ビジネスパートナー 後編

 強力な拘束力が働き、宙に浮かされ、吸血鬼たちは自分たちが攻撃されていることを理解した。


「うぐう、なんのつもりだ!」

「離しなさい、主人に逆らうつもり、人間!」


 ネクトは念動力を強めていく。吸血鬼たちの身体がねじれはじめる。

 だが、人間よりずっと丈夫なためちょっとそっとでは壊れそうにない。


「頑丈にできてる、な!」


 ネクトはぎゅっと拳を閉じた。途端、吸血鬼たちの腕がぐにゃっと曲がり、べぎべぎっと不快な破砕音を響かせた。


「うぐぁ……っ」

「ぁぁあああ! この、クソどもが! なんの、つもりだ、貴様ら!」

「ちょっとしたパフォーマンスだよ。我々はビジネスパートナー。だが、どうしても上下関係を決めたいというのならそれを拒否はしない。当然、我々が飼い主の側であり、支配者なのだが」


 吸血鬼の女の頭が砕け散った。

 リヴォルトが発射した金属塊によって撃ち抜かれたのだ。


「ぐう、こいつら……!」

「先に無礼をしたのはそちらだよ。目には目を。歯に歯を。ハンムラビ法典はいかなる世界でも通用する。安心したまへ。君たちは心臓を砕かれなければ絶命しないこともすでに知っている。心臓だけは壊さないであげよう」

「俺たちは下っ端に用はない。さっさとボスのところに案内してくれるかい、吸血鬼くん」


 超能力者の恐るべき力を思い知らされ、歯向かう気力を削がれ、吸血鬼は降参を示した。


「オクタヴィア様のもとへ案内する……」

「話がわかるようで助かる。君とは仲良くできそうだ」


 リヴォルトは手で顔を撫でる。

 再び顔面が変形し、少しの後、彼の顔は初老の紳士顔と髪型を戻っていた。

 吸血鬼をしてその異質すぎるあり様には恐怖を禁じ得なかった。


 屋敷の地下、その奥に部屋に案内された。

 暗い部屋のなか、奥の玉座があった。

 ひとりのちいさな少女が肘掛けを枕にして眠っていた。


「美しい」


 リヴォルトは思わず言葉をこぼす。

 暗い部屋、わずかな光量、荘厳な玉座の間、そこでうたた寝をする儚げな少女、完璧な構図だった。一枚の絵画を見ているかのような完成度を誇る絵だ。


 絵の主役である絶世の美少女がそっと瞳を開ける。

 真っ赤な瞳だった。血で満たされたガラス玉を見ているような深紅の瞳だ。

 艶やかな紺色の髪は、サバサバした短髪に揃えられている。神が愛情を注いで造形したかのような均整の取れた整った幼い顔には、あどけない表情が浮かんでおり、その眼差しは玉座の間に足を踏み入れたリヴォルトたちに注がれていた。


「伝説の姫君よ、人類絶滅の指導者よ、本物にお会いできて光栄だ」

 

 リヴォルトは一歩踏み出し、自身の胸に手をおいて名乗る。


「私にはいくつか名前と顔があるが、あなたにはラインハルト・エクリプスを名乗らせてもらう。これは私の最初の名前で、最も重要なものですので」

「……。あなたが使徒?」

「その通り。宇宙に選ばれた存在です」


 幼なげな姫━━絶滅指導者オクタヴィアは口元を少し歪め、小さく笑う。


「私たちは志を同じにする者だ。狩人協会。不快なこの偽物の支配体制を破壊したい。彼らはあなたたち吸血鬼にとっても面倒な存在なはず」

「……そうね、最近、本当に面倒くさくなってきちゃったかもしれない」


 オクタヴィアは実感のこもった声で言った。


「狩人協会には厄介な者たちが多くいる。確かにやつらは強力だ。特に最大の脅威となる狩人がいる。ご存知の通り、アーカム・アルドレア」


 オクタヴィアの表情をかえず、リヴォルトに話の先をうながす。


「この狩人は最悪だ。だが天才だ。未知の技を持っている。彼の誇る技ならば吸血鬼を滅ぼすことすら可能にできる。個ではなく、種としての吸血鬼を」

「滅ぼすとは。あまり言っている意味がわからないのだけど」

「文字通りだとも。アーカム・アルドレアは吸血鬼を滅ぼすつもりだ。新しい兵器を用いた大量殺戮によって、この大陸から1匹残らず消し去るつもりなのだ。その情報を掴んだ」


 リヴォルトはポケットから端末をとりだす。

 オクタヴィアは首をかしげ、目を細める。


「我々は怪物派遣公社としばらく仕事をしてきた。その過程で公社とあなた方の繋がりを知った。我々はあなた方とも仕事がしたい。その手付金として重要な情報をプレゼントしたい」

「いいわよ、別に。この部屋にたどり着けているし、公社の仲間なら問題ないわ」

「ありがとう、オクタヴィア姫。では、早速プレゼントについて話させてもらう。アーカム・アルドレアの作り出した『血族の終わり』とそのシナリオについて。まだ止められる。あなたが本気になれば」

 

 リヴォルトは前置きをし、端末の電源をいれた。

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