狩人協会本部入り
長大な赤茶けたレンガ作りの建物には、賢そうな若者たちの往来が見られる。
ここはゴルディモア王立魔法大学だ。ヨルプウィスト人間国の最高学府であり、狩人協会本部の隠れ蓑でもある。
我ながらちょっと緊張する。
なにせ狩人協会本部に来るのは初めてだから。
昇降口へ続く正面の一本道、その道脇のベンチに見知った顔を見つける。
蒼瞳に銀髪のオールバック、丸メガネをした神経質そうな男だ。
足を組んでベンチに腰掛け、本に視線を落としている。
近づくと、こちらをチラッと見て、目を細め、本をぱたんっと閉じた。
「こんにちは、アヴォン先生。あれ、その本アンナザウルスですね。いま大人気のシリーズじゃないですか」
「この本の作者は才能がないな。ひどい物語だ。読むに耐えん」
「でも、それ最新刊ですよね」
アヴォンは自分の読んでる本の表紙をチラッと見て懐にしまいこむ。しまいこんでも彼が俺の著書の最新刊を読んでいた事実は変わらない。
「王都に着いてすぐに顔を出さないとはいい度胸をしているな、アーカム。私を不快にさせることに成功したぞ」
「別にアヴォン先生を待たせてたつもりはないんですが。先生も会議にでるんですか」
「出る。そのせいでお前を地上で出迎える雑用がまわってきた」
「アヴォン先生でも雑用とかするんですね」
「王都でのお前たちの後見人にされたせいだ。テニール弟子つながりで自然とそうなった」
「それはまた。不幸なことですね」
「まったくだ。なぜすぐに協会に顔を出さなかった」
アヴォンが不機嫌そうにたずねてくる。
「ところでさっきの本、アンナザウルスの最新刊ですよね。読むに耐えないシリーズを5巻まで読み進めるのは苦労したんじゃないですか?」
「アーカムやめなよ、喰い下がっても反応しないよ、このモラハラオールバックは」
「なぜ着いていたのに協会に来なかった、と聞いているんだ。上官の質問に答えろ」
「観光してました。予定日より3日はやく着いたので」
「だとしたら3日はやく行動しろ。そうすれば会議の取り付けもはやく行えた」
「でたモラハラだ。モラハラオールバック」
「エースカロリ、その口を閉じておけ。言葉を選べと会うたびに言わせるな」
不機嫌アヴォンについていく。
3歩と歩かないうちに、空からキサラギが降りてきた。
「この街でもイラストレーターとして名を馳せつつあります、とキサラギは兄様に3日間にわたる路上1分ドローイング芸を披露し新進気鋭の旅芸人としてのキャリアを積んだことを報告します」
「はぁ。お前の妹はアース技術の塊だろう。勝手にうろちょろさせるんじゃない」
「すみません、うちの子が。よく言い聞かせておきます。めっですよ、キサラギちゃん」
「キサラギはとても深く反省しました、とアヴォン・グッドマンへの建前をとおします」
さらに不機嫌になったアヴォンの後ろ、俺とアンナとキサラギはつづいて校舎内へ。立派な昇降口は広々とした間取りをしており、たぶん初代校長とかそんな感じの大きな銅像が目に着いた。
ゆったりとしたローブを着込んだ賢そうな魔術師たちに混ざって、迷いない足取りのアヴォンにつづく。
「あのアヴォンが俺たちの接近に気が付かないくらい夢中で読んでましたよ。絶対はまってますね」
「アンナザウルスファンなんだね。サインでもしてあげたらいいと思うよ、アーカム」
「それはいいアイディアですね、アンナ。──アヴォン先生、サイン書きますよ。無料でいいです」
「お前ら黙ってついてこい」
エレベーターホールにたどり着いた。
魔術王国でも使われている魔道具だ。大都会でしか見られない。
俺とアンナの暮らすクルクマにはおろかローレシア魔法王国の王都でも見れない設備だ。アンナはキラキラした目でエレベーターを眺める。
「あれには乗らん」
「私乗りたい」
「乗らん」
「キサラギも乗りたいです、とキサラギは偏屈モラハラ紳士に交渉を試みます」
「乗らん」
「むぅ」
「うー」
「むぅじゃない。うーじゃない」
アンナとキサラギの主張は却下され、階段を使って下の階へ降り、地下の狩人協会施設にたどり着いた。
ここは人類最大の武力倉庫であり、また諜報機関でもある。狩人協会がもっているあらゆる事業の戦術的成果が最終的にはここに集まってくる。
狩人協会本部には当然のようだが、たくさん人がいた。
多くが事務員や博識そうな学者だったりするなかで、武装しているものも少なくない。警備だと思われる。ただ狩人級の戦士かと言われると、あんまりそういう風には見えない。
「おはようございます、先生!」
狩人本部内を歩いている若者たちは、アヴォンを見るなりみんなたちどまり、通路の端に寄り、俺たちが通り過ぎるまで動かないで見送ってくれる。王族にでもなった気分だ。
通り過ぎた若い女の子をなんとなく目でおってしまう。
女の子はチラッとこちらを見てくるが、俺と目があうとすぐ視線をそらした。
「あの子も厄災に対応できるようには見えないけどな」
「アーカム、女の子ならだれでもいいの?」
「え? いやいや、そういう目で見てるわけじゃなくて」
まずい、アンナが「むっすー」としてしまった。
「あ、アヴォン先生、いまのは訓練生ですか?」
「そうだ」
逃げるようにアヴォンに話をふった。
やはり訓練生だったようだ。
狩人協会には狩人を訓練する学校があると聞いている。
訓練生は任務に派遣するためには力不足だ。
だから、訓練生をしながら本部の警備などできる役回りをこなすんだとか。
「見ない顔のやつらだな。だれだろう」
「アヴォンが案内役に……?」
「あいつがそんな役やらされるか?」
たびたび俺とアンナのことをいぶかしむ視線がみてきた。
こんだけ人がいるのに本部の人間じゃないのはすぐバレてしまうんだな。
アヴォンは本部施設をいくつか案内してくれた。召喚のメインである会議室や、食堂、武器庫、トイレなどなど。まだまだ施設はありそうだったが、必要最低限の施設は把握できた。
「ここで待っておけ」
「会議はいつ頃から予定されてるんですか。今日の朝来るようにとしか事務所のひとには言われなかったですけど」
「会議は昼過ぎだ。部屋をでてもいいが、厄介ごとは起こすなよ」
「アヴォン先生はどっかいくんですか?」
「仮眠をとる。会議までな」
「寝坊しちゃいませんか?」
「しない」
控室っぽいところに通され、アヴォンは俺たちをおいて行ってしまった。
俺は指輪を撫でて収納魔術を再起動し、黒いケースを2つ取りだす。
『血族の終わり』を収納したシリンダーが3つずつ収まっている。
まだかなり時間がある。プレゼンの練習しようか。
「こういうのって資料読めば、そのすごさわかるもんだと思うけど。なにせアーカムの発明なんだから。本部の連中は疑ってるのかな」
「資料を読んでわからないから、一番詳しい開発にかかわった人間が説明してあげるんですよ。スポンサーは科学者じゃないですから、科学者じゃない人間にもわかりやすく発明の仔細をつたえるんです。そうやってお金をだしてもらうんです」
『血族の終わり』を大量生産し、俺の想定する運用をするためには、狩人協会という人類最大のスポンサーが必要不可欠なのである。
「あと資料では効果と期待できる運用例を伝えてますけど、本当の運用方法については教えてないです」
「どうして?」
「どこに諜報員が忍んでるかわかったものじゃないですから。狩人協会を信じてないわけじゃないですけど、俺のことを嫌ってる人間はまだまだいると思いますし、それのせいで『血族の終わり』の研究をやめるよう圧力をかけてきたりしたら、それこそ面倒くさいので」
世の中には吸血鬼に仕える人間がいるという。
何度か摘発の現場に同行させてもらったことがある。
やつらは自分たちの主のために人間社会で行動している。
やつらのせいで時に狩人たちの動向さえ吸血鬼に漏れることもあるらしい。
過去には裏切り者の手引きによって内側から壊滅した狩人協会施設さえあったそうだ。俺はそうした輩に注意をしているのだ。もしかしたら狩人協会本部内にも吸血鬼に仕えているスパイがいるんじゃないか、と。
ゆえに大事なことほど身内で完成させて、たとえスパイがその情報を知ろうとも、すでに手遅れの段階で成果報告をすればいいと思いいたった。
俺の『血族の終わり』はおそらくこの世界で認識されていない部類の脅威だ。
前提知識もなく、感覚でも理解できない異世界人にとっては、詳しく説明しなければ、断片的な情報からその本当の利用価値をわりだすことは不可能だろう。
「僕はプレゼンの練習してるんで、ふたりは探検してきていいですよ」
「そうだね。いろいろ見てくるよ。本部なんてあんまり来ないだろうし」
アンナとキサラギは部屋を出て行ってしまった。
「よし。んっん。……こんにちは、本日はお忙しいなかお集まりいただきありがとうございます。アーカム・アルドレアです」
俺はだれもいない壁を右から左へゆったり視線をおくりながら、ハッキリと喋りはじめた。実際の会議室はもっと広かったので声の張ることを意識しながら。
しばらくのち。──ガチャンッ!
扉が勢いよく開け放たれ、アンナが戻ってきた。
「アーカム、ちょっといい」
「なんです、もう探検終わったんですか?」
「本部狩人たちと決闘することになっちゃったんだけど『うちのアーカムは最強だからあんたら全員ひとりでぶちのめせるけどね』って言ってきちゃった」
「あーもう……」
「……アーカム最強」
信者が暴走してます。
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こんにちは
ファンタスティックです
またちょこちょこ更新再開します。
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