用心棒

 リノス公爵のはからいで用意された部屋は極上なものだった。

 公爵家の有する一等室というだけあって豪華なことこの上ない。

 カーテンひとつとっても、重厚な赤い布に、金の刺繍が施されている。

 俺は「なんじゃこれは」と思いながら、ざわざわした触り心地を指でたしかめる。


「城だと恰好つくよな。やはり、うちもあの屋敷を建て替えるか?」

『あれはアディフランツとエヴァが建てた家だろう。お前の育った家であり、家族と過ごした家でもある! 思い出を大事にするべきだ!』

「まあそうですけど。直観くんはいつだって正しいですね」


 貴族として、それなりの力を有すると公爵家の城の凄さがわかる。人間国の国王や、他国の権力者などが宿泊することを想定して、この地の領主として恥ずかしくないよう存分に恰好つけられているのだ。アルドレア家の慎ましさとは正反対だ。

 

 コンコン。

 ノックの音が聞こえる。

 俺は扉へ向かってどうぞと答えた。


 入って来たのは黒毛の獣人殿。

 金色の瞳はいまは落ち着いている。


「あっ、お義兄さん」


 ゲンゼの兄である彼も今回の作戦に参加している。


「アーカム、来てたのか」

「ええ、つい今朝着いたばかりです」

「ゲンゼとはちゃんと話をしたのか」

「はい、しましたよ。もちろん」

「ならいい。だとしたら、俺の仕事は減った」


 最初、ゲンゼに絶滅指導者を罠にハメる話をした時、彼女は納得せず、夫である俺を戦地におくりこむ代わりに、実の兄であるフラッシュを送り込んだ。


「フラッシュがいけば十分な戦力でしょう」

「ゲンゼ、嘘だろ、俺なら死んでもいいと?」

「勘も戻ってるんです。いまのフラッシュは死なないでしょう」

「いや、それでも絶滅指導者は……お兄ちゃんに対しての心配はないのか?」


 あの時、しょんぼりした様子でセイ・オーリアに送り込まれるフラッシュには胸が痛くなったものだ。


 結局は俺はゲンゼとの話し合いをしたうえでセイ・オーリアに来るお許しをいただいたので、こうしてこの城の一等室を与えられているわけだ。


「お義兄さん、クルクマに帰ります?」

「それでもいいならな」


 俺が無事に作戦参加したので、彼がここにいる義理はない。


「雷神流六段の剣術は、この戦いに必要です。お義兄さん」


 俺はできるだけしんみりした顔をつくり、帰ってほしくないアピールをする。

 フラッシュはこちらに近づいてきて、俺の胸に太い指をぐりぐり突き刺してきた。


「俺が帰れると思っているのか? お前をおいてクルクマに帰ったらゲンゼにまた巨樹のなかに埋められるに決まっているだろう」

「なんだ、放っておいても帰らなそうですね」

「軽薄なガキめ。もう少し必死に引き留めろ」

「冗談ですよ。本当にお義兄さんには残っていてほしいです。これは人類と怪物、その趨勢を決定づけるほど大事な局面なんですから」

「人の世のことなど知らん。俺たち兄妹のことは知ってるだろう」

 

 暗黒の末裔。呪われた血統を背負う彼らは、人の社会に良い思い出がない。樹海の魔法使いであるゲンゼの力をつかい、時代に生きることを諦め、長い時を越え、自分たちのために生きると決めた。彼らはそういう人生を歩んできた。


「人間が滅ぶのならそれも運命だ」

「運命論は好きじゃないです」

「だろうな」


 フラッシュは少し離れて、ぐりぐりしていた指を俺の顔へ向けた。


「だが、お前が死ねば、ゲンゼが悲しむ」

「それは間違いないです。僕は素晴らしい夫ですからね」

「浮気カスの間違いだろう。下半身でしかものを考えてない」

「耳が痛いのでそれくらいで勘弁してくれませんか、お願いします」

「ふん。お前を好きなだけ非難できる武器があるのは気分がいいな」


 俺は強くなったが、同時に明確な弱点をもちすぎた。はぁ。


「それじゃあ、用心棒お願いします。切れ味のある懐刀があると安心しますね」

 

 フラッシュの返事は「ふん」と鼻を鳴らすだけだった。


「そういえば、お前の先生を名乗るやつが、会いたがっていたぞ、丸眼鏡の神経質そうな男だ」


 我が用心棒は伝言を預かっていたらしい。

 俺は「あの人は待たせないほうがいいですね」といって、用心棒を連れて先生に会いに行くことにした。

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