真実に人の世の行く末を考える

「慣れぬ気配があると思ってきてみれば、とんだ珍客があったものだ」

「……」

「返事もなしか。無愛想なやつじゃ」


 まずいことになった。

 ”戦争卿”本人が気まぐれに屋根にあがってくるなんて。

 

「はぁ……今日はひどい日です」

「喋れたか。若いの」


 戦争卿は冷えた刃のように青白い眼光をしていた。油断などない。いつだって斬ってやろう。そう言っている風に思えた。


「して、どうひどい」

「なにもかもです、皇帝陛下。このような場でお会いすることになったこと。この不幸をどう申し上げればよいか」

「はは、悲観しているな。わしがお前たちへ斬りかかると確信している。その結果として衝突し、どちらかが死に絶える」


 老人はニヤリと愉快げに笑い、すぐに「カッカッカ」と高笑いをした。

 痛快で、おかしくてたまらないとでも言うような気持ちの良い笑いだ。


「狩人、お前たちがなにしに来たのかはわかる。コソコソと都までごくろうなことじゃのう」

「……あなたたちのやっていることは忌むべきことだ。到底許される行為ではない」


 皇帝は深い皺を顔にうかべ笑む。肯定と捉えていいだろう。

 直感を起動させる。どこまでの繋がりを見破れるのか。

 

「それだけじゃない。先の魔法王国での一件。あれも帝国の暗躍があった。絶滅指導者と結託し、陰ながらポロスコフィンを支援し、魔法王国を侵略しようとしたのでしょう」


(まだだ、アルドレア家が怪物派遣公社に露見してしまったのも、彼らに根本原因がある。吸血鬼にはない異常な人物捜査能力。わずか1年で謎のアルドレア家に辿り着く力。人間社会で自由に動ける必要がある。裏付けるように、バンザイデスでの騒動のあと、被災地で特質な才能、戦力があの時いないかを調査していた人間たちがいたという。1年前から本格的に絶滅指導者・怪物派遣公社周辺を詰めていく過程で、発覚した事実だ)


「さて、どうだかのう」


 とぼけやがって、腹が立つが……しかし、いい機会だ。最大の証拠人が目の前にいるなかで、会話をすれば直感の足がかりであるエビデンスを獲得し放題じゃないか。期せずして訪れた邂逅、最大限使わせてもらおう。


「闇の魔術師に厄災たちの結社、絶滅指導者まで。倒すべき秩序の破壊者たちと仲良くしてなにを目的としているのです」

「視野が広い。聡明じゃのう、狩人。帝都への潜入、危険度の高い役目を任されるだけあって只者ではないと見える」


 思案げな顔をして、ふと問いを投げてきた。池に小石を投げ入れるような思いついたような態度で。


「狩人、お前は真実に人の世の行く末を考えたことがあるか」


 俺はすぐに答えることができた。


「ええ、いつだって」


 俺はまだ指導者ではない。その地位にはない。

 だが、いつだって俺の脳裏には世界規模での未来がある。

 超巨大企業によって支配された超常的な科学溢れるあの世界から来たからこそ、いつだって2つの世界を比べている。傲慢かもしれないが、俺は俺自身を世界を根本から変えることのできる存在だと思っている。この2年間で、その思いはより強くなり、同時に俺が導かなければいけないという思いも増している。


 だから、俺は戦争卿の問いに答えることができる。

 

「ほう。真実の瞳だ。嘘をついておらん。一介の狩人ではなさそうじゃのう」


 戦争卿は意外そうに眉根をあげる。


「ならば理解できるかもしれない。語るだけ無駄と思っておったが」

「なにを語ろうと理解できるはずがない。この重大な反逆を」

「反逆じゃと? 皇帝へ向かっていう言葉か。傲慢な狩人だ。そういうところは嫌いじゃのう。人間国は正義を気取り、他国に対してそうやって接する。帝国はヨルプウィストより遥かに堅牢な人に、物に、文明に、文化に、国土さえもっているというのに」

「国も、王も、人類という種の下位概念だ。俺たち狩人はヨルプウィスト人間国に仕えてはいない。より大きな、遥かに大きな意味のためにある」

「ご立派な思想じゃ」


 皇帝は小馬鹿にしたように「カカっ!」と高笑いする。


「ここには公社の悪魔も、吸血鬼もいない」

「……」

「怪物骨格移植術。怪物の力を手に入れる魔術じゃ。すばらしいとは思わぬか。あの術が完成すれば人類の長い夜は明ける。厄災たちとの戦いを鎮火させることができる」

「進化論者を支援していたのは、人の世のためだと」

「当然じゃろう。わしは長じゃ、民と国の繁栄を願い、日々食うメシに困らぬようにするためにある、それがわしの望みじゃ」

「だったらなんで」

「理想論では成し遂げられん。怪物たちの隆盛。それは何を意味するのか、おぬしにわかるか、狩人」

「……怪物派遣公社が組織的な動きをみせているせいだ」

「違う。公社の悪魔どもなぞ、象牙連盟に比べれば、ちっぽけな存在じゃ。脅威でもなんでもない。いつでも斬れる」


 象牙連盟。悪魔たちの大組織。別の世界の呼び名。

 怪物派遣公社を運営するものたちは、象牙連盟には所属していない、異端の悪魔である。


「公社も、吸血鬼も、用が済めば斬り捨てるまでよ」


 声は真剣そのものだ。皇帝は微塵も躊躇なく、協力者である厄災たちを滅ぼすつもりでいる。


「だが、まだ時期尚早、いまはやつらの力が必要じゃ。狩人協会の支配体系を崩すまでの関係じゃ」


 狩人協会を倒すために手を組んでいるだと?


「馬鹿な、我々は敵ではない」

「狩人協会ではだめだ。わしの、いいや、このゲオニエス帝国の旗下で、人は足並みを揃える必要がある。どの国も生ぬるいからのう。いずれすべての国を旗下にいれ、天下を統一し、そうして帝国の世界が完成して、ようやくわしらはひとつの種となれる」

「世界征服でもするつもりか」

「そうだとも。世界征服じゃ」

「なにを馬鹿げたことを言ってるんだ、なんでそんなこと」


 皇帝はどこを見ている?


『吸血鬼の王のことを言っているのかもしれないな』


 直感のささやき。吸血鬼の王。

 そうか。そこだったのか、彼が見据えているのは。


「血族どもの王のことか」

「ほう……博識じゃ。そうともさ、あれが地上に戻って来れば、この大陸での人類の時代は終わりを迎える」


 皇帝の目線はずっと遠くを見ていた。

 俺たち狩人協会の最大の敵、吸血鬼の王。

 滅ぼすことのできない存在。いずれ戻ってくることがわかっている最大の危機。さまざまな文献と過去の記録から推測されるに、この100年以内に帰ってくるとされている絶滅指導者たちの統治者だ。


「危機がくるとわかっているのになんじゃ、人の世は? 国々が乱立し、力無き指導者たちが民を牽引している。ぬるい。ぬるすぎる。なにも見えてない。いまは平和な時代かもしれぬ。しかし、平和とは戦と戦の間にある束の間の休息よ。永遠につづくなどありえない。戦が終われば、次の戦の準備をする。そんなあたりまえのことさえ、忘れてしまった、これを衰退と呼ばずしてなんという」

「平和こそ俺たちが、人が勝ち取るべきもっとも尊い繁栄だ。混沌と緊張のなかで人間は本当の幸せを手に入れることはできない」

「だから、殺されるのじゃ、魔法王国がそうじゃっただろう。バンザイデスでの悲劇を知らないか。銀の武器をそなえず、怪物の脅威を忘れた。結果、経済と戦略の要であった鍛治と要塞の街を失った。だから3年と経たずして戦が起きた」

「あの動乱は帝国の差し金だ」

「環境をつくりだしたのは誰じゃ。狩人協会だろう。夜の闇のなか、一体どれだけの英雄が死んだ。平和を維持するために、強者への感謝を忘れた愚かな民をどれだけ作り出した。たしかに平和には見える。しかし、目を夜闇へ向けろ。厄災どもは入り込んでいる。見ないふりをするな。思い出させねばならない。戦こそ、人の営みの中心になければならぬ」


 ガーランドは拳を振り上げるように力強い言葉で語る。


「忘れるな、戦に勝つから平穏があるのだ。平和は勝手に湧いてこない。おぬしたちが一番よくわかっているだろう、のう、狩人よ」


 俺は言葉をすぐに返すことはできなかった。

 皇帝は原始的な原理原則を前提に話をしている。

 それはとてもシンプルな論理であり、だからこそ正しい。

 俺も頭では理解できていた。だが、それを納得するわけにはいかない。


「永遠はなくとも、限りある平穏を守る。そのために血を流すことは無意味じゃない。戦争のなかで生き続けろなど、強者の理論だ。だれもそんなもの望んでない」

「望みなぞ関係ない。優しさで指導者が務まるか。恨まれようと、憎まれようと、呪われようと、必要か否かを見極めるまでよ」


 種の導き手、国の導き手。

 上にたつ者の考え方か。


「のう、狩人、おぬしなかなかに見応えがある。我が旗下にくだれ」


 とんでもないじいさんだ。

 こんなところでスカウトとはな。


「断る」

「カカッ、フラれたか」

「道理があるはずだ。ましてや闇の魔術に傾倒し、民を冒涜の犠牲にするなんて、協会は……いや、俺はこんなやり方を認めないし、許さない、これでは救われない」

「ぬるいのう、おぬしも。それともぬるいフリしているのか。自分だけはマトモだとでも言いたげだ」

「……」

「まあよい。国家の為政者も、剣王ノ会の守護者も、協会の狩人も、なにかにしがみつかねばやっていられん。怪物骨格移植術、夢の魔術じゃ。現段階ではまだ成功率は豆粒ほどじゃが、いずれは1,000人に1人が英雄の力を手に入れる時代がやってくる。どんな愚鈍な人間も、狩人に、いや、それ以上の水準の戦士になる。他方、今はどうじゃ、吸血鬼に殺される凡庸な狩人を育成するのにどれだけ才能を厳選する」


 人工的な英雄生成……才能に頼らない兵力の確保。

 それが怪物骨格移植術の真の目的か。


「厄災の怪物どもを見ろ。皆、生まれた瞬間から戦士だ。こんなちいさな子供でさえ、たったひとりで大の大人の騎士どもを肉塊にかえれるぞ。わしら人間と厄災の怪物どもでは土俵がちがう」

「当たり前だ、だが、これまで犠牲をだそうとも意味を繋いできた」

「いずれ限界がくると言っているのじゃ。そしてその限界は近い。ぬるい戦ではだめだ。必要なのは”終わらせる戦”。だから、怪物骨格移植術が必要だ」

「呪われた技術を完成させるために、どれだけの尸を築くつもりだ。いや、完成したあとだってそうだ1,000人に1人と言ったな。怪物骨格移植術に適合できなかった人間はどうなる」

「肉塊に成り果て、尊厳を失う。あの下水の研究局を見たのなら、おぬしは見てきただろう」

「だから、たったひとりの適合者のためにどれだけの人間を殺すつもりだって言ってるんだ!」

「━━いくらでも、かのう」


 イカれてる。999人の人間を尊厳もなにもかも失わせることを厭わないのか。


「怪物が人間の技術を手に入れられないのはなんでだと思う」

「……」

「人狼も吸血鬼も悪魔も、月の子供たち、大陸の魔人、遺跡の守り人、あげたらキリがないが、おおよそ人間の技を修められそうな者たちは多い。だが、多くは人の剣など、魔術など使わぬ」


 人間の技をつかう怪物。

 生物レベルでの強度が違う厄災の怪物どもが、もし狩人と同じだけの技量を身につけたら……人間の勝てる道理はなくなる。


「異端だからじゃ。くだらぬ理由じゃろう? 真に強くなりたくばどんな異端の力も従える。我が先祖はそうして帝国を繁栄に導いたという。人間にはできる。技術を用いた忍耐力の修練と怪物の肉体強度をあわせもつことができるはずだ。現に狩人協会も似たようなことを何百年も前から試していたそうじゃのう」


 耳の痛い話だが、おそらく正しいのだろう。

 狩人協会の歴史をすべて知ってるわけじゃない。

 なにせおおきく、古い組織だ。そして強大だ。

 恐ろしい実験だって、たくさんしただろうし、闇に葬られ事実も数えたらキリがないだろう。その葬られた事実のなかに、怪物の力を人間に取り込む試みがあったことは明らかだ。


 アンナ・エースカロリ。

 彼女の不死身の力は、吸血鬼由来のものなのだから。

 少なくともエースカロリ家の歴史のなかに冒涜の試みがあったのは明白だ。

 

「だが、もう違う。その探求の先に未来はないと協会は気づいている」

「支援者からの道徳的批判に諦めざるを得なかっただけじゃ。その意味では、ある程度はマトモだったのじゃろう。だがマトモぶってるようでは、人の敵を滅ぼすことはできん」

「帝国がその探究を引き継いで、怪物人間を量産すると」

「そうじゃ。それが必要なのだ。……帝国内の統計において、剣王ノ会に所属できる守護者が生まれる可能性、いくつか知っているか」

「……」

「おおよそ2,000人に1人だそうじゃ。各々、村で一番腕っ節のある者を集めて、そのなかからひとりだけが帝国剣王ノ会に所属できる器になる。これで足りるか? 否。足りるわけがない。厄災と戦い、勝利を収める確率は4割。負ければ、守る者だけが増えていき、各々、隊士のひとりあたりの負担が増える。これはおおよそ狩人協会もにたようなものじゃろう」


 1,000年前、現在の列強国が一斉に誕生した時代、人類の時代宣言がなされた。

 人類はその時から数を大量に増やした。意図的に。狩人協会の方針だった。もちろん、文明文化の発展、社会の安定、そうしたものから自然と繁栄した側面もある。だが、確実に言える。狩人協会は人間法をつくり『奴隷取引に関する法』をつかい、子をつくらせ、売らせた。当時の世界で子供は、民たちの2年半分の生活資金になった。そういう風に経済を調整した。


 狩人協会は人類の絶対数が増えれば、そこから英雄レベルの才能が産まれてくる数も必然的に増えると信じていた。やがて組織内からの批判的な意見が増えてきたので、方針は変わり、教育方法を工夫し、狩人の学校をつくることで、腕に自信のある者なら狩人になれるようにした。もっとそうした動きに切り替わったのは過去数十年での話らしいが。


 そうやって年月をかけて、人類の数を増やしたり、教育を充実させたり、武器を鍛えたり、工夫して、ようやく2,000人に1人くらいは狩人になれるだろう現代の環境ができあがった。


「だが、わしらは守るものが多すぎる。おぬしもそう思うじゃろう、狩人」

「……」

「怪物骨格移植術ならば、守る数を減らしつつ、現代の狩人や守護者たちの水準より上の兵を揃えることができる」

「愚かにもほどがある……種の存続を願うのに滅びの道をいく意味はない」

「愚かなのはどちらじゃ。協会が意図的に増やしすぎたから、人間法で奴隷取引を廃止して、いま減らそうとしているのではないか。帝国は理想論や、甘えの道を選ばない。その意味では、わしら帝国が、狩人協会の人道に反した失敗を禊いでやっているのがわからんのか」

「人の心はないのか」

「カカ! 狩人にそれを言われるとはな!」


 皇帝は愉快に高笑いをあげた。


「ああ、本当に青臭い。見えぬわけではなかろう。おぬしも血に塗れておるではないか。守るとは、殺すということ。わかっているはずじゃ。心で種が守れぬ」

「いいや、違う。あんたはわかってない。その先に未来はない」


 技術を発展させる。「科学に犠牲はつきものだ」と。

 それを否定することは俺にはできない。俺は科学者だったから。犠牲を積み上げた先にある科学を学んで、発展させてきたのだから。


 だが、犠牲を厭わない進化の先に人はいないのだ。

 科学の発展。時代の進歩、それは素晴らしいことであり、同時に破滅への道だ。人間性は失われていく。人々が便利で幸せな世界を手に入れるつもりで一生懸命に積み上げた先で、人類の大半が不要になり、最初の目的を忘れてしまう。


 22世紀の世界、イセカイテックをはじめとした超巨大企業の台頭によって、国家は形骸化し、人は進化こそが自分達を幸せにすると信じながら、地獄のなかに突き進んでいった。ディストピア。あれだけSF小説で語られてきた人の心なき人の社会を回避できなかった。


 俺は思う。

 犠牲を仕方がないとしたからだ。

 すべての始まりはそこだ。


 探究心を抑えられず、科学の発展、技術の発展はすべからく良いはずだと信じた。それは宗教となんら変わりない。重力の秘密を解き明かす。天気を掌握する。命を作り出す。産まれてきた子供の才能を選ぶ、顔を選ぶ。人工知能に創作をさせる。火星や月に住居を作る。超能力を行使する。そうしたものがどうして必ず良いものだと、それを手に入れるために犠牲を忘れることができる。いいや、違う。人間は忘れることができるんだ。新しい余地を手に入れるためには。余地、可能性、あるいは希望、未来、未知……人間はそういうのが好きすぎる。


 極まった技術は宗教だ。

 余地は麻薬だ。行き着く先は地獄だ。

 探究に犠牲をよしとした瞬間から終わりは始まる。


「新暦を数えはじめたアーガ王国が滅んで2,000年。人の世は訪れど、いまだ怪物どもとの決着はつかず。それどこか逆転の兆しすら見える。狩人協会の思想、仕事、平和を維持するだけで精一杯なのでは”決着”を望めない。人類には代謝が必要なのだ。より激しく燃えるための組織革命、否、国家革命、否、人類革命!」

「……なるほど、あんたの考えはだいたいわかった」

「帝国には計画がある。思想がある。たしかな策も存在する。目指すべき場所は明らか。あとは選ぶだけじゃ。どれだけの犠牲をだそうとも意味をつなぐにはそれしかない」


 皇帝も選んだ。意味をつなぐために。


「狩人よ、我が軍門にくだれ」


 再びの問い。

 言葉を交わした分だけ、人間は相手のことを知る。

 俺は皇帝の苛烈さを理解させられた。

 だが、やはり、その道は俺のものじゃない。

 

「謹んでお断りする」

「わからぬか……」

「人が人の犠牲を望むべきじゃない。俺はその先の未来を望まない」

「臆病ゆえ、そのような結論に至る」

「違う、勇敢だからだ」

「……勇敢、か」


 ガーランド皇帝は思案げに顎髭をしごく。


「唯一の策というものは存在しない。いつだって手段は何通りかはあるものじゃ。個人がそれらすべてを自分の選択肢として抱えているかは別としてな。狩人よ、お前の言っている手段がいかなるものかはわからないが、少なくともそれはわしの思う手段とは違う。で、あるならば━━」


 皇帝はそっと立ち上がり、腰帯に差してあった刀に手を伸ばした。


「斬り結ぶほかない。人の世とはいつだってそうじゃ。考え考え、信じた結果、手に入れたいもの、得たもの、失ったもの……それらが複雑に絡み合って信念となる。信念ある者どうしは容易に溶け合うことはない」

「ああ、たしかに。皇帝、俺はあんたを否定はしない。拒絶するだけだ。その方法は受け入れられないと」

「なあに、わしもおぬしを否定はせん。同じじゃて。だから……」


 皇帝は黒ずんだ刀を鞘から抜き、片手でゆったり下段に構えた。


「強い方が信念を通し、次の世の正義となることにしよう」


 正義になりたくば勝つしかない。勝たなければ意味が繋がらない。

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