第45代ゲオニエス皇帝、剣聖、戦争卿ガーランディア・アガサ・ライラス・ゴブレッド・アルヴェストン
アーカムはウェイリアスの杖と、フェニーチェの杖に手をかざし、周囲に6本の火と水の浮遊剣をつくりだす。
ガーランディアは目を細める。
(剣の魔術、持続の型……こやつ相当の使い手か)
両者は間合いを測りながら、みつめあい、一定の距離を保ってゆっくりと屋根のうえを水平に移動する。
先に動いたのはアーカムだった。
右手はぶらりと下ろし、左手をゆったりウェイリアスの杖に置いた姿勢。
炎の剣が勢いよく射出される。ガーランディアの刀は簡単に弾く。剣は夜空へ飛んでいき、しかし、すぐに静止して、ふわりふわりとあたりを泳ぎ始める。
すぐのち剣は背後からガーランドを狙って振られた。視界外からの斬撃に、静かな動きで反応し、かわした。
(術者から離れても霧散しない……ただの持続の型ではない。そしてあの燃える炎、こちらの鎧圧を焼く魔力か。独自の魔術式を組んであるのう)
ガーランディアは眼前の敵の評価を一段階修正する。
アーカムはリラックスしたままの姿勢で縦横無尽に火と水の浮遊剣を泳がせる。
皇帝は巧みに剣を繰り、浮遊剣を弾き、時に渾身の力で切断し対応。堂々たる歩きで、アーカムの剣の包囲のなかを進む。ひとつひとつ太刀筋を確かめながら、複雑に絡まった毛糸の塊をいっぽんいっぽんほどくように。
剣聖ガーランドは若き日より、剣を学び、力を示してきた。
卓越した才能は剣だけにとどまらず、計略、魔術、策など、戦術、戦略レベルにまで及び、およそ戦に関わる物事にだれよりも精通するに至った。
魔術は使えなかったが、敵として知るために学は持っていた。どんな魔術が世の中に存在し、それらがどのように運用されるのか知っていた。
だから、ガーランディアは剣を弾くたびに、浮遊剣たちが見せる挙動に、尊敬をいだいた。その術者である目の前の若き狩人への賞賛である。
浮遊剣の攻撃は単一的じゃなかったのだ。
剣は斬撃、刺突すべてが独創的であった。
帝国の伝統的な魔術である、剣の魔術、それについて一際造詣の深いガーランディアは、通常、持続の型で放たれる浮遊権がそのように複数の攻撃パターンを持つことは難しいと知っていた。
ガーランディアの知るホブウィット大帝国神秘学院の最も達者な剣の魔術使いでも、せいぜい4パターン。刺突、縦切り、横切り、斜め切り。
対する狩人はどうだ。無限である。攻撃がパターン化されていない。
(自然すぎる太刀筋だ。魔術式で動かしている定型じゃない……だからこそムラはあるが)
おおきな疑問を抱きながらも、浮遊剣に対応し、おおよその太刀の速さを覚え、斬り込む呼吸を知り、「あいわかった」と一足で懐まで踏みこんだ。すべての剣の包囲を神速のすり足で突破してしまう。動きの予備動作などない。
踏み込み、片手で刀を斬り上げる。
皇帝の小手調べの剣。
しかし、それは眼前の狩人に無礼すぎる。
アーカムはすでに直感のサポートを受けながらの戦闘へ移行済みだ。魔力消費すらいとわない。そこに燃費を気にする守銭奴はいない。彼は世界最強の剣士”剣聖”ガーランディア皇帝を露ほども侮っていないのだから。
絶滅指導者の動きすらとらえる最大の動体視力。最新マナスーツの狩猟モード。世界最強の魔術。無詠唱。超直感。━━すでにアーカムは強さは、この世界の強者どもの基軸からすらも逸脱した領域に到達しているのである。
皇帝の剣をアーカムは後退して回避。
二振り、三振りとつづく攻撃のセットを避け切る。
(良い目をしている。見えておるか)
剣聖の太刀筋をことごとく見切り回避する魔術師。
ありえないことが起きている。
(異常、異端、特殊、例外……そううたわれる者どもを斬って斬って斬って、斬り伏せてきた)
「カカッ、良い!」
剣聖は愉快げに顔の皺を深める。
剣気圧が膨れ、すぐにちいさくなった。
増した体積分を圧縮し、纏う圧密度を高まる。
速力が増す。
アーカムは目を見張る。
一太刀、二太刀、素早い連斬。
アーカムは一太刀目をかろうじてかわし「リスクあり」と判断し、収納空間からいつでも取り出せるように準備していたアマゾディアを瞬間的に抜剣、二太刀目を剣で受け流す。
やるな、と賞賛をくれてやるガーランディア。
(剣聖流剣術六ノ型・剣聖一文字)
剣聖の一文字。夜空と遠くの山脈、その境界線を切り離すかのごとき剣を、アーカムはアマゾディアを縦にして受けとめようとし、やめた。
(違う。影縫いか)
影縫い。高等剣術のひとつ。
剣で受けようとした瞬間、刀を握る手元でスナップを効かせる。ガードモーションを取った時にはすでに術中だ。一瞬だけ軌道が変化し、縫うように入り込んでくる刃を避けることはできない。知らねば、確実に一太刀を浴びせられてしまう必殺の剣である。
アーカムは影縫い剣を知っていた。
狩人流剣術はあらゆる手練手管を組み込んだ超実践剣術だ。
狩人流はまずは知ることからはじまる。敵を知るのだ。
修めていなくとも技術の多くをアーカムは知っている。
(狩猟モードを使ってなお、運動能力において俺を上回っている。おそろしいじいさんだ。魔術で応戦するしかない。これ以上、せっつかれたくない)
剣聖の太刀筋が影縫いのモーションに入る前、水平に振り抜こうとした瞬間、アーカムはウェイリアスの中杖を握る手にわずかに力を込める。放つ魔術は無詠唱水属性四式魔術。体内をめぐる純魔力を練りあげ、水の魔力を生成し、前方へむかって一気に放水。推定70万リットルの純水があふれだす。
(この速さッ)
数々の異端と例外を知るガーランディアをして、初めての敵であった。
溢れ出した水がガーランディアとアーカムの間を埋め尽くす。ほとんど爆発のような衝撃であった。反動はアーカム側にも当然のように訪れた。
巨大な天守閣の屋根を大量の水流に押し流され、転がる、転がる、転がる。
「この水量をゼロから生み出したというのか……!」
両者は屋根の端と端まで押し流され、そこまできてようやく体勢を安定させることに成功する。
皇帝はそっと水を踏みながらたちあがる。口元は驚きを隠せず、ぽかんっと開いていた。
対する狩人は左手を腰の杖に乗せたまま、右手を前へつきだし、ゆっくりと動かしていた。オーケストラの指揮者がごとく、滑らかで流麗な所作だ。
天守閣を濡らした膨大な水たち。それらは屋根を伝ってこぼれることなく、重力に反抗し、宙を漂いはじめる。無詠唱水属性五式魔術によって操作される、アーカムの水流操作は、まるで巨大な流体の鯨のようだった。小心者ならばその場でかじずき許しさえこうだろう。
雨が降ってきた。先刻、アーカムが発動していた雲を操作するさいにつかった完全詠唱水属性五式魔術が作用したのだ。
天がこぼした滂沱の涙は、アーカムの指揮に従って、天守閣屋根を漂う水魔術の湖に合流しようと、小魚のように空を泳ぐ。使用できる水量を刻々と増加させながら、アーカムはその両眼につけていたコンタクトレンズをそっと外した。赤いコンタクトレンズは、彼の元々の瞳の色合いと模様を模したものだ。魔眼の力を抑制し、目の疲労をおさえ、消費を抑え、また特徴的すぎる目の模様を隠すことで、身バレを防ぐ効果があった。
しかし、枷をかけたまま戦うには、危険な相手だと判断した。
皇帝は息を呑んだ。狩人の両の目がもつ、深淵なる星空のごとき輝きにおもわず魅入ったのだ。魔眼の類なことは察しがついた。だが、かつて感じたことのない力を感じた。摂理にさえ干渉する強大なうねりの引力がそこにあった。
「カカ、つくづく面白い。血が沸く」
全方位を膨大の水に覆われてなお、ガーランドは口元を好奇に歪めた。
アーカムは感情のない顔つきになった。それはリラックスしたような、あるいは物悲しさすら感じるものだった。
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