魔法使いの飛行

「アルドレア、貴様……ッ!」


(あぁ、この狩人は危険だ……本気で殺さなければ━━血脈開放)


 リリアルムの胸の傷がまたたく間に塞がり、赤い瞳が輝きだした。

 吸血鬼の奥義のひとつ。もっとも恐ろしい時間の幕開けだ。


「たしかにほかと違う、最強の狩人と警戒するのもわかるってものだね……」


 リリアルムは嗜虐的に笑みを深め、血盾として展開していた血を捻り、一本の巨大な槍として射出した。アーカムは超直感で回避する。が、血槍は通りすぎるさいに真っ赤に輝きだし、直後、炸裂した。


 今夜響いたなかでもっとも大きな爆発音。

 帝城の天守閣が崩れはじめた。


 アーカムは事前に爆発することを予感していたため、収納空間を2つ入り口をあけることで、短距離空間転移をおこない攻撃を回避していた。収納空間に生物を入れることは不可能だが、トンネルとして使うことはできるのである。


 崩れゆく城の崩壊音、ザアザアと五月蝿いやまずの雨。リリアルムは視界をいっぱいにある膨大な落下物と騒音のなかから、アーカムの姿を探した。


(どこか、どこだ、どこにいる)


 リリアルムは見つける。

 だが、すでに見つかってもいた。


 ゆえに先に見つけたアーカムの方が攻撃は速い。

 放たれる氷魔弾。アレだ。またあの最強の魔弾が来る。

 リリアルムに防御の手段はもうない。ゆえにかわそうとする。

 完全な回避は叶わず、上腕を撃ち抜かれ、腕を丸ごと一本ふっとばされる。


(アーカム・アルドレア、極めて威力の高い魔術。硬化術で防げない。盾も通用しない。やりにくい。無尽蔵。攻撃間隔は短すぎる。種類も多い)


 普段なら絶滅指導者としてのスペックを叩きつけていれば、どんな強い狩人も死んでいくものだが、目の前の敵はそうではないと悟っていた。


(試されてる? このリリアルムが? 何千年ぶりだろう……。アルドレアは近づいてこない。反応速度とそれに対する対処の仕方が正確すぎる。きっとあの魔眼だ。見えすぎてる。目が良いんだ。できれば近づきたくない。高威力の魔術を至近距離で喰らえば、心臓を壊される可能性が高まる。でも、魔術師である以上、肉体強度は剣術使いどもより劣るはず。叩けば壊れる。治ることはない。人間なんだから。もっと近くで叩いばいい)


 アーカムは素早く自身の周囲に浮遊剣を展開し、剣の防御網を生成。

 リリアルムは翼を六枚広げて、落下物を足場に推進力を得て水平跳躍。

 腕が撃ち抜かれたことなど気にせず、落下物を足場に射撃してきたアーカムへ突っ込んで、肉塊にしてやろうと硬化した腕を叩きつけた。

 迎撃する浮遊剣。剣を腕で弾き、簡単に砕くリリアルム。


 アーカムは風を操り、おおきく飛び退いた。


(逃げた。近づかれたくないんだね)


 重力による落下速度より、さらに加速して逃げようとするアーカム。リリアルムは浮遊剣をあしらい、追跡する。氷魔弾で吹き飛ばされた腕から血の触腕を22本、長さ120mで生成し、高い連射速で下方へ撃ち出した。


 アーカムは背後からの攻撃にすら反応してみせ、回避し、風の魔術をたたきつけて、血の触腕をいなし、攻撃をしのぎきる。


(背中に目でもついてるのか)

(お前にはわかるまい。直感だとはな)


 アーカムの飛行速度は目を見張るほどに速かった。どのように風を操り、押し出せば、もっとも効果的に効率的に推進力を獲得し、人間の人体動かすことができるのか。キサラギのマナニューロAIのなかにあった超粒子航空力学を参照しながら、2人で研究に明け暮れ、飛行姿勢から、魔力の流れから、さまざまに試行を繰り返してきたのだ。


 結果として最大速度マッハ2強を獲得した。風そのものを操り、圧縮し、後方へ押しだす現状の科学魔術的飛行法は、吸血鬼が2,000年かけて会得した六枚の翼で風を捕まえる原始的飛行法を上回っているのである。


(魔力が溶けていく……)


 アーカムは視界が少し霞む感覚を覚えた。

 剣気圧で肉体強度を補強しているわけではない彼にとって、通常の何倍もの重力は負担をかけすぎる。初期の頃は、重力に耐えかねて、よく気絶していたほどだ。さらにそれだけの推進力を生み出すには同魔力を消耗しすぎるのである。


(だが、背に腹はかえられない。絶滅指導者の接近戦に付き合うつもりはない。超直感で心臓の位置はわかってる。数は1つだけだ。夜空の瞳にはやつらの混沌の魔力の流れも見える。流れを覚えれば、次の動作の予測がつく。だいたい、もうわかってきた。やつは硬化術に自信があるのか、心臓を硬い血の殻で守っているようだが、俺の魔法ならその防御力を無視してぶちぬけるはずだ。遠隔から一発、氷魔弾で勝負をつける)


 飛びながらアーカムは後ろへふりかえる。予備動作なく突然にだ。リリアルムはハッとした。焦燥感に駆られた。落下するアーカムを追いかけるあまり、最短距離でまっすぐ追いかけすぎていたのだ。

 

 アーカムは振り返り様に、天空へ向かって超高密度の魔力を込めた魔氷弾を射撃。リリアルムはかろうじて身をひねり、翼と肩に風穴を穿たれるだけにダメージをとどめた。


(魔法使いめ……っ!)

(これでも外すか。直感もないのになんて反応速度だ)


 アーカムは振り返ったせいで、最大速度を出すのに再び時間がかかる。


(振り返り攻撃を一度見られてしまった。次は警戒してくるだろうから、もうこの撃ち方は通用しない。魔力量が少なくなってきた。また牽制と、揺動から丁寧に組み立てなおしてる時間はないが……横着した攻撃じゃ、決定打にならない。まいったな。こんなにがっつり戦闘するとわかってたら聖獣のもとへ行ってから帝都入りするんだった)


 アーカムのなかでは戦いの見通しが悪くなってきていた。

 リリアルムから見ても戦局はフリになっていた。


(今の振り返り攻撃を見たら、もうまっすぐ追いかけられない……っ、ただでさえ飛行速度で遅れをとってるのに、これではいつまでたっても詰められない。硬化術が意味をなさないなんて。あの礫を心臓にもらったらおしまいだ)


 両者は地上スレスレで水平飛行になる。

 アーカムはどんどん加速していく。最大速度に達するのは時間がかかる。

 リリアルムには現状が、一番アーカムに近づいていられる瞬間だと察した。


(血界にとじこめる。あそこなら持久戦において、確実にアーカム・アルドレアを上回れる。射程は100m。この距離と速度なら逃げられない)


 リリアルムは両手をパンっと叩き合わせ、指を固くからませる。

 使用するのは吸血鬼の奥義だ。


「血界侵略━━」

「させるか」


 混沌の魔力の流れからリリアルムが血界を使おうとしていたことを察したアーカムは、バッと振りかえり、風で素早く攻撃。リリアルムは弾き飛ばされ、地上の家屋を数棟して100mほどの破壊痕を地上につくりながら大通りに墜落。血界魔術の発動は妨害された。

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