第十章 怪物を狩る者

情勢は変わりつつある

 新暦3065年 春三月


 ゲオニエス帝国帝都『進化論者』調査報告書


 担当者:

  アーカム・アルドレア

  アンナ・エースカロリ

  イヴ・シュトライカ・イカイ・キサラギ

  キング

  バニク


 ゲオニエス帝国政府による被人道的な人体実験及び、大規模な拉致誘拐が発覚。『怪物骨格移植術』に関しては別途資料を参照されたし。重要被験体ジーヴァル・フェリスを保護。

 帝国剣王ノ会と戦闘、複数の守護者を殺害により無力化。

 ガーランド皇帝と接触。闇の魔術師たち『進化論者』との繋がりを認める証言を確認。『進化論者』は帝国の支援のもとでおおきく育った闇の魔術師集団だったことが発覚。彼の描いた危険な思想に関しては別途資料を参照されたし。

 ガーランド皇帝と戦闘を回避できず、戦闘のち殺害。大規模魔術を多数使用、正体の露見の危険性あり。アガサ・アルヴェストンの神刀『真実』を回収。

 絶滅指導者リリアルムと接触、これを討伐。

 被害は甚大。帝都の街並みは一部惨状と化す。

 


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 新暦3066年 夏一月


 衝撃の皇帝暗殺事件から1年が経過した。

 殺害者は絶滅指導者リリアルム。最古の吸血鬼だ。

 リリアルムは破壊の限りを尽くそうとしたが、当時、偶然にも帝都を訪れていた魔法使いアーカム・アルドレアによって滅ぼされた。

 ただ一説では、この魔法使いアーカム・アルドレアこそが、帝国暗殺の犯人なのではないか、との噂もちらほら囁かれている。

 すべての証拠は深い雪のなかに埋没してしまい、事件の真相は定かではない。

 重要なのは皇帝は死に、恐るべき絶滅指導者は滅んだということだ。


 あの事件以来、帝国のなかに緊張感が漂いはじめた。

 絶滅指導者リリアルムの暴虐のごとき攻撃の数々は、バンザイデスの時とおなじく周囲に甚大な被害をだした。被害者は1万人を超えるとされている。


 狩人協会は帝国政府を激しく非難した。

 同時に帝国政府側も狩人協会へ、暗黙のルールを破り極秘に皇帝領へ狩人を派遣したことを非常に強い言葉で糾弾した。


 普通に全面戦争一歩手前であった。

 

 だが、次代の第46代皇帝━━ガーランド皇帝の孫娘━━が穏健派だったこともあり、戦争は回避される方向で情勢は動いていった。

 狩人協会狩猟王ジェイソン・アゴンバースと皇帝アディラ・ゴブレット・アルヴェストンは、4回に渡る話し合いの場を設けた。

 

 結果『進化論者』の徹底的に処刑が行われた。

 それは帝国政府および帝国剣王ノ会が、狩人協会およびヨルプウィスト人間国との全面戦争を避けるための唯一の手段だったからだ。

 処刑には狩人協会より派遣された視察団が参加した。筆頭狩人4名と狩人57名の護衛団をつけたやたらイカつい査察団だ。


 帝国は落とし前を付けたということである。

 もっとも以降100年くらいは帝国の信頼がガタ落ちになり、狩人協会はなにかとつけて今回の人類への叛逆行為をもちだしては、帝国内で幅を利かせ、すこしずつ帝国を自分たちの扱いやすいように”調整”していくのだろう。


 なお帝国側にはアガサ・アルヴェストンの剣が行方不明になった件について再三と問われたが、狩人協会は「存じ上げません」の姿勢を貫いている。

 自分の所属する組織ながら、調子がいいものだ。


「旦那さま、お茶が入りました」


 書斎で書類作業をしていると、湯気のたったカップがことんっと置かれた。

 モノクロなメイド服に身を包んだ、銀髪のエルフの少女が運んできてくれた。


「ありがとうございます」


 礼を返すと、少女はぺこっと一礼して、おどおどしながら台所へ戻って行く。

 ジーヴァル。1年前のゲオニエス帝国の事件で救出した怪物骨格移植術の成功事例者の少女だ。ベースは吸血鬼。サブに人狼と山嶺の竜が入っている。


 未知の可能性を秘めた少女だ。

 帝国の追跡者たちを振り切って、アルドレア邸に帰ってきて以来、ああして使用人としてこの屋敷に就職している。最初の頃は食器破壊の達人だったが、いまでは屋敷の生活を手助けしてくれる頼もしいメイドさんである。


「アーカム、本部より通達」


 温かい茶を啜っていると、今度は手紙がぽいっと机に優しく放られる。

 白シャツに織柄のベストを着たアンナが俺の手からカップを奪う。

 手紙と交換こということだろうか。


 手紙を開く。


「どう」

「ジーヴァルを本部に預かりたいという旨のお達しですね」

「前にも来てなかった?」

「来てましたよ。これで5回目です」


 壁に貼ったコルクボードに「本部へ返信。ジーヴァル。5」とメモ書きを止めておく。このタスクはあとでやる。


「ジーヴァルに興味津々だね、本部は」

「狩人協会はプランCを用意したいんですよ。人類を守るのにどれだけ策があってもいいですからね」


 怪物骨格移植術を協会が頼ることはない。

 そこはもう何百年も前に通り過ぎた場所だ。

 だが、何百年も前に冒涜の研究をしていたものたちはもういない。

 今日の狩人協会は再び、人間と怪物の融合技術に興味を持ち始めている。


 だから、プランCとしてなら、怪物骨格移植術は利用される。

 戦況がこれ以上悪化し、手段を選ぶ余裕がなくなれば、研究は再開される。

 これは俺の推測に過ぎないが。


 ゆえにジーヴァルは本部へは引き渡していない。

 俺の目の届かないところで、彼女の尊厳が犯され、結果、怪物骨格移植術の研究が始まることのないように、本部ではなく、俺の権限が強く及び、監視の目が届く狩人協会クルクマ支部でジーヴァルは保護されているのだ。


 俺の戦果は遠く離れた本部にも届いてはいるが、その功績がただしく評価されているのは、この魔法王国内のなかでも、クルクマと王都ローレシアだけだと思う。

 

 だとしても気にすることはない

 本部はもう俺のことをみくびってない。

 かつては出る杭として厄介がられていた。

 だが、嫉妬や羨望などの感情は俺が無名だったからだ。どこの誰かもわからないポッ出のがきんちょだったからだ。


 立場や、格が伴えば、功績は正しく認識される。

 今の俺は狩人協会クルクマ支部の長であり、アース産の技術の第一人者、狩人協会王都ローレシア支部技術部顧問だ。

 魔法使いであり、魔術協会でも存在感があり、魔法王国貴族社会でも存在感をだしつつある。つまり存在感ありまくりなのだ。


 さらに注目の領地の領主でもある。

 我がクルクマは現在、白い紙の製造と、魔力結晶という非常に価値の高い特産品を保有している。その生産量は毎月のように成長している。

 製紙技術とアイディアはクリスト・カトレアから輸入したもの、魔力結晶の生産はいわずもがな暗黒の末裔たちが頑張ってくれている。


 領地が発展したことで毎月数人ずつだが、移住者が増えてきたりしてる。

 こちらは紙の製造という職を求めてやってくる工場労働者たちだ。

 仕事で人を集め、領民を増やし、消費と生産を拡大させる流れができつつある。


 あと関係あるかはわからないがベストセラー『凶暴怪獣アンナザウルス』シリーズもおかげさまで四巻目を先日出版させてもらえた。ちなみに出版のための紙に関しても、クルクマで生産させてもらってる。

 本を出版したのは、紙の需要をつくりだすという意味合いがあったのだ。

 自領で供給して、自領で需要をつくりだす。一石二鳥である。

 

 そして1年前には、絶滅指導者を打倒し、狩人協会の手の及ばなかった帝国にて大きな秘密を暴いた。


 いまの俺なら偉業をなしても穿った見られ方はしない。

 偉業をなすには、相応の人物である必要があり、いま俺は相応の人物と認識されつつあるからだ。

 

 狩人協会ローレシア支部で突っかかってくる者も少なくなった。

 

 情勢は変わりつつある。


「ん。この壁、整理したんだ」


 アンナは壁際へ移動する。

 以前までは壁に膨大なメモ書きが乱雑に貼られていたが、ペラペラ落ちてきて鬱陶しかったので掃除したのだ。結果、壁のスペースが空いたので活用した。

 壁際には使わなくなった武器や装飾品、思い出の品などが飾られている。


 魔法王国ローレシアのウィザード勲章。

 秘境民族アマゾーナの英雄アマゾロリアの証、翡翠の首飾り。

 ドリムナメア聖神国で宣教師よりもらった聖書。

 都市国家クリスト・カトレアでカイロさんに貰ったメレオレの杖。

 

「そういえば超能力者は見つかった?」

 

 アンナは飾られた宝剣アマゾディアを手に取りながら言った。


「いえ、まだです。手がかりは多少ありますけど」


 1年前の戦いでずいぶん消耗した。

 魔力に関しては久しぶりに魔力欠乏症に陥るほど疲弊したので、流石に一度クリスト・カトレアの聖獣に会いにいって「魔力くれー!」ってお願いしてきた。

 我が相棒グランドウーマ・キングの健脚を使っても往復12日ほどかかる道のりだが、背に腹は変えられないので帝国での任務が終わったあとすぐに行ってきたのだ。


 もっとも魔力に関してはほぼエネルギー満タンまで回復したが、直感に関してはそうはいかない。


 というのも、俺は超能力者どもを見つけるために、超直感を使おうと考えていたのだ。この世界のどこかで地球から『災害の子供達』を呼び寄せようとしているあいつらを一刻もはやくとめなければいけない。

 そのために直感によるスーパー索敵を使いたかった。だが、流石に大陸全土から探すとなると、直感力の消耗が激しいことが予想される。


 特にあの空間転移能力者ラインハルト・エクリプスに関しては、逃走能力が天元突破している。やつの能力がどれほどのものかはわからないが、下手したら大陸の端っこから端っこまでをノータイムでテレポートしているかもしれない。


 そんなやつの居場所を見つけ、その命を一度破壊し、封印するためには、普通の策では通用しない。

 やつの超能力は強力だ。それを潰すためには、俺もまた超能力『第六感』を最大に活用しなければいけないのである。


 だから、直感力は温存したかったが……1年前の戦いで消耗してしまった。

 まあ投資した分は回収できているのでいいのだが。

 なにせ絶滅指導者を討伐できたのだから。このうえない戦果だ。

 

 こんこん。


「どうぞ」


 扉が開かれ、褐色の少女とネコが入ってくる。

 俺の父アディの古い仲間である、ダークエルフのテラと、喋る猫ニーヤンだ。

 ふたりともアルドレア屋敷及び地下にいまも増築されつつあるクルクマ支部で働いている。テラに関しては狩人と比べても高い戦闘能力を持っているため、クルクマ支部筆頭の警備部主任の地位にいたりする。ニーヤンはその補佐だ。


「アーカム、緊急事態」


 テラはボソッと報告する。

 なにがあったというのだ。


「ゲンゼ、懐妊」


 彼女の抑揚のないつぶやきは書斎にやけに響いた。

 暖炉のなかで燃える薪がパチパチと爆ぜる音が聞こえる。

 懐妊。それはつまり懐妊ということですか(混乱)


 ゴトン。

 アマゾディアが床のうえに落ちる音がした。

 アンナの手から滑り落ちたらしい。


「だから言ったにゃん。わざわざ報告しなくていいって。もっとこそっと言うべきだったにゃん」

「でも、緊急事態はすぐに報告しないと」

「アーカム……性欲あったの……?」


 アンナは今生最大に驚いた顔で俺のほうを見てきた。

 情勢は変わりつつある……?












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 こんにちは

 ファンタスティックです

 

 ちょっと忙しくてWeb更新が滞っていました。

 遅れて申し訳ありません。4月末まではペース落ちるかもです。

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