三度、相対する

 アーカムは皇帝の手から刀を引き抜く。

 『真実まこと』と刻まれたその刀剣はずっしり重たく手に馴染む。


(およそ帝国の歴史に名を連ねる神刀だが……これでさっきの見えざる剣を振るったとすれば脅威だ。不信な帝国に置いておけば、今度はあの剣が狩人協会へ向くことになる。回収しておいて然るべきか)


 剣を収納空間にしまう。代わりに注射器をとりだし自身へ処方した。

 協会製の回復薬はすばやく作用し、痛みとともに急速な治癒をもたらす。


 応急処置を済ませ、アーカムは空を泳ぐ鯨へ手を向ける。

 魔力獣の術式を組み込んだ半自律型の空飛ぶ水たまりは、瞬く間に霧散していき、アーカムの手元へ。水は、水の魔力に還元され、さらに色を持たない純魔力まで還元されてどんどん彼のなかへ戻っていく。


 還元術。自身が使用した魔術によっておよぼした現象の手順を反転させることで、放った魔力を回収する高等技術だ。使用した魔力量全てを回収することはできないが、こうすることで幾らかを取り戻すことができるのだ。アーカムが遊学の最中に手に入れた能力のひとつである。


 南の城壁へ見やる。

 距離を計算にいれ滑空を考える。可能な限り魔力を節約するためだ。


 ふと、背後に気配を感じた。

 肩を落とし、そっと振りかえった。


 帝城の屋根に咲いた氷結の天花。

 そのそばに可憐な少女がたたずんでいた。

 紅色の瞳と濡れたような艶やかな赤髪。退廃的なドレスには、ひらひらした白いレースで出来た上品なジャボを着けており、豊かな胸元を彩っている。貴族社会の人間なのだろう。しかし、時代錯誤だ。古さを感じる。

 外側から羽織る黒い外套は、分厚そうに見える。品のあるスリットの入ったスカートからのぞく白い足はなまめかしく、ブーツは前を紐でしばるタイプのもの。

  

 アーカムはこれまで2体の絶滅指導者に出会った。

 その経験に照らし合わせれば、目前の年齢不詳の吸血鬼が、古い時代から変わらぬ格好をしているのだろうことが想像できた。その点は狩人と変わらない。


「皇帝さん、死んでしまわれたの」

 

 少女は物言わぬ遺体へそっと手を触れながら、悲しげにそう零した。 


「死んだ剣聖。そして、あなたはどちらさま」

「……」

「無愛想な狩人。みんなそうだけどね」


 少女は物悲しげに皇帝の凍りついた遺体を撫でる。


「ねえ、たまには戦わずに物事を解決してみないかしら。あなたずいぶんとひどい怪我をしているようだし」

「気にする必要はない。たいしたことはない」

「強がっちゃって。意地っ張りなのね。でも、だとすると死ぬほかないけれど」

「いつだってそうだ。狩人と怪物。人と吸血鬼。どちらかが死ぬ」


 屋根のうえを歩く。絶滅指導者を中心に据えて円を描くように。さりげなく距離をとるのが目的だ。


「この魔術の威力。それと帝都を訪れている旅人。候補は少ないよ。だから知ってるの。みんなあなたのことが大嫌い。狩人協会のアーカム・アルドレア」


 絶滅指導者は見透かしたような笑顔を浮かべた。

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