人類絶滅の指導者、第五席次、硬血リリアルム

 アーカムの行使した風属性六式魔術オルト・ウィンダは周囲の大気の流れを変化させ、うねり、嵐の中心点となった。超高圧の嵐を砲撃のように喰らった絶滅指導者リリアルムは、全身を風の魔力による殴打で叩かれた。微風ではない。圧縮された高密度の魔力は硬く、苛烈に、指導者の血の硬化術を打ち砕き、骨格に亀裂を生じさせた。


 帝都の空は、帝城を中心に晴れ渡った。

 余波で巨大な黒い雲に穴が開いたのだ。

 天の穴からは3つの月の冷ややかな月光が差し込んできていた。


 粉塵の舞う帝城の屋根で、ぐじゅぐじゅというグロテスクな音が響く。

 魔法使いの放った吹き荒れる嵐は、殴打でありながら削り斬りつける裂傷を彼女に与えていた。おかげで見るも無惨に、整った顔も抜群のスタイルもズタズタにされ、血肉であたり一面が彩られてしまっていた。


(この魔術の威力……身体ごと心臓を破壊されかねない)


 リリアルムは瞬間の攻防に反応し、血の硬化術で身体を守った。ゆえにダメージを抑えることができていた。甚大な被害には違いはないが。最初に顔を再生させると、天を見上げた。月光を背負い、舞い降りてくるアーカムの姿があった。


「魔法使いめ……」


 身体を再生させながら、ふらふらと立ち上がり、手を雑に叩き合わせた。


「あなたにあったら私はどうするだろうと考えてたんだ」


 ぐわっと両腕を胸のまえで開く。

 両手の五指がそれぞれ赤い糸がつながっている。

 濃密な血の匂いが満ち満ちる。血で編まれた破壊の赫糸だ。


「いま決まった。絶望を贈ってあげるよ、アーカム・アルドレア」

「では、俺は永遠の終わりをくれてやる」


 アーカムは地上へ降りてくると、すぐに帝城屋根を覆う膨大な氷と、ふりしきる大雨に魔術で干渉した。氷は大地を躍動し、氷柱槍を射出し、雨は付近の雨粒たちが寄り集まって一定の水量になると、アーカムの付近に集まってくる。


 リリアルムは駆け出し、氷柱槍たちをかわしながら、腕を豪快に振り抜いた。

 緋色の軌跡が残り、赫糸が空を切り裂き、アーカムを五線上でバラバラにしようとする。集めていた水がアーカムのすぐ横でシールドとなった。分厚い魔力の盾は、致死の赫糸への緩和材となって、切断と衝撃からアーカムを護る。


(あの水盾、重たい?)


 赫糸から伝わってくる感触でリリアルムはそれが、鈍く、鉛のように重たいことを知った。赫糸は絡め取られてがっちりホールドされている。髪の毛にスライムがくっついたかのように鬱陶しい。


 アーカムは水属性六式魔術で鉛水で絡めた赫糸をひっぱり、リリアルムの身体をぶんまわし、帝城の屋根をえぐるようにひきずりまわす。屋根は厚い氷で覆われており、それらすべてが引きずる方向に逆立つ硬質槍に変形し、リリアルムの血の殻を破壊せんとしてくる。そのさまはさならがら大根おろし。


 残酷で、非道で、およそ人道的ではない。

 狩人アーカム・アルドレアは怪物には一切の容赦をしないのだ。


「うぜえ」


 顔と右半身をわずかに擦り削られたリリアルムは吠え、赫糸へ血の魔術を付与。血液は体積を増加させ、大爆発を起こし、帝城の大屋根を4分の1ほども消し飛ばし、夜の帝都に凄まじい爆発音を響かせた。


 超再生能力により、リリアルムの身体は瞬く間に蘇ろうとする。

 彼女の周囲の氷が、槍になって自動で放たれる。手で叩き落としガード。

 

(込めてる魔力量が普通じゃない。干渉する範囲も広い)


 爆発の煙幕を突き破り伸びてくるのは。水の触腕たちだ。

 5本、伸縮自在の鉛水が高速で飛んでくる。

 リリアルムは指先から血の弾丸を発射し、それぞれの触腕を撃ち抜く。水に血が混ざった瞬間、触腕は内部から破裂して、形を失って、消失した。


「《オルト・ポーラー》」

「っ」


 無詠唱氷属性六式魔術。

 アーカムは触腕で揺動した隙に、リリアルムの死角へまわりこみ、最大の魔力を圧縮した氷の貫通弾を撃ち放った。回避は間に合わない。


 リリアルムは最後まで身をひねりながら、手をかざし血を分厚く展開し、硬化術で不破の盾をつくりだした。

 1,000年の伝説で語られる絶対防御と名高い”リリアルムの血盾”である。

 かつてこれを破った者は存在しない。


(ずっと昔、時の剣聖に天穿を撃たれた時もこれで防いでみせた)


 混沌の魔力が凝縮された血盾。

 挑むのは氷の魔法によって、造られた氷魔弾。

 ぶつかる。━━━━ガギャンッッッ!!!

 硬質な炸裂音。悲鳴にも似た高音が響いた。

 火花が散り、白氷の破片と真紅の破片が入り乱れ飛ぶ。

 血盾に穴が空き、氷魔弾が抜ける。

 リリアルムの胸を抜けていく衝撃波、絶滅指導者の胸に風穴が空いた。


 ”アーカム・アルドレアの氷魔弾”は、”リリアルムの血盾”を無慈悲に穿った。

 伝承に現実が追いつき、伝説が更新されたのである。

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