伝説を終わらせる者

 勢いよく墜落して地面に埋まってしまった。リリアルムは苛立ちに瓦礫を跳ね除けて立ち上がり、粉塵を赫糸で切り裂き、周囲数百メートルを無差別に破壊する。通りを歩いていた人間たちは何事かと慌てている間に、通りに面した建物ごとバラバラに破壊されてしまう。


「リリアルム、こっちだッ!!」


 アーカムは叫びながら、風の弾丸を連射。

 リリアルムは翼を硬質化させて軽くガードする。


(帝城のうえなら被害は出にくかったが、街中で戦えば、バンザイデスの二の前だ……しかし、絶滅指導者のスケール感を相手に被害を抑えるのは難しい。俺ができることは1秒でもはやくこいつの心臓を破壊することのみ)

(近づけないならそれでもいい、魔力が無限だなんてありえないんだ、持久戦でどっちが先に尽きるか張り合うだけだよ)

 

「あ?」


 雪が降ってきた。

 雨が降ってはいたが、そこまで寒くはなかった。

 違和感を覚えた途端、どんどん積雪量は増えていき、呼吸をするたびに加速していく。


 アーカムは無詠唱氷属性六式魔術を幾度もつかった。

 六式で運用する基準量の莫大な魔力を大型ライフル弾丸のサイズまで圧縮して放ち、遠隔武器として使用してきた。実際、ライフル弾の中身は巨大な運河や、海さえ凍り付かせるほどの莫大な氷の魔力の集合体なのである。


 そんなものがただ”貫通させる”という目的のためだけに使われ、そのあとほったらかしにされていたのだ。天空に放たれたあと氷の魔力は霧散し、帝都周辺の気温を急激に低下させたのだ。


 ゆえに大量の雪が降り始めた。

 そしてそれらはアーカムが魔術で干渉できる物体だ。


(やっと降ってきたか。こいつをリサイクルする)

 

「《エルト・ウォーラ》」

 

 無詠唱氷属性五式魔術で豪雪を操作し、雪製狼をつくりだす。

 

(俺の魔力が尽きるまでに倒し切れるかの勝負だ。横着はしない。またゼロから戦闘組み立て直し、攻撃チャンスを作り、やつの心臓を破壊する)


 アーカムは決断した。

 決死の覚悟でもって。

 

「こんなもの」


 一面の雪景色に覆われた帝都の大通り、リリアルムは赫糸でアーカムの作った雪狼たちを粉砕していく。揺動につぐ、揺動。撹乱作戦におとり。本命の攻撃をかくしにかくす。


 リリアルムは危機感を感じる攻撃を見落とさないように、常にアーカムの位置と行動に細心の注意をはらった。というか、アーカム以外はどうでもよかった。

 視界がすっかりまっしろの雪に覆われて、雪狼を壊すたびにまいあがる雪煙にうっとしさを感じている時だった。


 リリアルムが踏み締めた雪が急に固く、重たくなった。

 雪煙の隙間から氷の魔力を溜めるアーカムの姿が見える。

 

(普通の雪に紛れ込ませて、鉛雪なまりゆきを紛れ込ませた。一瞬でいい。リリアルムの動きが、彼女の意識したものと同期せず、一瞬だけ隙ができればいい)

(っ、舐めるなよ、狩人!)


 放たれる魔氷弾。リリアルムは腕を十字に硬め、前面を血で覆い、最大の血盾で受けた。貫通。しかし、分厚い血に複数枚干渉されたため、射線がズレてしまい、心臓を撃ち抜くことができなかった。


(くっ……1,000年抜かれなかったリリアルムの盾が、今夜だけで何度も……)


 苛立ちに青筋を額に浮かべる。リリアルムは身体を再生させながら体勢をたてなおす。

 他方、アーカムもうんざりして「くそ」っと悪態をこぼす。

 再び、魔力量を逼迫させながら戦闘を組み立てなおすしかない。


(いや、違う)


 直感のささやき。アーカムは雪煙のなかのリリアルムを見つめる。

 吸血鬼の背後、雪煙の切れ目、ずっと向こうに人影を見つけた。


 瞳を真っ赤に染めた梅髪の少女。

 血脈開放状態のアンナ・エースカロリであった。

 得物の牙狩りを引き絞り、強大な力を解き放つ。

 

(エースカロリ流錬血秘式・星落とし)


 大通りの遥か向こう側、気配を察知されない100mの彼方から、真紅に輝く一条の線が空気の壁をつらぬいて一気に放たれた。

 絶え間ない修練により進化したアンナの神槍は、リリアルムの硬化術を貫通し、脊髄を断ち切り、腹筋を破裂させながら貫通した。


 予想外の攻撃が行われた直後。

 アーカムはこれまた直下のお告げを得て、真右をチラと見やった。

 気がつけばそこは帝都のメインストリートの中央交差点であり、横に何車線も連なる大通りの交錯点だったのだ。


 夜空の瞳がなければすぐに発見できない極小サイズのそれ。

 大通りの向こう側。突き当たりにキサラギの姿が見えた。展開済みのブラックコフィンに自身をセットアップ済みで、マナエネルギーも充填され……それはすでに放たれる直前だ。


 マッハ15。人類の叡智がたどり着いた速さの究極。

 夜空の瞳でさえうっかりすれば見落とす速度で、キサラギは地上をソニックウェーブで大通りの窓ガラス全てを破砕させながら飛び、すれ違いざまにリリアルムへ高周波ブレード:マサムネで切断攻撃をあびせた。意識の隙間、度重なる不意打ちにより、対応できないリリアルム。頭部と、翼を二枚、片腕と左肩がじゅるりとズレて、そのままソニックウェーブに巻き込まれてどっかへ消えてしまう。斬ると同時、キサラギはアーカムにだけわかるように親指をたて「あとは任せます」とばかりにサムズアップした。そうして、刹那ののち、彼女は雪模様の空へ消えていくのだった。


 リリアルムの身体は、コントロールを失い、膝を雪に着いた。

 すべての血の魔術は一時解除され、リリアルムの血盾が溶解し、まっしろな雪景色のなかに温かい血溜まりをつくった。


 ソニックウェーブで舞い上がる雪煙を手で払い除け、アーカムは夜空の瞳を見開く。もっとも強大な魔力の集中するポイント、左胸へ狙いをつける。


 照準は狂いなく、狩人の見開かれた瞳はしかと怪物の心臓は焦点を合わせている。


 生まれ落ちて2,000年。

 硬い血の吸血鬼リリアルム。

 滅ぼした国は数知れず、奪った命は100万を越え、挑んだ狩人は誰ひとり生きて戻らない。

 人がそこへ手を届かせることは不可能だと、誰もがそう思った。心の中では諦めていた。

 彼女の名を紐解けば、虫食った太古の蔵書にすらその存在を記される、まさに伝説の厄災。


 積み重なった歴史は狩人にとっては恐怖と畏怖そのものであり、怪物たちにとっては勲章と名誉でありつづけた。


 だが、終わりをもたらす者がついに現れた。


「《オルト・ポーラー》」


 白の魔氷弾は、冷気の尾をひいて飛翔し、怪物の胸を破裂させながら穿った。


 青ざめた炎がたちまち燃えあがり、リリアルムの肉体を焼いてゆく。リリアルムは力なくもがき、炎を消そうとするがそれは叶わない。


 荒れ果てた帝都の街並みと、雪景色のなか、いっそう蒼炎は激しくなる。


「おわ、る? わたしが……どう、して、にんげん、なんかに……っ」


 リリアルムはアーカムを見やる。雪のなか、白い息を吐き、杖を向け続ける狩人は、眉を寄せ、厳かな声で口を開く。


「お前たちが狩人の老いを待っている間、人はなにしてると思う。進み続けてるんだ。永遠の時間。それは強力な武器だが……停滞を生む」


(こいつらの敗因は立ち止まり、時間の針を止めることに夢中になっていたこと。何千年もの研鑽すべてがもし仮にあるとしたら、人が勝てる道理などどこにもないのだから)


 伝説に終わりを与える者の名は、アーカム・アルドレア。人生をやり直し、ベストを尽くした。それが二度目の生の命題であった。

 

 巨大な才能を持ち、しかし、なお届かなかった。最大の恐怖を植え付けられた。人の弱さに、自らのちっぽけさを思い知らされた。

 そして蹂躙され、奪われた。


 だが、進んだ。停滞をよしとしなかった。だからだろう。この夜、ついにアーカム・アルドレアは絶滅指導者という滅びの運命を出し抜くOutwitことに成功したのだ。


 蒼炎が絶滅指導者を完全に焼き尽くすのを、アーカムは最後まで見つめていた。

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