描かれたシナリオ

「吸血鬼との戦いがはじまって2000年。狩人協会の歴史は、吸血鬼との戦いの歴史とも聞いています。最初の狩人スカラー・エールデンフォートが剣気圧を開発し、吸血鬼に支配された故国を解放した。人間が恐るべき厄災と戦うちからを手に入れ、この地をとりもどした。しかし、吸血鬼を滅ぼすことは叶わず。やつらは勢力を衰えさせども、いまも人間世界に紛れこみ、そして自由に喰らい、時に気まぐれに惨劇を起こす」


 俺は演説をつづけながら、机のうえのケースの留め具をパチッ、パチッと解錠していき、丁寧におさめられた『血族の終わり』を見つめる。


「恐れながら熟達の狩人であるあなた方にお尋ねします。吸血鬼の最大の弱点はなんだと思いますか」


 チラッと視線をやる。

 誰も答えてくれる気配はない。

 うぅ、悲しい……でも、いいんだ。

 こういう時のために向こうの席にアンナがいるんだ。

 サクラということなかれ。賢き戦略といってほしい。


「銀だ」


 なんと、アヴォン先生が答えてくれたではないか。


「太陽もだろう」


 タイタン・アークボルトはひと際大きな声で言う。


「魔術と剣気圧もじゃないかな」


 ジェイソン・アゴンバースもにこやかに答えてくれた。

 

 みんな優しい。


「もちろん、それらはどれも有効です。というより彼らは強力すぎてそれら弱点をつく手段を用意しなければ、我々のような非力な生物は相対することもかなわないです」


 俺は指をピンとたてる。

 

「しかし、僕は最大の弱点はそれらのいずれでもないと思います」


 くるっとケースをひっくり返し、俺は『血族の終わり』を彼らに見せた。


「最大の弱点……それは人間です。より厳密にいえば、彼らは人間がいなくては生きていけない。彼らにとって人間が絶滅することは、私たちの日常からパンやワイン、塩漬け肉が消えてしまうことと同義です。生物が生物である限り、その食物はなくなることは許されない」


 吸血鬼たちが人類を滅ぼせない理由だ。


「しかし、人類にとって吸血鬼は百害あって一利なし。我々はやつらを滅ぼせます。そこがポイントです。この種族間戦争において、我々の側だけが、最大の蛮行を許されている。決定的な勝利を、終わらせる権利をもっている、我々だけが」


 狩人の円卓がざわざわとしだす。

 

「『血族の終わり』は細菌兵器と呼ばれる新しい武器です。これはいわば人間の手によってつくりだされた病原体。疫病を引き起こします。まずは人間の街で使用し、空気感染を引き起こし、爆発的な流行をおこないます。病気を運ぶのは鳥でも、ネズミでも構いませんが、とにかく人間のいるところに広げられるだけ広げたい。そのために狩人協会は感染経路の構築をおこないます。都市部では井戸や、街角のパンをつかって人間を感染させ、病気を流行させます」

「待て、アーカム・アルドレア、お前を何を言っているんだ……? 病気を流行させる? 我々がそれをしてなんになる!?」

「狂っている。なにを馬鹿げたことを!」


 黙って説明を聞いてくれていた重鎮たちが声をはさみはじめた。

 だが、筆頭狩人らやジェイソン・アゴンバースは目を細め、興味深そうに口元をおさえ傾聴してくれていた。


「安心してください。この病気は人間にはほとんど症状を引き起こしません。その力が発揮されるのは、この病気に感染した人間を、怪物が吸血したあとです。これは設計された病気といったでしょう。温かい人間の体内で増殖し成長した病気は、吸血鬼の体内に約5年ほど潜伏したのち……その血を破壊し、遺伝子を引き裂き、死に至らしめる。たとえ絶滅指導者であろうとも。血族はだれも逃れられない」


 特定の遺伝子配列にのみ致死性をみせる種族絶滅システム。

 これが俺のたどりついた作戦だ。

 あまりにも残酷で、野蛮、だからこそ終わらせることができるシナリオ。

 これまで数多の狩人が継承してきた意志に、師匠が俺に託した思いに報いれる。

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