狩人協会本部召喚

 新暦3066年 夏二月


 家庭崩壊の危機から1ヶ月が経った。

 揺らぐアルドレア屋敷は落ち着きを取り戻しつつある。

 

「旦那さま、お茶が入りました」

「ありがとうございます」


 ジーヴァルの配膳してくれた茶を飲みながら、ガンッ、ゴンッと金属音のする窓の外を見やる。アンナとフラッシュが激しく剣気圧纏う刃をぶつけ合わせてる風景が見えた。今日も元気に鍛錬しているな。


 フラッシュの俺への好感度はまた底冷えするほどに低下したし、エレナからは妹を浮気相手にしてるヤリチン野郎と罵られているが、どちらもそれぞれの親族からの説得で俺を背後から刺すのを控えてくれている。


 1発ぶん殴られたり、膝蹴りを打ち込まれたりしたが、それも俺がアンナを断りきれなかったことが原因と重れば、自己責任として納得できるものだ。


 かくしてアルドレア屋敷並びに狩人協会クルクマ支部は今日も平和だ。

 

 ゲンゼのお腹は少し大きくなった気がする。

 ベッドで一緒に眠ってる時、お腹に手を回すとすこしずつ腕のなかの収まり具合が変わってくるのでわかる。

 待望の第一子が産まれるまであと半年ほど。

 父親になる実感はまだない。


 コンコン


「どうぞ」


 ノックと共に入ってきたのはエレナだった。

 艶やかな梅色の髪をおしゃれに編み込んでいる。

 

「アーカム君、輸送の準備ができたよ」

「ありがとうございます、エレナさん。10時には出発します。エレナさんは本部に戻らないんですか」

「帰還するようには言われてないよ。まだまだこのクルクマにいるのが私の任務だよ。楽でいいけどね、本当にね。何よりアンナちゃんもいるし、アーカム君もいるし、ゲンゼちゃんもいるし、アースの技術は私も好きだしね」

「そうですか。では、クルクマをまたしばらくお願いします」


 エレナは筆頭狩人。つまり狩人協会本部の狩人だ。

 俺やアンナがいない間、この協会支部を守る任務を請け負っている。

 いろいろ役目はあるんだろう。暗黒の末裔ゲンゼの護衛、アース技術の守護、俺のお目付け訳、あとは妹と関係持ってるやつを威嚇する、とか。

 まあ総じて評価するなら味方だ。当たり前だが。


「アーカム君、エレナとふたりきりだからってえっちぃことばかりしちゃダメだよ」

「えっちなことって……ちょっとよくわかりませんね」

「とぼけちゃって。下半身で生きてる獣に、アンナちゃんが泣かせられないかお姉ちゃんは心配なんだよ。ゲンゼちゃんみたいなお嫁さんがいて、そのおまけで妹にちょっかいかけられてる……この気持ちわかってくれるかな」


 厳しい言葉だ。だが当然の言葉だ。


 エレナはずいっと迫ってくる。俺は窓辺に追い詰められる。豊かな双丘が押し付けられ、ふにゃっと形を歪めている。温かい吐息が耳に当たる。白い指先が俺の胸に当てられ、そこから腹、腰、股下へとなぞるように降りてきた。


「私が食べちゃってもいいんだけどね」

「え?」

「試してみる? アーカム君、可愛いから結構好きなんだよね。この支部の男の子はだいたい食べちゃったし、今度は君かなぁって思ってたところなんだよね」

「なんの話してるんですか……!? てか、クルクマの風紀を乱すようなことしないでくださいよ……!」

「そんなこと言ってなんか固くなってない?」

「ひぇ、あ、アンナ喰われる! 助けてください!」


 背中の窓を開いて叫ぶと、庭のアンナがハッとして顔をあげ、ぴょーんっとジャンプして窓辺に跳び乗ると、剣で一振りし、エレナを追い払った。


「やめて、お姉ちゃん、アーカムをいじめないで」


 アンナは俺のことを片手で抱き寄せ、キリッと鋭い目つきで姉を睨み、守るように剣先を突きつけた。きゅんっ。ときめき。かっこいい。


「冗談だよ、アンナちゃん。お姉ちゃんはそんな意地悪しないよ」

「嘘ばっかり、いつも意地悪なことしかしないくせに」

「そんな風に思ってたなんてアンナちゃんひどい! あっ、でも、アーカムくんのほうは満更でもなかったみたいだけど?」

 

 エレナはニヤニヤしながら書斎を出て行った。

 アンナは剣を窓辺にたてかけ、おもむろに局部をまさぐってくる。

 ザウルスだ。今度は妹のほうに襲われる!

 

「なんで固くなってるの。アーカム、お姉ちゃんにも発情してたの」

「男は美人に襲われたら生理現象としてこうなってしまうわけで━━━━」

「この性欲の獣。可愛くて胸が大きければ誰でもいいんだ。いや、それどころか女なら誰でも発情しそうな勢い」

「なんで俺がアンナっちに性欲の獣言われなきゃいけないんですかねえ……」

「うるさいよ、ほら良いからさっさと脱いで。もう一度覚えさせておかないと」

「なにを覚えさせるつもりですか、嘘でしょ今朝まであんな激しくしたのに! 取れちゃいます死んじゃいますってゲンゼぇ助けてえ! アンナに喰われる!」

「こらぁ━━━━! 朝からうちのアーカムに何してるんですか、アンナ!」


 すぐにゲンゼが飛んできて、俺のことを優しく抱きしめてくれた。

 やはり安心できるのはゲンゼの腕の中しかないのか。

  


 ━━しばらく後



 俺たちはグランドウーマに騎乗し、アルドレア屋敷の庭にいた。

 今回、俺とアンナとキサラギはヨルプウィスト人間国王都エールデンフォートに向かう。つまるところ俺たちの組織の母体、狩人協会本部のある場所だ。


「キサラギはアンナの愛馬に容赦無く荷物をくくりつけていきます」


 バニクのおしり回りにブラックコフィンが紐でくくりつけ、パッと見でめっちゃ重たそうな積荷になっている。でも安心して欲しい。ブラックコフィンは電磁力で浮いているので、重たすぎる荷物でバニクをいじめているように見える絵面でも、彼女はあまり重たさを感じていないはずだ。


「アーカム、気をつけて行ってきてくださいね。クルクマのことは私に任せてください。心配せず、でも私のことはいつでも気にしてもらって構いませんよ」

「もちろん、毎晩ゲンゼのことを思います」

「ふふ、冗談ですよ。なんだか面倒臭いこと言ってしまいましたね」


 ゲンゼは俺の服の乱れを直すなり、薄く微笑み、頬に手を添えてくる。

 ちょんっとつま先立ちしてくるのに応じて唇を重ねた。

 顔を離すとすこし恥ずかしそうにしている愛おしい顔があった。

 

「げふんげふん」


 咳払いの方を見やれば、グランドウーマ・バニクに背を預けて腕を組むアンナの姿があった。


「そろそろ出発しないとですね」

「はい、行ってきます、ゲンゼ」

「それじゃあお守りを渡しておきますね」


 ゲンゼはぎゅーっと抱きついてくる。

 魔力の流れを感じた。これは草の魔力。

 

「ゲンゼ、なにを?」

「アーカムが女の子とえっちなことできないように魔力シード呪いを植え付けました。草属性六式魔術の呪いです。迂闊に女の子と交尾したら激痛が走るので気をつけてください」

「え、ぇぇ……あんま信用されてないじゃないですか」

「人間は弱い生き物ですからね。衝動に勝てないこともあります。特にアーカムの下半身は女の子に弱いので信頼はゼロと思ってください」

「なにも言い返せないのが情けない限りです」

「そうでしょうそうでしょう」

「しかし、アンナとはそういうこと許してもらえたわけではなかったんですね」

「アンナは仕方ないと諦めていますよ。最悪アンナはもういいです。アーカムもアンナも性欲の獣なので」

「なんか俺に流れ弾してませんか」

「アーカムは若くて、健康的な18歳の男の子です。それにモテすぎるのは知っていますから、えっちなこと我慢しろというのは可哀想な気もしますから。私は賢者なのです。長い目で見てます。だからパートナーを縛りすぎない方針をとることにしました」

「いま、魔力シード植えつけられたところですが」

「その魔力シードはアンナ用じゃないです。アーカムの下半身は信頼ゼロなので、この先、もっといろんな女の子と好き放題する可能性を考えてます。遠出先で知らない女の子といちゃいちゃされるのは腹立つので絶対にやめてくださいね?」

「あ、はい」


 ゲンゼの素直な訴えに俺は了承せざるを得ない。そもそも彼女は我慢している立場なのだ。愛の証明のため彼女が求める規制は全肯定しなければならない。


「アンナ、私の夫をよろしくお願いします。命という意味でも貞操という意味でも」

「アーカムは性欲の獣だから信頼しない。私が近づくハエを叩き落とすよ」


 そっか、俺、そんな信頼されてないんだなぁ……。


「では、行ってらっしゃい。無事に帰ってきてくださいね」


 ゲンゼに見送られ、俺たちはクルクマを出発した。

 隊列はいつも通りキングとバニクだ。

 キサラギは俺の背後に乗っている。虚無の海を走行する時はグランドウーマの能力を使う必要があるので、長距離を移動する場合は相乗りするのだ。


「そういえば、なんで私たち本部にいくの。怒られるのかな」

「心当たりはありますけど違いますね。今回呼ばれてるのは絶滅指導者討伐の功績が正式に認められた勲章授与ってことになってます」

「1年半もかかってようやく正式に本部に招待されるんだ」

「色々あるんじゃないですか。色々と。まあ、あともう一つ重要なのは……大事な荷物を届けるためですよ」

「それ?」


 アンナの視線はキングのお尻のあたり見ていた。

 荷物として括り付けられているそれを撫でながら俺は答える。


「血族の終わり。血の監獄で被験体11体に対して効果が認められたので、本格的に配備します。これが普及すれば吸血鬼と人の戦いに終止符を打つことができます」


 帝国の一件の時に完成していた兵器。

 アースの技術からキサラギと俺が作りだした兵器だ。

 1年以上かけて、狩人協会の吸血鬼研究所での吸血鬼体実験の末、ついに調整が完了した。あとは本部へ持って行き、効果を認めてもらい、配備するだけだ。


 勲章授与も大事だが、こいつを人間国首都エールデンフォートに届けることの方が俺にとっても本部にとっても重要なことである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る