ビジネスパートナー 前編
「絶滅指導者、会うのは初めてだな」
「聞くに化け物らしいじゃないですか」
「だが、殺すことができる。真の永遠ではない。支配者にはふさわしくない」
「所詮は
小高い丘の上に屋敷がたっている。
周囲に家々のない大きな別荘だ。
その玄関を訪ねる者たちがいる。
ひとりは背の高い男だ。
身長は2m近い。屈強な肉体の男だ。
初老だが顔立ちはよい。堀の深い顔と、整えられたヒゲがダンディだ。小綺麗な風体とあいまって大人の紳士ということばがふさわしい雰囲気だ。
大きな体を仕立ての良いスーツに包み、身分のある紳士たちが着る外套を羽織っている。ひとつ変わっているのは、革手袋をした手のなかで、グラスでワインを弄ぶように、絶えず金属の塊を3つくるくるまわしていることだ。器用な指の動きは常日頃から、この紳士が飽きもせず手遊びしていることを思わせる。
その横、若い男が並んでいる。
青白い髪の2枚目の顔立ちだ。初老の男とは違い、落ち着いた雰囲気はなく、派手でお洒落な身なりをしていた。いわゆる伊達男だ。
迎えてくれた執事に笑みを向けれると、伊達男はセクシーなえくぼが浮かびあがり、人当たりはとても良さそうに見える。
「ようこそいらっしゃいました、こちらです、リヴォルト・クラフォビア様、ネクト・ニコルソン様、我が主人がお待ちです」
荘厳な屋敷の廊下を仕様人に案内され、初老の男━━リヴォルトと、伊達男━━ネクトは客間へと通された。
「では、少々お待ちを。ただいまベムスタンド様をお呼びいたしますゆえ」
仕様人がさがり、客間にはリヴォルトとネクトだけが残される。
ネクトは小声で口を開いた。
「思ったより普通の場所ですね」
「普通の場所だからこそ意味があるのだろうね。もっとも人里離れているから多少ゴタついても騒ぎにはならない」
「なるほど。しかし、意外ですね。やつら太陽を恐れるわりに窓にカーテンがかかってない」
「建物の地上部分には出てこないということの表れだろうか」
ネクトはネクタイを緩め、首の骨を鳴らす。
リヴォルトは手の中で回していた金属塊を少し強く握り込んだ。
ソファにリラックスして座る二人の背後、影が音もなく絨毯を踏む。
美しい女だ。薄い布地で痴部を隠しているだけの裸体の女だ。
しなやかな動きで、音もなくふたりに近づこうとする。
手にした鋭利な短剣が振りかぶられ、リヴォルトの首裏めがけて勢いよく振り下ろされた。
「……っ」
次の瞬間、短剣はソファの背もたれを深々と刺していた。
そこにリヴォルトの姿はなかった。
「少女よ、質問をしよう。それはこの屋敷の主人の命令かね?」
「あっ」
華奢な肩に背後から分厚い手が置かれる。
リヴォルトは刹那のうちに女の背後に移動していた。
「くっ!」
女は短剣を抜いて、リヴォルトへ突き立てた。
リヴォルトの首にあと1cmで届く距離で、刃はぴたりと制止した。
女の体がふわりと浮かびあがり、時計回りに宙空で回転しだす。
リヴォルトが軽く手をかざすと、女の身体は勢いよく飛んでいき、客間の壁に叩きつけられた。
「殺していいんですか」
「判断しかねる。だから、まだ殺してはいない。脊髄にダメージを与えた。しばらくは動けん」
「あの女、擬態してましたね。赤外線で見てなかったら危うく首を刈られてましたよ」
「人間ではない。これも魔術? あるいは吸血鬼だろうか。試してみよう」
リヴォルトは手をかざす。裸体の女は宙吊りになって浮かぶ。
ネクトが廊下側の壁へ手をかざし「均衡を崩す」とつぶやくと、客間の壁はある一点を起点に渦を巻くように崩壊し、その先の壁を巻き込んで吹き飛んでしまった。
昼下がりの陽気がポカポカっと差し込んでくる。
リヴォルトは宙吊りにした女を太陽の光に晒した。
「ふむ。死なないな」
「意識のない力の抜けた女ってえろく見えないですよね。昔から思ってたんですけど」
「吸血鬼ではない。だが、爪が黒い。噂に聞いていた血を分け与えられし者だろう。興味深い。やはり吸血鬼に仕える人間たちによって、彼らは社会の闇のなかで生きていたのか」
リヴォルトは女を静かに廊下に下ろす。
「どういうつもりですかね。俺たち大事な客人なのに、こんな扱いをされるなんて」
「さてな。当事者に聞けばわかるだろう。どうせ屋敷の地下にいるのだ。こちらから伺おう」
リヴォルトとネクトは視線を横に向ける。
廊下、両サイドから赤い瞳の綺麗な少女たちが歩みよってきていた。
手には分厚い刃物を握っている。華奢な体に似合わない得物を見るに、彼女たちが純粋な人間でないことは察しがついた。
「やれやれ。……ヴォイドオブジェクト射出」
リヴォルトは大きな手でクルクル回していた金属塊をひとつ発射し、少女を吹っ飛ばし、ネクトは指を鳴らし、逆側の廊下から迫っていた少女を不可視の念動力で弾き飛ばして無力化した。
超能力の前では、吸血鬼の力を分け与えられた人間であろうとも、成すすべもなく制圧されていった。
ふたりが屋敷の地下に到着すると、趣の変わった男女がいた。
今までは若い女ばかりだったのに、地下には吊り目の男と、雅なドレスの女がいたのだ。
「お疲れ様ね」
「こっちだ」
それだけ言い、さもついてこいと言わんばかりに歩きだす。
「君たちは何者だね」
「その質問に答える義理はない。人間風情が」
「ふっふっふ、公社のお客さんだから丁重にしてあげているだけよ。あんまり助長しない方がいいわよ、ヨボヨボおじいちゃん」
ネクトはリヴォルトに耳打ちする。声は別にちいさくなく、会話の声を目の前の男女に隠すつもりはないようだ。
「こいつら吸血鬼ですね」
「そのようだ。しかし、心外だ。まさか君たちが我々よりも上位の生物だと思っているとはね」
リヴォルトは深い皺を作りながら笑みを浮かべ、その顔を撫でる。
顔がぐにゃりと変質し、深い皺が消えていく。
顔面全体の骨格が変形し、髪の長さ、色さえも瞬く間に変わっていく。
わずか10秒ほどで、初老の紳士顔は、美しい金髪をなびかせた、美少女の顔になっていた。恐るべき人体変態の様相に、吸血鬼たちは目を見開き、驚きを隠せない。
「これでも元は人の子だ。心無い言葉は傷つくのだよ」
「なんだ、この人間は……」
「顔が、こんな魔術が……?」
動揺するふたりの吸血鬼。
「こいつら少し調教が必要ですね」
「やりすぎるのはダメだ。拘束にとどめるのだ、ネクト」
「わかってますよ」
ネクトは手をかざし、念動力で2匹の吸血鬼を捕まえた。
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