ツークツワンク

 新暦3067年冬一月


 暗い部屋、わずかな光量、荘厳な玉座の間。

 超能力者ラインハルト・エクリプス、いまはリヴォルト・クラフォビアを名乗るダンディな初老は、再生していたレコーダーの電源をオフにする。カチッとスイッチの切れた音が、静かな部屋にやけにこだまする。

 玉座のうえで肘掛けに頬杖をつく儚げな美少女は、姿勢をかえて考え込むような顔をする。

 考えているのだ。あのレコーダーから流れてきた狩人の声について。


「オクタヴィア姫よ、これは我々が保有する異端科学によって入手した音声データだ。吸血鬼研究所内のもので、話をしているのはアーカム・アルドレアとキサラギ。やつらが通信装置で会話をしているところを傍受した」


 ラインハルトはカバンから資料をとりだし、近くにいた吸血鬼に差しだす。

 吸血鬼はそれを受け取り、オクタヴィアに渡した。


「それらは音声の情報をまとめたものだ」

「血を破壊する毒? 狩人たちはいろいろな武器を使ってきたけれど、どれも結局はたいしたものではなかったわ」

「今回のものはおそらく破壊的な効果をもっているよ」


 資料に記載されているのは、通常の毒と同じで、刃に付与して利用するイメージしやすい毒の使い方だった。


「たしかに記載の通りの運用なら危険ではあるが、絶滅規模の恐ろしさではない。しかし、これの本当の狙いはより複雑で、おそらくは人間を利用して、吸血鬼の口にコレを運ぶことだ」


 アーカム・アルドレアが作りだした『血族の終わり』は22世紀において遺伝子の解析が進み、民族選別に利用された細菌兵器をもとにして作られている。

 ゆえにこの恐ろしく都合の良い、破壊的で、決定的な武器はつくりだすことができるだろう。そして実際にアーカム・アルドレアはそれを有しているのだろう。


 神々の円卓ドゥームズ・ソサエティはそう結論付けたのだ。


「まだこれは完成していないはずだ。しかし、近いうちに完成するだろう。いざ計画が実行されれば、遠くない未来、絶滅規模で吸血鬼たちは死にはじめる。我々、そうなってほしくない」


 ラインハルトは握りこぶしを掲げる。


「吸血鬼が滅びれば、怪物と狩人のパワーバランスがおおきく崩れる。やつらが吸血鬼に裂いているリソースは、そのほかの怪物対策にまわされ、人狼も、骨喰らいも、月の怪物たちも、天使も悪魔も、いにしえから続いてきたあらゆる均衡が崩れる」

「だから、私たちに警告をしていると」

「そのとおりだとも、オクタヴィア姫。時間はいまや、狩人協会の味方になった。だが、まだ遅くはない。神々の円卓ドゥームズ・ソサエティならば、アーカム・アルドレアの最悪の計画をとめる手伝いができる。しかし、相手は狩人協会だ。我々はたったの2名。対抗するにはあなたの助力が必要だ」

「いいわよ。別世界からの使徒さん。力を貸してあげる」


 絶滅指導者オクタヴィアは神々の円卓と協力体制をとることを決めた。


「我々は良い関係を築けると思っていた。理解してくれてうれしいよ」


 ラインハルトはニヤリと笑みを深めた。


 その夜、ラインハルトとネクト・ニコルソンは、酒で乾杯していた。

 この部屋には二人以外はいない。


「やりましたね、絶滅指導者を動かせます」

「これは強力な駒になるだろう」

「しかし、よかったんですか、神宮寺と聖獣をつかってさっさと催眠かけなくて。あのちびっこいの隙だらけでしたけど」


 ネクトはネクタイを緩めながらラインハルトにたずねる。

 ラインハルトは首をちいさく横にふりながら「あれはまだ使えない」とつぶやき、手を伸ばす。握手をするように。


 その意味を理解しているネクトは、グラスを握っていないほうの手で、がしっと握手し……3秒後、光と闇が歪み、ふたりの姿は虚空に消えた。


 次に彼らの姿があらわれたのは、先ほど打ち上げをしていた地点から3000km以上離れた夜の森だった。


 ネクトは久しぶりに来たな、と思いながら顔をあげる。

 彼らはクレーターのふちにいる。ちいさなコテージだ。

 机とチェス盤が置かれた、洒落たテラスからはクレーターを見下ろせる。


 おおきなクレーターの底、彼らの視界には胎動する人体がある。

 人体とはいえど、そのサイズは破格で、200m以上の身長があるだろう。

 いまは四つん這いになって、地面のうえで頭を押さえている。半透明の身体であり、怪しく青白いひかりを放っているため、臓器が透けてみえる。


 もっとも大きな巨人の周囲には、10m以上の身長をもつ黒い巨人たちが手を繋いで輪をつくって、ふわふわと浮きながら包囲している。

 黒い巨人たちの腹部はただれており、黒く長い臍帯がのびて、もっとも大きな巨人に繋がっている。

 

 異様な光景だ。

 ラインハルトは見慣れているのでおおきな動揺はない。

 

「聖獣はいまだ神宮寺のものにはなっていない」

「もう何年もかかってるのに。本当にできるんですか」

「神宮寺ができると言ったのなら、信じるほかない」


 ネクトは琥珀色の酒を一口ふくみ目を細める。


(俺たちの切り札。催眠兄妹の妹のほう。カテゴリー6の催眠使い。都市国家で聖獣に催眠かけて、攫ってきたところまではよかったが……あれからずっとこの調子だ。本当ならもう手順は完遂して、『災害の子供達サンズ・オブ・ディザスター』をこちらの世界に招待しているところなのに)


 ネクトはラインハルトの横顔をみやる。


「超巨大多国籍企業たちは本当にやってきますかね」

「無論だ。やつらは必ず手段をつくりだす。往来を可能にするであろう」

「でも、まだ第三の船は来てないすけどね」

「来てるかもしれない。ただ、虚無の海を越えられるのは選ばれし者だけだ。肉を変質させ、怪物になり果てた乗組員たちの悲鳴をまだ覚えているよ。君もだろう」

「そりゃあまあ」

「あれは世界の規制を越えた罪のようなものなのだろう。やつらは虚無の海に潜む暗黒の狂気を知らないだろう。ただの失敗、とでも考えているはずだ」


 ラインハルトはネクトへ向き直る。


「だが、人間の賢明さ、科学のちからは不可能を可能にする。こちらにマナニウムの豊穣があるかぎり、宇宙の果てだろうとやつらは資源を求めてやってくる。我々は永遠の存在、宇宙が終局する日までありつづける。いつか必ずイセカイテックと再会するその日はやってくる」


 ネクトは渋々と言った風にうなづく。

 

「そして、また同じように超能力者たちに首輪をつけたがるだろう。旧人類の分際で、ただ数が多いという理由だけで、進化人類をコントロールできると勘違いする」

「そうっすね。たしかに。すこし気が緩んでました。この世界の猿どもを支配する体制を整えないと」

「そうだ、我々こそが支配者にふさわしい。宇宙の法則は我々の味方をしている。すべての進化の行きつく先が我々だ。今は我慢のときだよ、ネクトくん。狩人協会も、吸血鬼も、怪物派遣公社も、すべて我々のもとにくだるべき塵芥にすぎん」

「アーカム・アルドレアはどうして俺たちに同調しなかったんですかね。ペグ・クリストファで神宮寺兄に、荒垣にジョイス、みんなやっちまって……」

「この世界に同情でもしたのだろう。本心は聞かねばわからないがね。ともかく、やつが、やつだけが致命的な障害であることは変わりない」


 ラインハルトはダンジョンヒブリアで自分を殺そうとしたあの狩人が何者だったのかを徹底的に調査してきた。

 神々の円卓について知っていたこと、超能力者のサイコアーマーを貫通させる攻撃をすでに用意していたこと、そのほか超能力に対する理解度、本人がおそらく超能力を有していること、EVE型アンドロイドを使役していること。


 さまざまな情報から考察し、その正体にたどりついていた。

 

(アーカム・アルドレア、超能力者狩り。お前の正体はわかっている。第三の船ではないのだ。やつは第一の船、それよりもはやくこの地にやってきた最初の転生者。ペグ・クリストファ都市国家連合で同胞を3名倒したのはやつに違いない。そして、ダンジョンヒブリアではこの私さえしとめようとした。狩人として。なにを考えているかはわからないが、やつが我々の邪魔をしようとしているのは明白だ)


「これは盤上の駒をいかに動かすかの戦いだ。わかるかね、ネクト君」

「俺たちの駒は怪物派遣公社ですね」

「今日で絶滅指導者とその傘下の吸血鬼も手に入った」


 ラインハルトはチェス盤の赤い駒を動かす。

 

「我々は超巨大多国籍企業との戦争を見据えなければならない。真の支配者になるためには狩人協会は邪魔だ。そして狩人協会に助力するアーカム・アルドレアもどこかで倒す必要がある。そのためには吸血鬼を失うわけにはいかない。我々の大事な駒なのだからね」

「『血族の終わり』。面倒なものを作られましたね」

「まったくだ。こちらとしては放っておけない案件だ」


 ラインハルトは鼻を指で示す。


「だからこそ匂う。まるでこちらが動かないといけないと誘導されているようだ」

「アーカム・アルドレアが罠を張っているとでも?」

「考えすぎかもしれないがね。あるいは私が彼を恐れすぎているのか」

「珍しいですね。そんなことを言うなんて」


 ネクトは意外そうな顔をする。

 この初老の傲慢な男は、アーカム・アルドレアに対する心の内を話すことは少ない。かつてダンジョンヒブリアにて邂逅したということは、ネクトも知っていたし、彼が厄介な超能力者狩りだとも知っていた。


 だが、ラインハルトは決まって「我々は十分に勝てる」と自信をあらわすのが常だった。弱さを語ったことはない。


「新暦で数えてもう4年は経っただろうか。ずいぶん昔のことのように思うが、これまであの時ほど死を感じた日はなかった。我々を打倒するとしたら彼しかいないだろう」

第六感シックスセンス……ですか。厄介な能力ですね。でも、全知全能というわけじゃないでしょう。現にこうして我々とやつはこれまでに一度も遭遇してないです。遭遇しなければ狩られることもない」

「だから罠な気がするのだ。我々がおびき出されている気がする。逃げに徹すれば、遭遇しなくて済むのに、こちらから相手の懐に向かわなくてはいけない一手を誘導されている……そう感じるのだ」

「では、別のやつにいかせますか? そのほうが俺もいい気がしてきました。血の信奉者なら人間とほとんど変わりませんし、忍び込ませるのも可能なのでは」

「侮りすぎだよ、ネクトくん。これまで吸血鬼そのほかの怪物たちを抑え込んできた狩人協会の重要施設へ侵入するのは容易ではない、と考えるべきだ。なにより開発記録などの重要な情報を精査してもちだすことは我々にしかできない」


 ラインハルトは手すりを手で掴み、険しい顔をする。

 ネクトは手すりに背を預ける。


「諜報員がまだ生きてる可能性は」

「ないだろうね」


(怪物派遣公社に接触し、怪物たちの社会にアクセスした。信頼を積み重ね、ようやく絶滅指導者に会える算段がついてところで、吸血鬼研究所におくりこんだ諜報員が見事に『血族の終わり』に関する情報を抜いてきた。完璧なタイミングだった。だが、その後、諜報員は消息を絶った。第六感の能力がどこまで及ぶのかはわからない。諜報員はアーカム・アルドレアに消されたのだろうか? 謎だ。我々は『血族の終わり』の現物あるいは開発情報を回収し、それを母船の設備で解析、ワクチンの開発をしなければならない。あるいは現物を差し押さえ、アーカム・アルドレアならびにEVE型アンドロイド・キサラギを始末しなければいけない。細菌兵器の製造にはまず間違いなく異世界転移船『New Horizon号』に搭載されている設備と地球科学をあつかえる存在、両方の要素が不可欠だ。あちら側の異世界転移船を押さえることができればベストだが、それは難しい。どこにあるか検討すらつかない)


 ネクトはあくびをしながら口を開く。


「考えすぎですよ。罠なわけがないと思いますけどね。だってそうでしょう。アーカム・アルドレアは俺たちと怪物派遣公社の繋がりも知るはずもなければ、吸血鬼と繋がりたがってたことも知らない。俺たちに『血族の終わり』の情報を流したところで、それが俺たちにわざわざ現物や開発記録を回収させる選択をせまることになるなんてわかるはずがない。それともなんです、すべて第六感シックスセンスで読み切っているとでも? ありえない」


 ネクトは二枚目の顔に涼しげな笑みを浮かべる。

 ラインハルトは答えるように笑顔を深めた。


(ネクトの言う通りだ。これが罠であるはずがない。すべては『血族の終わり』をもちいた一連のシナリオを、我々が阻止するために動くという前提がなければならない。それに、やつは狩人協会の重要施設・吸血鬼研究所の位置という情報を漏らしている。トレードで差し出すには致命的すぎる情報だ。我々と吸血鬼のつながりを、万が一にでも読んでいたとしたら、この情報を我々サイドに流すはずがない。そんなことしたらその先の未来も見えているはずだろうから──つまり現状は完全なる我々の情報有利というだけだ)


「間違いない。アーカム・アルドレアはおおいなるミスを犯した。そうだ、良いことを思いついた。もし罠でも関係ない策だ。やつらは危険すぎる兵器をつくったがあまり、眠れる絶望を刺激することになった。配備が完了しさえすればよかったが、致命的なタイミングで我々は情報を獲得できた。怪物どものちからで押しつぶせばよいのだ」

「それは名案ですね」



 ──オクタヴィア・ベムスタンドの視点


 

「クトゥルファーンが最初に死んで、ゼーレも滅んで、リリアルムも滅んで……ここのところ狩人どもの勢いがありすぎるわ」


 オクタヴィアは血に濡れた地下にいた。

 周囲にはメイド服を着こんだ青白い肌の少女と少年が恭しい態度で控えている。

 彼女のまえには、3つの死体が並んでいる。

 いずれも胴体と四肢が切り離された惨殺死体だ。


 生き残っているのは、怯え、震える瞳で、オクタヴィアの美貌を睨みつける男だけだ。金属の拘束具で両手を縛られ身動きがとれないようだ。

 

「狩人の剣気圧も抑え込むという話は本当だったのね。使徒たちは発明家だわ」


 オクタヴィアは男の懐をまさぐり、銀色のメダリオンをとりだす。狼が描かれたそれは人間のコインと呼ばれ、怪物に抗することを誓った狩人の意志を象徴するものだ。


 狩人の顔に脂汗が滲んでいく。

 充血した瞳は震え、呼吸は荒くなる。

 股下が濡れ、温かい蒸気がむわーっとけむる。

 

 オクタヴィアは艶やかな笑みを浮かべる。

 

「恐ろしいの?」

「恐くなどない」

「そうは見えないけど」

「……」

「散々、質問してきて、もう飽きてきちゃったけど、でも、チャンスは平等にあげないとね」

「……」

「狩人協会本部の場所を教えてくれない。もちろん一番新しいところだよ」

「くたばれ、化け物め……」

 

 オクタヴィアは指をたて、狩人のお腹にスーッと刺す。皮も筋肉も関係なく、滑らかに指は腹に刺さり、狩人は苦痛の叫び声をあげた。


「ぁあああッ、ぁぁあ! うぁ、がぁああぁぁあ!」

「んふふ、楽しいね。狩人たちもこんな気分だったのかしら。これまで吸血鬼を尋問してきたのでしょう。そうやって、仲間をあぶりだして皆殺しにして。でも、平等じゃないわよね。あなたたち狩人には吸血鬼にたいする拷問マニュアルがあるのに、私たちは狩人に質問をすることもできないなんて」


 剣気圧の理由方法はさまざまだ。

 金属製の拘束具ですら狩人をとどめておくには力不足であり、また剣気圧によって自害することも難しくないため、吸血鬼に拘束されそうになったり、拷問されそうになった狩人は、そうそうに自決してしまうのがほとんどだった。


 神々の円卓がもたらした贈り物は、本来、企業が超能力者を拘束するためにマナニウムの働きを抑制するものだった。

 結果的にそれは狩人の剣気圧を抑制し、拘束することに大きく役立った。


 オクタヴィアは狩人に自決を許さない、質問する場を手に入れたのだ。


「エールデンフォートなのでしょう? あの無闇やたらとおおきな都市のどこに狩人たちは身を寄せているの? ジェイソン・アゴンバースはどこにいるの?」

「うぅ、あぁぁあ、ううう……ッ!」

 

 オクタヴィアは恍惚とした表情で、腹に刺す指を2本に増やす。

 鎧圧すら纏えない生身では、吸血鬼に触れられただけで肉も骨も耐えられない。

 聞くに堪えない叫びが地下に響き渡る。涙があふれだす。

 狩人は唾をはきつける。オクタヴィアの綺麗な顔にぺちゃっとかかる。


「人間を、舐めるなよ……ッ」

「はぁ、すごく殺したくなってしまうわ」

「次は、お前の、番だ。絶滅指導者、お前など、アーカム・アルドレアが───」


 刺さっていた指が乱雑に横方向へ移動する。

 それだけで狩人のわき腹が内側からはじけ飛び、臓物があふれだした。

 胸からしたがぶらぶらと垂れ下がる。狩人はもう喋らなくなった。

 

「私はこういうの向いていなのかも。好きだけど、不得意なことってあるわよね」


 オクタヴィアはひとりでそんなことを言いながら、指についた血を柔らかい舌でぺろりと舐めとった。


「まあいいや。今回の4人が強情だっただけ、もっと簡単に喋ってくれる狩人もいるだろうし。何度だって挑戦すればいいわ」

「オクタヴィア様、準備が整いました」

「素晴らしいタイミングね」


 絶滅指導者とその従者たちは冷たく暗い地下室から、ふかふかの絨毯と温かみのある屋敷の地上部にもどり、パーティ会場へ直行する。

 パーティ会場には数十名の紳士淑女が集っており、いずれもドレスコーデで品性を保って着飾っている。


 しかし、恐るべきはこの場にいる皆、その瞳は赤く、爪は窓外の夜闇より黒いことだ。

 

 伝説の姫の登壇にみなは拍手する。

 狩人に怯まない偉大な指導者に敬意を忘れない。

 オクタヴィアは手にしたヒースライト製のメダリオンを握りつぶす。


「よく集まってくれたわ、私の忠実で、仲良しな友たちよ」


 吸血鬼のすべてが絶滅指導者の指揮下にあるわけではない。

 指導者とて動かせる数は、とても少ない。狩人協会が全人類を怪物との戦いに動員できないように、すべての個体に自由意志とそれぞれの生活があるからだ。


 だが、人間の動員と、厄災級の怪物の動員では意味合いがちがう。

 人間社会に上手にまぎれこむ知恵ある同胞たちは、通常、群れることを嫌う。

 群れればそれだけ狩人に尻尾を掴まれるリスクが高まる。上手に獲物を捕まえ、各地を転々とし、静かに見つからず、人間世界を楽しむ。それが吸血鬼の生活だ。


 絶滅指導者とてその点は変わらない。

 戦わなければ、そもそも死ぬリスクがない。

 永遠を担保されている彼らは、それゆえに滅びを恐れているのだ。


 ゆえに狩人たちを恐れる。

 使命だの、大儀だの、意志だの、そんな酔狂で洗脳的で、狂気的ですらある信仰のために力を練りあげ、技を磨きあげ、命に代えても死にもの狂いで、挑んでくる人間たちが、恐くないわけがない。


 指導者も群れを成すことは好まない。だが、ひとたび準備をする時間があれば、明確な争いに備えるとしたら話は別だ。


 指導者の呼び声に呼応し、戦いの意義を知り、彼らは集まる。

 もはやどうしようもないほど絶望的な厄災の軍勢ができあがる。


 

 ──アーカム・アルドレアの視点


 

 新暦3066年夏二月


 狩人の円卓はアーカム・アルドレアの恐るべきシナリオに戦慄していた。


「しかし、実際のところ『血族の終わり』にはより有益な利用方法があります」


 アーカムは円卓に座るものたちを見渡し、確信をもって続けることにした。


『大丈夫だ、間者はいない』

(そうでしょうね。そうじゃないと困る)

『うおおおおおお!』

(直観くん、落ち着いて)


 アーカムは息をととのえ、沈黙というスパイスを織り交ぜて、演説の効果を高める。間を恐れず、十分にため、再び口を開いた。


「いま大局を決する切り札はこちらにあります。だからこそ、隠れ、潜む、奴らに手を打たせることができる。危なすぎるがゆえに、我々が『血族の終わり』を配備することを阻止するように、あちら側に行動を起こさせることができるのです」


(絶滅指導者が出てくるか、あるいは神々の円卓ドゥームズ・ソサエティが出てくるか。吸血鬼と繋がりたがってるのはわかってる。あとは情報を流すタイミングだ。最適なタイミングで釣りだすエサだけを撒く。どちらにしても通常の手段なら、顔を拝むことすらできない相手をひっぱりだせるはずだ。すでに最大の準備をしてきた。戦線をおおきく変えるとしたら……今しかない)


 この日から、アーカムは本部に在籍し、数日に1回のペースで狩人の円卓に顔をだし、計画の具体的な立案と、検討、評価をおこなうことになった。

 

 そして約半年後、アーカムの撒いた種は無事にアーカムが事前で泳がせていた諜報員をたどってラインハルトのもとに届いた。ラインハルトはわずかな疑念を抱きつつ、『血族の終わり』によって手駒が大量に落ちてしまうことを阻止するため動かなければいけなかった。


 新暦3067年冬二月。

 狩人協会は筆頭狩人含めた80名の狩人を各地より、選定をおこない、辺境の地にある吸血鬼研究所へと一時的に移動させた。常に余裕のないなか、大きな戦力を戦術的価値のひくい地へ移動させることは勇気のいる決断だった。アーカム・アルドレアの考案した作戦のために、狩人の円卓がふりまわされることに不満を抱く者は少なからずいたが、最終的に狩猟王をふくめた円卓メンバー多数の意見によって可決された。


 それはアーカム・アルドレアの作戦のために、数百年以上続いてきた吸血鬼研究所の場所を漏洩させ、戦場として放棄するという意味でもあった。

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