オーリアパレス入り

 この地の名はセイ・オーリア。

 ヨルプウィスト人間国の北方地域にある古い都市である。


 雪深く積もるこの街は、台地のうえにあり、北と東にはゲオにエス帝国と共有する極寒の海がひろがっている。

 この都市は古くは狩人たちが武器を鍛えるために使われ、人間の時代宣言以降は、人間の戦争のために武器を供給することで成長していった。


 しかし、いまは住民は少なくくたびれた様相をもっている。


 街道が整備されて以来、住民の移動が領内でおこったためだ。もっともそれも狩人協会の政策の一環であるのだが。この都市には現在、狩人協会の重要施設、吸血鬼研究所のためにあるようなもの。住民の多くは秘密の共有者であり、協力者である。こんな街だからこそ、最後の役目にふさわしいというものだ。


 雪の積もった街並みのなか、堂々とそびえる城塞がある。あれこそ都市をおさめるリノス公爵の城オーリアパレスだ。公爵旗が掲げられているが、穏やかに雪が降るなかでは、旗がはためくことはなく、どれだけ威光ある紋様が描かれているのかうかがえない。


 セイ・オーリア入りを果たした俺とキサラギは、深い雪に覆われた街を進み、オーリアパレスの門で人間のコインを提示して通してもらい、城壁内部にやってきた。


 ようやく頭や肩に乗った雪を払い落せる。

 松明が等間隔でおかれた通路をゆくと広い空間にでた。


 埃被ったシャンデリアが吊り下げられた広間には、机と座席がならび、奥には大きな暖炉がみえる。壁には古い金属鎧やタペストリー、剣に盾などの装飾があしらわれている。古城らしい雰囲気がたんまりと漂っている。

 

 広間内には黒い装束に身をつつんだ者たちが何名かいた。

 暖炉の火を囲んで談笑しているようだ。


 彼らはこちらに気づく、広間に響いていた喋り声はピタリとやんだ。


「兄さま、キングが嬉しそうです。とキサラギは愛馬の感情を正確にくみとります」


 グランドウーマのキングのおしりを撫でながらキサラギは言った。

 

「ようやく温かい場所に来れて喜んでるじゃないかな。な、キング」

「ぶるるるん♪」

「流石は兄さま、愛馬と深く気持ちを通わせているのですね、とキサラギは妹らしく、尊敬する兄さまのことを上手にたてます」


 そう言ってキサラギは暖炉のまわりの狩人たちを見やる。

 狩人たちは顔を見合わせ肩をすくめる。

 

「アルドレア、お前の妹はお喋りなんだな」

「元気なことは良いことだ。可愛い娘ならなおさらな」

「兄さま、キサラギが可愛いということが公にバレてしまったようです」

「どうだい、可憐なお嬢さん、こっちにきて温まるといい」

「兄さま、キサラギは美少女すぎてさっさく大人気なようです」


 俺はキサラギの背中を押して「行ってきていいですよ」と言っておく。

 狩人たちはキサラギを加えて、愉快そうに談笑をはじめた。


 よかった。

 やはり良い方向に転がった。

 キサラギは初対面でも狩人からの好感度が高い。

 究極美少女なことだけが理由ではない。キサラギの明るさや純粋無垢なオーラが、荒んだ狩人たちの心を癒すのだ──と俺は推測している。


 狩人には俺を嫌いなやつと、そうじゃないやつがいる。

 どっちにしろ死線をともにする仲間だ。仲良くしたい。


 なので、この場は我が妹の社交性に任せ、俺はキングを城内厩舎に預けにいく。

 複雑に入り組んだ道のりだったが、わずかな直観力を使うだけで目的地にはたどり着ける。


『右! 左! そこだ!』

「今日も冴えわたっているな。その調子で本番も頼むぞ」


 干し草と馬のフンの香りがする。目的地についたな。


「ん、アーカム」


 厩舎内で梅色髪の美人を発見。


「よかった、アンナも無事についたんですか」

「さしてトラブルはなかったよ」

「その言葉の真偽はあとで確かめるとして」

「本当だって。なにも問題起こしてない」


 アンナはムッと不貞腐れたように頬を膨らませる。


「ゲンゼ、怒ってたでしょ」

「そりゃ当然。でも、成すべきことは成さないと。ゲンゼには申し訳ないですけど」

「この仕事が終わったらしばらくクルクマにひきこもるの」

「その約束です。俺もそうしたいですし」


 もっとも今回の戦いの戦績次第ではあるが。

 超能力者がうまく駆り出せればよいのだが。


「こっちにはいま着いたところ?」

「今の今です。びっくりですよ、冬二月のセイ・オーリアちょっと寒すぎですね。クルクマより2段階くらい寒く感じます」

「こんな場所に召喚された憐れな狩人が80人いるらしいね」

「また協会内で俺を嫌う人が増えますね」

「大丈夫だよ。今回の戦いでけっこう死ぬと思う」

「たしかに。なら気にしなくていいですね。ってキツイジョークでは……? 今回は秘密兵器をもってきているので最悪死者ゼロで済む予定です」

「最悪って言っちゃってるし」


 アンナはちいさく噴き出すように笑む。

 キングをバニクの隣の馬房にいれて、俺はアンナの案内で古城を見てまわった。

 数日の間により多くの狩人がこの地にやってくる。


「この高い城壁も吸血鬼相手ではたいして役に立たないでしょうね」


 俺は城壁のうえから外側、セイ・オーリアの街並みを見下ろしてため息をつく。

 反対側、城壁内側を見やれば、狩人協会の手の者たちが、物資を運搬して、広い庭に並べている光景がひろがる。今回、招集された狩人は80人だが、協会製の銃で武装した戦闘員はもっとずっと多くいる。


 武器のおかげで三段クラスの剣気圧習得者または二式魔術以上の使い手であれば、協会製の銃をもちいて、吸血鬼相手に有効な攻撃をおこなえると実証された。


 ゆえにこの地には協会に属する一般戦闘員も多く駐屯している。


「ここまでの人と物を動かせるようになるとは。意外と俺って権力者では?」

「……」

「冗談ですよ、自惚れは身を亡ぼすと知ってますって」

 

 アンナを見やるが返事はかえってこない。沈黙を守ったまま、外套のポケットに手をつっこみ、口元までマフラーで覆い隠して小刻みに震えている。

 

「どうしたんです?」

「アーカム、寒くないの」

「あぁ……俺は火の魔術を使えるので」


 握手するように手を差し出すと、アンナは冷たい手で握ってきた。


「嘘つき、寒くないんじゃん」

「今度、狩人協会に寒冷地で役に立つ暖房効果付きの装束を提案しますよ」

「火の魔術と同じ効果?」

「だいたい同じです」

「アーカム最強」


 アンナに誇らしげな視線を向けられながら古城をどう守るか、漠然とした思考の材料を集めつつ、城内にある吸血鬼研究所へと足を向けた。

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