真実の一太刀
完全なタイミング、完全な反撃。
(氷魔術……これほどの使い手、そうか、おまえは━━)
剣聖は濃密な死の予感を覚えていた。
天穿で外部へウチはなった鎧圧の塊槍を手元に戻す。
すべてを戻すのは叶わない。眼前の狩人の恐るべき魔法の応酬から逃れることはすでに不可能だ。ゆえに圧を槍の総圧量の4割だけを回収して放つのだ。剣聖がたどり着いた究極の剣を。
ガーランディア・アガサ・ライラス・ゴブレット・アルヴェストン。
60年間、ひたすらに戦い続け、練りあげた、帝国と人の未来を願った。
指導者でありながら、生粋の武人であった。天賦の才を持っていた彼は、ともに修行した仲間たちを差し置いて、齢39歳にして剣聖流六段に至り、先代剣聖に引退をいい渡すとともに、当代の剣聖となったのだ。
剣聖に受け継がれる神器級の刀の名は『
剣の神と謳われた人類史上最強とされる伝説、ゲオニエス帝国二代皇帝アガサ・アルヴェストンが扱ったとされる刀である。そこに最終奥義は宿っている。
真に剣の道を極めれば、一時、伝説の力を扱えるとされた。
しかし、それは神域の業だ。人間の身でふるえば最後、命はない。
すなわち剣聖流の到達点。ゴールたる最終奥義である。
眉唾ではある。歴史が重なるにつれ、尾鰭はつくものだ。
1,000年も昔の人間の伝承など定かではない。
現に歴代の剣聖たちのなかでも、『
だから、みんな古い言い伝えだとばかり思っていた。
しかし、ガーランディアは違った。
理解していた。最終奥義は存在すると。
扱えなかったのは誰も資格がなかったからだと。
天才であり、生涯を剣の道に捧げたから、彼は資格を持っていた。
神域の片鱗を知っていた。それに手をかけるおこがましさを知っていた。
超越的な魔法使いとの戦いの高揚が剣聖に今生最大の集中力を与えた。視界全てが白に凍りつく刹那に挟み込む━━初めてにして最後の剣を。
(ここがわしの剣の終わり)
最後の瞬間、剣聖の心は穏やかであった。
これまでは命を捨てるわけにはいかなかった。
だから自分には資格があるとしても試す気にはならなかった。
しかし、終わるというのならば試さない道理がない。誰よりも剣に没頭したガーランディアこそが誰よりも”剣の到達点”を見たかったのだから。
ガーランディアは奥義に身を委ねた。
刹那、身体を引き裂く熱が駆けた。
その感覚は継承されてきた神の剣『真実』に宿る遥か古い記憶である。
乾いた記憶に、ガーランディアは全身の血液を注ぎ、ただ一時、そこに潤いをもたらし、本当の色合いを取り戻させたのだ。
命を捧げることでのみ、剣の最初の持ち主がいた”境地”を体感できる。
その瞬間だけ、ガーランディアは剣の到達点を垣間見ることができた。
ゆえに世界の広さを知った。
ああ、そうか、わしはまだ始まりにいたのだ。
60年掛けて、ひたすらに研鑽を積んでなお遥か遠い。
はは、ははははは、よかった、ありがとう『真実』よ。
これほどまでに真の究極は遠かったのだと、わかれた。
万雷の感謝とともに皇帝はただ一太刀だけ剣の終わりを使う。
真実の一太刀は正しく無双の剣であった。
その性質は完全無欠。
無限にして、無軌道。
無窮にして、無垢。
無双にして、無雑。
剣術の極みでは、もはや物質としての剣は必要なくなる。
己の意志で斬るのだ。意志を体現するのは一次元上の剣気圧だ。剣を握り、敵を斬る。その一連の所作を意志の太刀のみで振るうことで、あらゆる角度から、あらゆる距離から、あらゆる強さで、あらゆる速さで、対象へ防御不可能な斬撃を浴びせることが可能になる。
それこそが、
剣聖流剣術最終奥義『
アーカムの魔法が帝城のすべてを覆い尽くそうとした瞬間、彼は第六感による危機を察知した。不可避して、不可視の斬撃が、自分の頭のてっぺんから胴体を両断するビジョンを獲得した。斬撃は見えない。
(なんだこれは)
疑問を抱く暇のなく、直感の赴くままに回避行動をとった。
わずかに遅れる。それは夜空の瞳で見えていない分の差であった。
アーカムは絶えず皇帝の挙動を見ており、だからこそ天穿の際は刺突攻撃のモーションを見ていた。そのうえで伸びてくる槍を直感で知り、目で見て回避した。
今度のものは違う。
前兆のない攻撃が、目前にすでに迫っている。
身をひねり、回避、見えざる斬撃が左腕の付け根上から侵入。
ぐしゃり。鮮血が飛び散る。
斬られたマナスーツの装甲を、ぼたぼたと血が滴る。
かろうじて回避に成功した。しかし、傷は深かった。
アーカムは視線を前へ向ける。パキパキ……ィ。凍りつく帝城の屋根の真ん中、氷の魔力を集中させた地点に白い結晶山ができている。
凍りついた結晶から半身を晒し、白い息を吐くガーランディア。
灰色の眼差しが、歩み寄るアーカムを捉える。
「見事じゃ……狩人…………いや、アーカム、アルドレアと呼ぶべきか、のう」
正体を悟られたことに、アーカムは特段驚きは示さなかった。
「わしが、敗れるか」
「ここで終わりだ。あんたの道は」
「あぁ、そのようじゃ……━━━のう、狩人」
かすれた声がざらざらとした呼吸とともに漏れる。
「…………………おぬしに託すぞ、人の世を」
皇帝はそれを最後の言葉とした。
浅い呼吸はやがて完全に止まった。
凍りついた大屋根に雨の音がざあざあと響き渡っていた。
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