規格外

 アーカムの燃える浮遊剣はまっすぐ突き刺すように飛ぶ。

 守護者は浮遊剣を斬り払いのけようとする。失敗。燃える剣の突きは重たく、斬り払うには、腰を深く入れ渾身の剣圧をかけなければかなわない。


 ゆえに隊士のひとりは威力を流しきれずに、燃える剣に肩を深く突き刺され、壁に射止められた。


(12本、持続の型、かつ斬撃は重たい……なんて使い手だ)


 帝国剣王ノ会に席をもつ剣士だからその隅々まで異常さを理解できた。

 帝国の魔術師は剣の魔術を修めるさい、剣術について勉強をする。剣というものの理解度、解像度を高めることで魔力で作り出す剣の質を向上させることが目的だ。術理を知ることで、『持続の型』で魔力剣を振るう際に役に立つ。本物の剣の振り方を知らないのに、魔力の剣は扱えないのである。

 

 とはいえ、魔術師にとって剣術を学べというのは酷な話だ。

 多くが『持続の型』で剣の魔術を使うことをせず、『射出の型』でのみ魔力剣を行使するのだ。術の難易度としては『射出の型』の方が優しいからである。


 しかし、目前の狩人はどうだ。

 剣の理解度がありえない領域にある。

 全ての守護者が察していた。

 こいつは剣士でもあるのだろう、と。


(この狩人の練度、なんて領域だ……)


「剣が、!」


 隊士を壁に射止めた燃える剣が爆発した。

 沸騰した血と肉が砕け散った。


 高難易度の剣の魔術・持続の型を使いこなし、かつその剣を属性式魔術でエンチャントしている。

 ファーストセッションでアーカムの危険性を隊士たちは悟っていたが、だからと言って攻撃が止むわけではない。


 いかに目の前の狩人が想像を超える実力者であろうとも、それを恐れることはないのだ。隊士たちは皆、帝国騎士団での従軍を経て、厳しい訓練と科目をクリアし、見事に帝国剣王ノ会に選抜されたエリート中のエリートなのだ。

 

(ここは帝国の都、狩人にとっては敵地のど真ん中。この現場に限ってさえ、数の優勢はこちらにある。敵の能力も見えている。あとは詰めるだけだ)


 帝国剣王ノ会隊士らはアイコンタクトで攻撃の継続と自信を共有した。

 素早い機動力でアーカムを囲み、攻撃を仕掛ける。

 対するアーカムは腰に差してあるウェイリアスの中杖に左手を置き、右手にフェニーチェの短杖をだらり下げて持つ。やる気なさそうな姿勢。一見して戦闘中とは思えない程の空気感だが、こうしてリラックスして脱力することが、魔力操作だけに集中するには最適であるとアーカムは知っていた。特に術をすでに展開し終えたあとはいつもこうしてリラックスする。


(火は5本。水は6本。あいつとあいつは鎧圧が薄いな。常時展開の時点で装甲にムラが見える)


 展開済み武装の数を頭で数えながら、夜空の瞳で隊士たちの剣気圧の密度を眺め、相手の鎧圧貫通させるのにどれだけの魔力をこめて攻撃すればいいかを見極めていく。同時に剣気圧の濃さでおおよその力量に目星をつけておく。夜空の瞳で眺めた限り最大の注意をするべきは、眼帯をした桃色髪の少女だった。大きな鈍器を持っていることから剣圧に自信があるようにもアーカムには思えた。

 

 隊士たちは優れた連携で侵入者に相対した。

 しかし、狩人協会の中でさえ最強の魔術師とうたわれるアーカム・アルドレアの恐るべき高みを彼らは理解していなかった。


 隊士がアーカムの5m以内に近づこうとすれば、すぐさま水の剣が飛んでくる。水の剣は受ければ、それは形を変えて、重たい粘着質の液体に変化し、隊士をその場に固定した。アーカムは水に超高密度に魔力を込めることで、重たい粘土質━━鉛水なまりみずを作りだせることをこの2年間の魔術研究のなかで発見していた。ゆえに鉛水の浮遊剣の役割は、相手の移動能力を失わせることにあるのだ。


 隊士たちは間隙を縫って攻撃を通そうと、何度も接近を試みた。

 常に動き続ける鉛水の剣の防御はかたちを変え、広範囲をカバーする。

 殺すための裂炎の剣は攻撃は、刺されれば最期、爆発する。ずっしり受け止めてしまえば鍔迫り合いの最中に爆発されてしまう。


 隊士たちは鋼剣を相手するよりも繊細に対応しなければいけなかった。


 とはいえ、帝国剣王ノ会は精鋭のなかの精鋭だ。

 火と水の剣の挙動にムラがあることを見抜き、見切り、ついぞ桃髪の若年隊士メリルは得物の鈍器『ひねり潰し』を上段からアーカムの頭へ叩きつける機会を掴んだ。


「ていやああ!」


 アーカムはフェニーチェの短杖の先を向ける。火属性式魔術を扱うために、少し前に新調した杖だ。唱える《イルト・ファイナ》。

 杖先から火炎球が放たれ、メリルを焼き殺さんとする。彼女は振り上げたハンマーを短く振り下ろすことで火炎を武器で受けた。

 瞬間、メリルのハンマーがガバッと開いた。彼女の異質な鈍器の正体は、巨人の手首を魔術的に加工した呪いの武器だ。使い手の操作で、普段は握られている拳が、生きているかのように開かれる。同時に手首関節も稼働するので、最大で1mほど伸縮するのである。近接戦闘において、間合いに誤差を生じさせることは数字以上の致命的な破壊力を持つ。


(捕まえた!)


 メリルは得意にして、十八番の必殺技が決まる予感を得た。

 ただ白い歯を見せるには少し速かった。

 アーカムはこと理屈上は回避できないような攻撃にめっぽう強い。視界外から飛んでくる飛翔物、気配を完全に絶った暗殺者の一撃、初見殺し、そういったものには勝手にうずいてしまうのだ━━第六感が。


 アーカムはメリルの鈍器が巨人の腕であり、それが開くことを直前になって直感に知らされていた。知らされたからと言って誰でも適切なリアクションを起こせるわけではない。数々の死線を乗り越えてきたアーカムだからこそ、瞬間的に最適なリアクションを返せる。


 マナスーツは低燃費モードで着込んであった。狩猟モードへの移行はスムーズでタイムラグはない。アーカムは開かれた巨人の手をヒョイっと躱すと、杖を放り捨て、手刀でメリルの手首を攻撃、素早く破壊して、武装解除させた。


 2年間で最適化され、進化を遂げたマナスーツの狩猟モードは速さの次元をひとつ超えている。四段剣士ではその次元に追いつけない。

 アーカムは鳩尾と、胸部、喉仏と、鼻かしらの正中線へ高速で拳を突き刺し、メリルの首を掴んで、地面に叩きつけ、頭を上から力強く踏みつけた。空き缶を潰すようなダイナミックなストンピングだった。メリルの頭部は半ば地面に埋まり、それっきり動かなくなった。僅かにピクピクと震える手がアーカムへ伸びる。アーカムは最後に最大の力で踏みつける。硬質なマナニウム合金の靴底が、少女の頭部を潰した。


 アーカムは物言わなくなった遺体から、次の敵へ意識を移した。

 一度、剣の魔術から意識を離したために、防衛網は崩れ、次々と隊士たちが迫ってきていた。


 ━━しばらく後


「ぼは……っ、狩人……め……」

「……化け物か」


 荒れ果てた研究施設のなか、血みどろでボロボロの隊士たちは、壁に背をあずけかろうじて立っていた。意識があるのはわずか2名。残り7名は無力化され、そこらへんに伸びている。血の濃密な匂いと、粉塵の漂うなか、ただひとり優雅な足取りで塵を手ではらい、残った帝国の守護者たちへ歩み寄ってくる男がいる。


 アーカム・アルドレアだ。

 周囲に浮かぶ剣の本数は4本。

 最初に比べれな随分少なくなっていた。

 

「ごほ……ゲホ、ゲホ……まだ、ヒグラシ隊長が、いる……」


 アーカムは剣を撃ちだし、残る隊士たちの胸を貫いた。引き抜く。ひとりが生き絶え、もうひとりは逃げようとする。もうひとりも浮遊剣でトドメをさしておく。


 視線を横に向ける。壁の亀裂、向こうからふらふらした足取りで、男が転がりでてきた。ヒグラシだ。隊の長である。

 アンナによって蹴り飛ばされ、少し離れた場所で戦っていたはずだが……今や、立派な勲章のついた青色の隊服は破れ、ほつれ、くたびれて、血に染まっていた。

 彼のあとから梅色の髪を血に濡らしたアンナがてくてく歩いて出てくる。手には血に濡れた反りをもつ大刀・牙狩りが握られていた。

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