狩人の円卓

「むっすー」

「むっすーじゃないですよ、アンナ。悪さしたんだから、しばらくそこでおとなしくしててください」


 頬を膨らませて不満げなアンナっちは、腕を組んでソファに寝ころんでしまう。


「褒めてほしかったのに」

「褒められる要素ありましたか」

「本部のやつら驚いてたよ。アーカムのこと見直したって」

「でも、上層部につつかれるネタが増えました」


 彼女には困りものだ。

 少し目を離しただけだというのに、よくもまあトラブルをひっさげてきてくれる。


「アーカム、案の定、問題を起こしたか」


 アヴォンが待機部屋にはいってきたときの第一声がそれだった。

 俺はアンナのほうを見やる。


「ほら、だから言ったでしょ、僕が怒られるって」

「本当だ、完全にモラハラオールバックを読み切ってる。流石はアーカム」

「エースカロリ、お前がご自慢の彼氏を本部で見せびらかしたいのはわかっている。やるのは勝手だが、私の管轄を離れてからにしろ。どうしてお前らの勝手な行動に対して監督不行き届きあつかいされなければならない」


 本部としては、俺にデカい顔されたくはないはずだ。

 だから、俺が本部入りしても歓迎パーティなんか開かれてない。

 まあ別にだれが本部入りしても歓迎パーティなんか開かれないだろうが。

 問題はパーティの有無じゃない。


 上層部のメンツを守ることにある。

 本部は上層部のおひざ元だ。

 

 俺は、彼らの目の届かない魔法王国で、かなり自由にやらせてもらってる。

 確実に勢力は勢いを増してる。ここでは上層部の不機嫌をかいたくない。

 不和を生み、連携が失われることは避けなばならない。


 一部には密かに囁くものいるのだ、争い好きというか対立煽りというか。

 いわく俺が狩人協会を乗っ取ろうとしてるとか、なんとかかんとか。

 そういう戯言は、時間をおいて勝手に真実性を帯びる。


 俺は経験しているのだ。

 前世、イセカイテックでセンセーショナルな発明をして、鼻が高くなって、おごりたかぶり、気が付いたら組織内での立場が弱くなっていて、追い込まれていって。


 人間の組織、人間の社会というのは面倒くさいものなのだ。

 正しいことが正しいままであることのほうが少ない。

 嫌われるとか、不評を買うとか、そういった現象の積み重ねを甘く見てはいけない。どこかで自由にやらせてもらってるなら、どこかでは譲歩する。そうした塩梅が重要だと思ってる。


 俺の場合、その譲歩として、侮られたり、陰口を言われるくらい別になんでもない。インチキだとか、偽物だとか言われて、普段の不遜にたいする溜飲をさげてもらえるのなら、いくらでも言ってくれて構わない。もちろんムカつくけどな。


 ということを、今一度アンナに説明しておいた。


「いいですか、僕はこの腹立たしい気持ちと等価交換で、ほかの目的を達成しようとしてるんです。アンナも協力してください」

「むっすー」

「こら、まだむっすーしますか」

「痴話喧嘩はそこまでにしろ。そろそろ時間だ。やることがあるんだろう」


 アヴォンの言う通りだ。

 こんなことしてる場合じゃない。


 準備をし『血族の終わり』を風霊の指輪に収納し、俺とアンナとキサラギはお偉い方への発表のための準備を進めた。いくつか確認をしたのち会議室へむかう。


 会議室はさほど広くはなく、こじんまりとしていた。

 とはいえ、別に狭くはない。魔術協会でたびたび講演会をするときの部屋と比べればちいさくまとまっているというだけだ。

 学会のような大規模な発表に使われるホールではない。よそ20名かそこいらが座れるようになっている円卓を中心に、部屋の四方に複数の扉が見受けられる。

 部屋の隅っこ、床にも扉のようなものがある。


 俺たちが入室し、扉が閉じられるとぴたりと空気が締まる感じがした。

 音が完全に途切れた。魔術的な作用によるものだ。


 俺の瞳には魔力の流れが見えているので、この円卓の間に張り巡らされた幾重もの情報漏洩阻止の策が視覚的に見えている。見ればだいたいの魔術的効果を推測できるものも多い。俺は魔術の専門家なのでね。でも、そんな専門家の俺をして、何の魔術だかわからない魔術もたくさん張られている。


 円卓の一角にはすでに2名ほど人影があった。懐中時計を見やる。俺は遅刻じゃない。あの人たちが速すぎるだけだ。俺と会うのを楽しみにしてくれていたのか。

 

 あれは誰だろうか。


『ジェイソン・アゴンバースとタイタン・アークボルトだ』


 あれ、超直観くん、久しぶりに元気だね。

 剣聖以前から勝手にしゃべりだす元気がなくなってたのに。


『そろそろ満ちてきた気がする。時が満ちているのだよ』

「そうか。それはよかった。いや、計算して直観をつかってるんだから、そうじゃないと困るんだけどな」

「アーカムがまたイマジナリーフレンドと喋ってる」

「いいえ、兄様の大事な親友チョッカンは実在するのです、キサラギたちには見えないだけなのです、とキサラギは妹として尊敬する兄様の独り言がひどくても受け入れる度量を見せ、理解が深いことをアピールします」

『キサラギちゃんをもっとすこれ』

「余計な自我だすな。それで直観力消費してるんだろうが」


 俺は咳払いして脳内ヒロインを追い払い、座ってこっちを見てくる2名へ近寄った。お偉い方だ。挨拶をしておかないと。


「初めまして、アーカム・アルドレアです」

「あぁ初めまして。丁寧にどうも。ジェイソン・アゴンバースだ」


 灰色のふさふさした髪としわの深い笑顔をたたえ、狩人協会の長、狩猟王ジェイソン・アゴンバースは俺と握手をかわしてくれた。人の好さそうなおじいちゃんだが……俺はこのひとに関する逸話と伝説をたびたびアヴォンやエレナ、クルクマにやってきている狩人たちから聞き及んでいる。敬意を払うべき人間だ。


 着込んでいる狩猟装束はずっと古いモデルだ。

 色あせてくたびれている。みすぼらしさすら感じる服装だが、それらすべてが風格となってこの老人に宿っているような気がした。


 俺に続いてアンナとキサラギも握手をかわした。


「君がアーカムの妹か。美人さんだね、本当にきれいだ。アース技術でつくられた精巧な人形だと聞いているが、まったくそうは見えない」

「キサラギは人形というにはあまりにも豊かな感情と、無限の思考力を有しています、とキサラギは狩猟王へ自身を売り込みます」

「愉快なお嬢さんだ。そしてこっちもまた有名人と。エレナの妹、だったかな」

「どうも。アンナ・エースカロリです」


 アンナはぺこりと一礼。

 キサラギも続いてぺこっと頭をさげた。


「すまないね、アーカム、先に指導者狩りの勲章授与をするべきだろうが、みんな待てないようなんだ。秘匿されてきた君の天才的な思索と知見が解禁されることをみんな期待している。私を含めてね」

「期待に必ず応えられると確信しています」

「そうか。では頑張ってくれ。応援してるよ。あぁそうそう、こっちの大きな男はタイタン・アークボルトだ。筆頭のひとり。恐ろしい顔立ちだが、優しい男だ」


 筋骨隆々の大男。そう形容するほかない。

 ジェイソン・アゴンバースより、ずっと大きく、当然俺やアンナよりずっと背が高く分厚い。狩人装束は着ておらず、まっしろで綺麗な服をピチピチに張り詰めさせている。口ひげも深く、非常にワイルドで、ザ・漢、ザ・戦士といった感じ。


「ご紹介あずかった、タイタン・アークボルトだ、有名人たちに会えてうれしいかぎりだよ」


 タイタンは俺たち3人をまとめて抱きしめてくる。

 アンナはぎょっとした顔をし、キサラギは「情熱的です、とキサラギは──」と冷静な評価をくだし、俺の顔面は深きあごひげに埋まっていた。


「ぶへっ、うへえ!」

「おおっと、これは失敬、かの大天才にして最強の狩人にたいして失礼を働いてしまったか」

「い、いえ、ご心配なく、大丈夫です。ありがとうございます」

「それはよかった。死腕の討伐作戦では会えなかったからな。こうしてあのアーカム・アルドレアと喋ることができてうれしいのだ」

「あたしもいるんだけどね」

「もちろん、お前とも喋れてうれしいぞ。エレナの妹。やはり姉に似てるな。不機嫌そうな顔などうりふたつだ」

「それは僕も思います」

「むっすー」


 こら、またそんな顔をして。


「テニール・レザージャックのことは残念だった」

「聞いています、最後の時、偶然居合わせたんですよね」

「あぁ。クトゥルファーンとともに空から落ちてきた。満身創痍で、手遅れだった」

「大丈夫です。僕とアンナは生きてます。それにアヴォン先生も。狩人協会だってある。ちゃんと繋がってる。そうでしょう?」

「ははは、いかにも、そうだな。うむ、まったくお前の言う通りだ」


 タイタンはニコッと笑み、俺の肩を分厚い手でバシバシ叩いてきた。


 しばらくのち、俺が壇上で発表の原稿やら資料やらを綺麗に整頓して待ってると、ぞくぞくと部屋に入室者はやってきて、時間までに円卓の席はだいたい埋まっていた。


 ”狩人の円卓”。狩人協会本部最高意思決定会議だ。

 古くはポーカーをやるためのちいさなラウンドテーブルを囲む4人のレジスタンスから始まった会議は、2000年以上の時を超えてさまざまな力を取り込んで大きくなった。


 今日、机を囲むメンバーは筆頭狩人をはじめ、狩猟王や、吸血鬼研究所所長をはじめ狩人協会本部の各部門長やその代理などである。現に魔法王国そうした役職者の経歴をたどると、たいていは元冒険者ギルド長、元暗殺ギルド長、元商人ギルド長、元銀行ギルド長、元魔術協会会長、元、元、元……といった感じらしい。

 この会議のメンバーは各国の王家や貴族や組織などに影響力をもち、資金力や政治力などをもっているものたちだ。フィクサーや影の実力者とでも形容できる存在たちであり、人間世界を構築するさまざまな力を掌握しているものどもなのである。

 

「円卓が埋まっている。22名も集まった。すごいことだね」


 がやがやする会議室は時間がせまるとすっかり静かになり、ジェイソン・アゴンバースの声をまるで遮ることなく、威厳と柔らかさのある落ち着きのある声を響かせた。

 

「みなも知っての通り、今日はすごい発表があるらしい。絶滅指導者を狩猟した偉大な狩人からの贈り物だ。大事に受け取ることにしよう」

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