噂の狩人

 アンナ・エースカロリ。

 俺の相棒であり、吸血鬼の力を宿す血の模倣者。 

 優れた狩人である彼女には明確な弱点がある。

 それは目を離すとたびたび厄介事を抱えてもどってくることだ。

 

 アンナの後ろからキサラギがひょこっと顔をだして「兄様がこないと問題は解決しません」と告げてくる。彼女の優秀な知能がそう結論をだしたのならそうなのだろう。


 アンナも一緒に来てほしそうな顔をしている。

 プレゼンの練習をきりあげて、ふたりについていくと、それなりの距離移動をすることになった。


「これどこに向かってるんですか」

「探検してたら練兵場を見つけたんだよ」

「キサラギたちはそこで見習い狩人たちを見つけました。結果、本部狩人と決闘することになりました、とキサラギは事件の概要をつたえます」


 だいぶん省略しちゃってますが。



 ──シュトラウト・へーヴェンの視点



 シュトラウト・へーヴェンは才能あふれる若者だった。

 なびく蒼髪は爽やかで、二枚目の顔立ちには自信があふれている。

 魔術と剣術を修め、パーティ『飛翔する青』を結成し、名のある怪物すら倒し、S級冒険者になったかと思えば、ついには伝説の秘密結社から声がかかった。

  

 誰がどうみても歴史的な偉人に慣れるキャリアだ。


 英雄の器をもつシュトラウトは、狩人協会のコンタクトに応じて、魔法王国から人間国へ向かった。そこでヨルプウィスト騎士団での練兵を経て、十分な力を証明しすぐに狩人協会本部へ移動させられた。


 そこで意外に騒がれないことに驚いた。


 彼はそれまでローレシア魔法王国最高の冒険者のひとりだったはずだ。稀少な才能と実力もあったし、冒険者ギルドにたちいれば胸に輝くS級を証明するメダリオンの輝きにみんなが敬意と尊敬をはらってくれた。


 でも、狩人協会ではだれも羨望を向けてくれない。

 期待の超大型新人だというのに、また練兵場にいけという。


「朝はここまでにしよう。午後からは北の森で獣狩りだ。飯は済ませておけよ」


 練兵場の一角、スキンヘッドの狩人は息をきらしたシュトラウトと彼の幼馴染である白魔術師エミリアと、メイス使いのバウルの3名へそういい背中を向ける。


「待ってくれよ、ジェスターさん」


 シュトラウトは教官ジェスター・ジェステニアンを呼び止める。頭に大きな傷のあるスキンヘッドの男で、魔法王国狩人支部から、シュトラウトら『飛翔する青』とともヨルプウィスト人間国首都にやってきた狩人である。


「エールデンフォートにきてもう1年だ。今日だっていい感じだった。俺たちは怪物退治に慣れてるし、十分な実力がある」

「なにが言いてえんだ」

「吸血鬼を狩らせてくれよ。そうすれば全部証明できる。チャンスをくれ。俺なら……俺たちなら絶対に倒せる。舐めてるわけじゃない。実力を証明したいんだ」

「休憩しとけ。午後は森にいく」

「ジェスターさん」


 ジェスターはとりあわず行ってしまった。


 今日も請願はとおらなかった。

 シュトラウトは練兵場での日々も嫌いではなかった。

 仲間たちとたしかな訓練を積むことで、すこしずつだが強くなってる気がした。


 前々から自信家だったが、いまではその自信はより強固になっている。


(みんな俺のことを真面目に見てくれない。俺は才能があるが、まだ19歳だ。若造だからって舐められてるんだ。正直、本気でやりあったなら本部にいる狩人のだれにも負けないと思う。チャンスさえあれば証明できるのに)


 シュトラウトを辟易させるのは、実力を正当に評価されない思いだけではない。

 故郷から旅をともにしてきたエミリア・ロムレスも、バウル・ボルトデイも噂の狩人の話をするからだ。


「大丈夫だよ、シュトラウトはすごいんだから。焦らなくても絶対にあのアーカム・アルドレアみたいになれるよ!」

「俺たちは冒険者あがりだし、独自の戦い方と考えかたがあるだけだ。でも、そういう型にはまらないやつが、絶滅指導者を狩れるような英雄になれると思うんだ」


 エミリアとバウルは優しくシュトラウトに声をかける。

 いつだって彼らはアーカム・アルドレアとシュトラウトを重ねる。

 

 シュトラウトはそのたびに内心で機嫌を悪くする。

 彼らには共通点がたくさんある。


 まず故郷がローレシア魔法王国であること。

 複数属性の魔術適正をもつこと。剣術が達者なこと。

 年齢がほぼ同じなこと。もしかしたら同じ年かもしれないこと。


(魔術と剣術を使えるすごい狩人? そんなの俺だってできる。俺はS冒険者として大貴族に屋敷に招かれたこともあるんだぞ。俺のほうがすごいだろ。絶滅指導者殺し? 強い吸血鬼らしいけど俺だって倒せると思う。アルドレアが注目されてるのは、やつが活躍の場にいるからだ。俺だってチャンスをもらえれば、本当の実力を証明できるのに……)


「絶滅指導者とかあらわれてくれねえかな……」

「シュトラウト、そんなこと言わないほうがいいよ。教官に怒られたじゃん」

「絶滅指導者は筆頭狩人たちじゃないと通用しない。俺たちではミンチにされるだけだ」

「でも、アーカム・アルドレアは筆頭狩人じゃねえじゃん? 俺たちと歳が近いんだぜ? こういう逸話とか伝説っていうのは尾ひれがつくものなんだよ。そもそも絶滅指導者たちが本当に強いのなら、もっと姿を現して狩人協会も人類も絶滅させてるだろ。実際はたいしたことないんだよ」


(たいしたことない怪物を倒して名声を得てることが、なおのことむかつくぜ、アーカム・アルドレア)


 シュトラウトの見解にはそれなりの理屈があるため、エミリアもバウルも「まあそうかもなぁ」くらいの返事にとどめ、反論することはしない。このふたりもシュトラウトほどではないにしろ、仲間として活躍の機会を得られるを待っているからだ。


 そんなこんな『飛翔する青』の面々がもやもやした気持ちを抱きながら、日々、本部の練兵場で訓練し、怪物の知識を学び、本部警備のシフトをこなしていると、ある日、みながざわつく噂が走った。


「アーカム・アルドレアが来てるのか?」


 伝説の狩人アーカム・アルドレアが狩人協会本部に召喚されたらしい。


 生きる伝説であるその狩人は、自身の領地にこもるばかりで、本部に従順な態度をみせていなかったという。ほんの6年前ぽっと歴史の表舞台にあらわれ絶滅指導者を古い狩人テニール・レザージャックとともに討ち取り、たちまち名前を知られるようになった。しばらくののち生存を確認され、魔法王国と帝国の戦争で活躍した。1年前、ゲオにエス帝国へ潜入し、進化論者および邪悪な計画に傾倒していた帝国剣王ノ会と交戦のち『剣聖』ガーランディア・アルヴェストンと絶滅指導者リリアルム・クルムツルア・エヴララルガルを討伐したことはあまりに鮮烈な報告として本部に伝えられた。


 彼の出現からしばらくは、特に名のある貴族でもなければ、名誉ある狩人の血筋でもないものだから、かなり煙たがられていた。伝説の狩人テニール・レザージャックの功績にひっついていただけで、師が希望を残すために、最後の弟子を誇張して祭りたてたのだろうと考える者も少なくなかった。


 しかし、今日では彼の力は本物として認知されはじめている。

 アーカム・アルドレアという時代をおおきく動かしている狩人の存在に関心を寄せるものは数えきれない。


 一方で、彼はいまだに生意気な若者ととらえるものも多い。

 それは主に狩人協会本部がアーカム・アルドレアへの命令を再三にわたって拒否してきたからだ。あとは彼が自分の領地でアースと呼ばれる特別な技術力を蓄えていることや、先の事件の重要な参考資料ジーヴァルの引き渡しに応じないこと、剣聖ガーランディアを倒し奪取したとされる神器『真実まこと』の引き渡しにも応じないことなど、いろいろと自分でものごとを進めたがる姿勢が目立つ。


 本部から遠い魔法王国の片田舎に領地を構えていることもあって、なかなか密に連絡がとりずらく、普段なにをしているのかイマイチわからない。


 狩人協会本部のなかでも上層部は彼を知っているが、一般の狩人たちはアーカム・アルドレアの偉業は知っていても、それ以外の彼についてはほとんどのことを知らないのだ。人格も、言葉も、見た目も、日常も。ゆえにさまざまな憶測と推測が絡んで架空の人物像がつくりだされる。本部になびかない生意気な若者である、と。


 だから、アーカム・アルドレアの本部入りを聞いたものたちはさまざまな興味を抱いてひと目見てやろうとそわそわしていた。この有名人の顔を拝める機会はなかなかないのだから。


「アーカム・アルドレアいたか?」

「うーん、みんな見てないって言ってるよ」


 シュトラウトたちは練兵場の見習いたちと本部中を捜索していた。


「いたかも、アーカム・アルドレア」


 エミリアは廊下ですれ違ったとシュトラウトに成果を報告した。

 

「まじか、本当にいるんだ、アーカム・アルドレアって……」

「筆頭狩人のひとと一緒にいたからたぶんそうだと思う。本部で見たことない顔だったし」

「おい、お前たちなにしてる。警備の人数がおおすぎるだろうが」


 見習いたちは教官にみつかり、練兵場にもどされた。

 

 練兵場の隅でシュトラウトはどうにかしてアーカム・アルドレアに会えないか考えていた。エミリアが遭遇したのだからいま本部内にいることは確実。ひょっとしたらこれが最初で最後のアーカム・アルドレア遭遇チャンスかもしれない。


「俺の力を証明する好機なのに」


 シュトラウトが野心の炎を燃やしていると、練兵場に見慣れない狩人が足を踏み入れていた。梅色髪の女狩人と、黒いデカい箱を背負った明るい髪色の少女だ。どちらも顔立ちが整っており、見習い狩人たちと比べても若く見えた。


 教官ジェスターがふたりの相手をしており、なにやら言い合いをしている。


「ハゲじゃん。魔法王国で見かけないからぶっ殺されたのかと思ってたよ」

「血塗れエースカロリ、本当に本部にきてたとはな。そっちのちびは新しい相棒か? アルドレアが一緒じゃなくていいのか? あいつがいないとお前はなにもできないのに?」

「力もなくて実績なくて髪の毛もないのに、言葉だけはたくさんあるんだね」

「実績ならある。だから、本部に召喚されてるんだ。よく知りもしないことがらを知ったかぶって語るなよ。恥ずかしいぞ、エースカロリ」


 穏やかな雰囲気でないことは遠目からみてもわかった。

 シュトラウトは梅色髪の女に見覚えがあった。


「あの顔、どこかで……」

「あっ、あの女の子たちだ。アーカム・アルドレアといっしょにいた子」

「なに? まじか?」


 エミリアの証言がシュトラウトを動かした。

 ジェスターの隣で、シュトラウトは女狩人を正面から見やる。

 視線があった。女狩人はシュトラウトを指差した。


「魔法王国のクソガキじゃん」


 言われてシュトラウトは思いだす。

 1年前、まだ魔法王国にいたころ、高級宿屋の朝の食堂で、一悶着あったことを。そのとき、目の前の梅色髪の女狩人に倒されたらしいこと。らしい、というのはあとから人伝に聞いた話なので、実際には倒された記憶がないということだ。シュトラウトはこの事件を不意打ちとして片付け、以来、恥をかかされたとして根にもっていた。


「お前、不意打ち女か!」

「?」

「となると、ん、待てよ、もしかしてアーカム・アルドレアってあいつか……?」


 シュトラウトのなかで記憶が繋がっていく。

 自分がアーカム・アルドレアに出会ったことがあると確信した。


 同時に様々な感情が沸いてきた。最初は自分の力を証明するための手段としか考えていなかったが、あの朝の食堂ですげなく対応されたことへの怒りがふつふつを再燃してきていたのだ。


(あの時、あいつは俺のことを舐めてたんだろう。俺はS級冒険者だったのに「だからどうした?」みたいな澄ました態度をとりやがって。あいつは俺のことを認知してたのにそのうえで見下してたんだ)


「アーカム・アルドレアに会わせろよ、女狩人」

「アーカムに会ってどうするの。アーカムは最強だから、すごく忙しい。あんたみたいな木っ端に構ってる暇ないよ」

「兄様にそんな簡単に会えると思ったら大間違いです、アポイントメントは半年以上前からお願いします、とキサラギは兄様の大物感を5割増しで演出します」

「ごちゃごちゃうるせえよ、雑魚狩りで名をあげたインチキ野郎が本当に実力者なのか俺がたしかめてやるっていってるんだ」


 シュトラウトの恐ろしく過激な発言に、見習い狩人たちはざわめきたち教官ジェスターは冷汗をかく。そっとシュトラウトの肩に手をのせ「やめとけ」と小さな声で警告した。


 ジェスターは魔法王国の狩人支部でアンナ&アーカムといつもいがみ合っていたが、この若き天才コンビの世に轟く実力は認めていた。シュトラウトが才能ある若者であり自信をもっているのも知っているが、力の証明のためにアーカム・アルドレアという格に挑むにはどう考えても無謀だとも透けてみえていた。


「お前じゃ遥かにはやい。やめとけ、シュトラウト」

「教官、これは俺が勝手にやることです」


 今日のシュトラウトはやる気があった。


(実力を証明できる機会なんてのはいつでもあるわけじゃない。アーカム・アルドレアへの復讐を果たし、踏み台にできるチャンスはきっと二度とやってこない)

 

 シュトラウトの思惑とは裏腹に、アンナは「ふむ」と腕を組んで思案する。


 彼女は熱狂的なアーカム信者だ。昔からアーカムの凄さを見て育った。生粋のアーカムキッズと言っても過言ではない。いつだって「アーカムは本当にすごいんだよ!」とアーカム伝説の数々をみんなに言いふらしたくてうずうずしてるほどだ。


(狩人協会本部はアーカムの凄さをもうすこしちゃんと評価したほうがいいよね)


「わかった、それじゃあ決闘を受けるよ。私のアーカムはどんな挑戦でも受けるよ。ちょー最強だからね」


 そうしてアンナは自信満々にアーカムを呼びつけた。その力を自慢するために。

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