手土産

「ジェイソン、ひとついいか」

「ん。なんだい、ボルギン」

「そっちの若い娘はよく似てるが、エレナ・エースカロリではないだろう」


 狩人協会役員のひとり、たしか元銀行ギルド長だったかのおっさんがアンナを指差して不可解そうにした。


 やっぱりバレてるじゃねえか。

 ジェイソン・アゴンバースは困ったように顎をかく。


「代理らしい。エレナの妹だ」

「私の意見はエレナの意見だと思って」


 エレナは狩人の円卓が開かれる場合、そのメンバーのひとりとなるが、今回は参加しなかった。「アンナちゃん、お姉ちゃんのかわりに出てきてくれるかなぁ?」とアンナにお願いをしていた。本人いわく妹に貴重な体験をさせてやりたいとか、クルクマを守らないといけないとか言っていたか。

 まあ納得ではできなくない。あの人がクルクマにいることは俺にとってもありがたいことだから、そういうことにしておいた。


 ただ、実際のところは不遜な態度をとりすぎて、現場にでないような影の実力者たちのひんしゅくを買ってるようだ。トラブルを招くのはエレナの本意ではないため、お休みしているというのが本当の理由なのだろう。


 怪物と命を張って戦う者と、数字と権力をつかって組織を動かす人間では、その力を振るう場がちがう。どうしたって馬があわないものなのである。よくある話だ。


「代理、というのなら、まあよいか」


 円卓のだいたいがアンナのことを「偽物じゃないか?」みたいな雰囲気で見ていたが、一応の納得を得たような空気感に切り替わっていく。意外とみんな気づく。


 キサラギを助手として壇上横に控えさせ、円卓のメンバーに資料を配布する。

 メンバーは紙束をひとつとり、横に回していき、ぺらぺらめくりはじめた。


「本日はお集まりいただきありがとうございます。アーカム・アルドレアです。今日はお願いを聞いていただくために、こうした場を設けていただきました。そのことについても感謝します」

「アーカムは本当に最強の武器をもってるんだよ。びっくりするよ」


 こら、アンナ、静かにしなさい!


「本部にあるどんな魔術や発明よりも、ずっとすごいんだから」

「キサラギちゃん、暴走してる子をつまみだして」

「あっ、ちょっとたんま。静かにするよ」


 アンナは申し訳なさそうに、だけど不服そうに肩身を狭くする。

 円卓の者たちはだいたいが気にしてないようだったが、露骨に不機嫌そうにしてるお偉い方もまあいるっちゃいる。


「アーカム・アルドレア、聞いていた通り若いな」


 あれ、まだ挨拶しかしてないのにさっそく野次ですか? これは先行き不安どころの騒ぎじゃないですが。

 何度も練習した流れが、さっそく崩れていくのに内心でため息つきながら最近の若いもんはおじさん(仮称)へ視線を向ける。


「失礼、私はエールデンフォートの技術部を預かるものだ」

「ぁぁ、あなたが。これはどうも」


 彼の名乗りにのっとれば、俺はローレシアの技術部を監修してるものである。エールデンフォート……つまるところ狩人協会本部で技術部を預かっているということは、彼こそが狩人協会本部の技術部長であり、狩人協会の技術関連をとりしきる男ということになる。俺はローレシア支部で技術部顧問の肩書きもらってるので、彼はある意味では上位互換の役職者といえなくもない。もっとも俺はあくまで顧問であり、部長ではないので厳密にちがう下位互換でもないのだが。


「時間は有限だ。我々は君が知識と技術の安全弁を握っていることを知ってる。それを我々に渡すことに消極的だ。君が隠しているものがあれば人はずっと効果的に怪物を殺せるようになる。その意味がわからない君ではないだろう」


 演説はじめちゃったよ。

 言ってることはわかる。

 それにこの場でその話をしてる理由も。


 狩人協会は技術の発展を制御している。

 魔術に関してもそうだ。魔術協会に干渉して、戦争や国家のパワーバランスを変化させるような武器にたいして神経質に制御をおこなってる。


 おおきなものでは火薬だ。

 狩人協会は魔力物質を使わない火薬の量産方法を知ってるし、それを利用した武器も持っているが、それが協会の外で使われることはほとんどない。協会の外で運用されている大砲には、錬金術師たちがつくれる製造コストの高い火薬だ。


 これは火薬の普及が戦場をより過酷にすることを協会が危惧してるからだ。


 こうした役割を、俺はまったく同じ理由で、狩人協会にたいして行っていると思われている。すなわりアース技術の秘匿を故意に行っていると思われているのだ。


 俺が狩人協会本部にあんまり好かれていない理由のひとつである。

 そこに狩人協会の力に利用できる膨大な武器があるのに、その安全弁を俺という個人が握って、俺の裁量でとめてしまってると思われているのだ。事実ではあるが。


「狩人協会は再三にわたって、君の頭のなかにある数々の発明や知識の譲渡──つまり、アース技術提供の全面協力を要請してきた。だが、君の答えは不誠実なものだった。狩人でありながら、ありえない判断と言わざるを得ない」

「技術部長殿、どうかわかっていただきたい。僕がもつアース技術のすべては、可能ならこの世界に持ち込みたくはないし、もし持ち込んだとしても、ただ一時その力を借りるだけで、用が済めば痕跡すらなく破棄したいものなのです」


 俺はこの世界を守りたいのだ。行き詰った科学が人間性を失わせたあの世界とおなじところへ向かってほしくない。


「それは我々が判断することだ。人類の未来に関わる重大なことだ。この狩人の円卓こそが、その判断をするにふさわしい場所だとなぜわからない。それは君一人で判断することではない」

 

 だいぶフラストレーションが溜まっていたようだ。


 久しぶりに先生に怒られる生徒の気分になっていた。

 技術部長のほうがだいぶ年上だし、協会内でも少なくとも上から20番以内の巨大権力者であることとか、いろいろ考えると言い返す言葉も考えないといけない。なるべく角がたたないように。論破しても仕方ないんだ。というかしちゃだめなんだ。言い負かして関係を悪化させることほど不毛なことはない。


 ここは向こうのホーム。技術部長は「アース技術の完全譲渡」というムードを狩人の円卓でつくって圧力をかけにきてる。突っぱねるのは簡単だ。部屋を出ていけばいい。でも、それではまったく意味がない。


 技術部長につづいて方々から「君は協会の味方ではないのか」「協力するべきだろう」「我々のことを見下しているのか」と不満が漏れだしてきた。


「技術部長」


 想像以上の逆風に返答に窮していると、老人の声が静かに場を射貫いた。

 ジェイソン・アゴンバースの声はその場の誰よりも鮮明だった。


「アーカムは我々の味方さ」

「しかし、やつが技術を隠していなければ、変化した戦況があったはずだ」

「彼は十分に我々に協力している。それは狩人ならみんな知っていることだ。彼は絶滅指導者と遭遇すれば、決して逃がすことなく、確実に殺しきっている。人類史を紐解いても、これほどのことを成した者はいない」

「それとこれは話が別で……。やつが有するアース技術があれば、やつじゃなくても、あるいは絶滅指導者を殺せるかもしれないのだぞ?」


 期待しすぎだ。実際のところアース技術は万能でもなんでもない。

 絶滅指導者をただ銃をぶっ放して殺せれば苦労はない。


「我々が彼を見極めているように、彼も我々を見極めているのだよ」


 ジェイソン・アゴンバースは見通すような瞳で俺をみてくる。


「別世界の知識保有者だ。それがこちら側にいる。私たちは傲慢になるべきじゃない。それを差し引いても、彼はテニールの残した大事な子だ。私は信じたい」

「アゴンバース……」

「アーカムの話を聞こう。私からのお願いだよ、技術部長」

 

 ジェイソン・アゴンバースが円卓に座するものたちへのっそりとした視線をおくると、みんなすっかり静かになった。

 アンナが満足そうな顔で技術部長のほうを見てるので、なにか余計なことを言わないか心配だ。さっさと話しを進めるとしよう。


「こほん! 先ほどお話にありましたが、僕はアース技術というものを有しています。これはこの世界とは別の世界で育まれた技術です。私が指揮するクルクマ支部では協会技術者を誘致して、その伝授を行っているところです。協会の技術と組み合わせ生み出した武器をいくつか用意しました。これはローレシアからの贈り物です」


 俺はキサラギがタイミングよく渡してくれた木製のケースを受け取り、アンナの隣にいき、円卓にケースをおいた。

 開くと2丁の銃が出てくる。構造は人類が生み出した初期の銃にちかい。フリントロック式で、頑張ったのは後装式の点と、実包を用いるところだ。アース技術を取り込んで、この世界の技術と融合さえ、設計開発された初の武器といっていい。

 

「これは協会製の初めての銃です。ローレシアの技術者をクルクマに招いて、設計と製造工程、材料と運用に関しての監修をさせていただきました」


 俺はそれぞれ形状の違う、長銃、散弾銃、拳銃を紹介した。

 狩人協会製という部分が響いたのか、狩人の円卓のものは興味深そうに聞いてくれた。


「これらの銃で使用するのは魔力結晶を弾核にもちいた銀弾です。吸血鬼研究所の協力のもと、十分な剣気圧があれば、標準的な吸血鬼の硬化術を貫通させる威力を確保してあります」

「飛び道具で硬化を抜けるのか? なんという武器だ……」


 異世界転移船に残されていた火器は、どれもこちらの技術ではつくれない遥か高度なものだ。22世紀の銃はキサラギがもつ文字通り機械精度の腕でクラフトすることはできなくはない。しかし、それではただ作って与えるだけに終わってしまう。


 なによりキサラギという超貴重・超有能なリソースの運用を、つまらない銃器の再現をするちいさな生産マシンにあてるのは馬鹿げている。


 俺たちに必要なのはともに成長することだ。

 狩人協会全体でレベルアップすることなんだ。


 だから、魚を与えるのではなく、魚の獲り方を教えた。


 先ほど技術部長が俺に不満をぶつけたが、俺は意地悪で技術を教えないのではない。教えても意味が伝わらないのである。


 前述のとおり、本当ならアース技術なんかこの世界に伝えたくない。

 それは終わった世界の、詰んだ世界からこぼれ落ちた濁ったしずくだ。


 純真無垢なこの世界に濁りが混ざれば、そのあまりの威力に人は熱狂してしまう。

 たまらなく恐ろしい。急速に変化し、止まらなくなるのが恐い。


 でも、今のままでは開拓者どもを倒せない。

 まず間違いなく蹂躙される。


 だから俺はもう覚悟を決めたのだ。ある程度は。

 赤子は可愛いが、いつまでも赤子ではいられない。


 幼年期はいつか終わる。

 前へ進む技術の歩みを完全に止めることはできない。


 でも、アース技術をそのまま伝えても、オーバーテクノロジーすぎて、1から説明しても理解されないのだ。そもそも、アースの技術に関する知識を、こちらの世界で一般的なエーテル語に直す作業からはじめないといけない。それができるのは俺とキサラギだけだ。その仕事を完遂するのはあまりにも時間がかかる。


 さらに言えばアース技術はそれ単体では、この世界では何の役にも立たない。

 例えばモニターとPC。この世界に持ち込んでどうするんだ。

 電源もなければ、回線だって通っていない。そもそも閲覧するウェブページだって存在しない。


 技術とはすべてが積み重ねなのである。


 だから、俺やキサラギは育むという段階が必要だと結論づけた。

 アース技術のうち、この世界にいくつかを移植し、融合させていく。


 この世界の力で、この世界の色眼鏡を通してアース技術を見直し、解釈し、それをこの世界に有用な形で役立ちそうなものを新しく生み出していく。


 魔術と剣気圧というちからがあるなら、それとアース技術を融合させる。

 地球では超能力者はめずらしかったが、こっちの世界の剣士や魔術師をマナニウムを運用できる超能力者と解釈すれば、またちがった景色もみえてくるものだ。


「技術者の教育には時間が必要です。魔法王国王都からクルクマにたくさんの技術者がやってきて日夜、アース技術の勉強をしています。皆とても優秀で頭がいいのだとつくづく思いますが、しかし、別世界の技術を数年で完全に理解して、応用・発展させれたら苦労はありません。この銃器の類は、ローレシアの技術者たちが、鉄鋼の素材確保、生産工程など、すべて魔法王国内で完結させたものです。毎日、確実に狩人協会にはアース技術が蓄積されていっています。どうか急かさず、待っていただきたく思います」


 俺の貢献度を稼ぎ、協会を満足させつつ、怪物と人類の戦いを人の勝利へ導き、そのすえにいずれやってくる”開拓者”を撃退できる程度に成長してもらう。

 だが、育てすぎれば本末転倒である。ディストピアから無垢の世界を守りたいのに、俺自身が無垢の世界をディストピアに作り替えては意味がない。


 難しい問題だが、俺は選んだ。


「狩人協会の伝統的な武装は日々進化し、今日では剣気圧の強度が低くても吸血鬼に勝つための武器が生まれていると聞いています。僕と魔法王国狩人協会の発明が正式に認められることを期待します」

「これは……戦いを変えるぞ。間違いなく」


 技術部長の震える瞳が俺をまっすぐとらえる。

 そののちジェイソン・アゴンバースへ注がれた。


「アーカム・アルドレア、君は技術の伝道に専念するべきだ。その才能から生み出される考えすべてに価値がありすぎる」

「その話はまた別の機会にしましょう、技術部長殿。僕も動かなければいけない理由があります」


 俺のことを知識の湧きだす泉として運用したいのはわかる。

 狩人協会としてはそれがもっとも望ましい俺の使い方だ。


 でも、俺にとっては違う。間違えてはいけないのは、俺はこの協会に忠誠をささげているわけじゃない。超能力者たちとの戦いに必要だから使っているのだ。


 協会は超能力者をまだ知らない。

 今日にいたるまでその足取りすらつかめていない。


 目の前の問題たち──吸血鬼やそのほかの怪物どもが忙しすぎるから仕方ないといえば仕方ないのだが……だからこそ、俺がやつらに目を光らせる必要がある。


 人類保存ギルドに入り、はやいもので3年半ほどすぎた。

 だからわかる。組織の程度が。どこまでの力があるのかも全体像は掴んでる。

 驚くべき組織力をもっているのはわかる。実際、想像以上のスケールだった。

 

 そのうえで言える。

 今の狩人協会には俺を最適に運用する手段がない。

 言葉を選ばなければ、俺という極めて重要な人材が、無能な上司の命令をきくだけの奴隷に落ちるわけにはいかない。難しい立ち回りだが、それでも俺は独立性を保たせてもらう。

 

「対吸血鬼武装として、銀弾と銃はおおきな力になりますが、あくまでこれは魔法王国王都狩人協会支部がつくりだした贈り物です。僕が力を注いできたのは、先にお伝えしていた通り『血族の終わり』です」


 俺は話を転換させ、『血族の終わり』という武器について説明をはじめた。

 狩人の円卓に集うものたちの視線がかわる。銀の銃を前置きにするほどの兵器とはどれほどのものなのか……そんな風に思っているのだろうか。

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