呼び出されているのも魔術決闘場だ。

 だいそれた名目に興味を惹かれないわけがない。

 世紀の対決とやら、俺も見れるかな。

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