冒涜的探求
━━アーカムの視点
びしょ濡れになった闇の魔術師たちが動かなくなった。
高圧の水は無力化能力に優れる。公にはアーカム・アルドレアが使えないとされている属性だ。風の方が得意だが足取りがつくので使わない。
「大丈夫そう」
アンナは周囲を見渡して、一定の安全を確保した。
俺は涙目で見上げてくる銀髪の少女へ向き直る。
「どうするの、それ」
「対処法を考えます。20秒ください」
「勘と相談するんだね」
「ええ」
調査任務である以上、情報を持ち帰ることが最重要だ。
俺たちは十分な成果を得た。ホブウィットの地下に確実に冒涜的探求をおこなっていた証拠を掴んだ。ここで引き上げてもいい。……だが、それはできない。
この恐るべき所業を見逃せというのか?
「みんな、みんな死んじゃう……」
少女は俺の袖を掴んで涙声を漏らす。
「ここは、すごく、暗くて、湿っていて、怖い場所なの……っ、お願いです、助けて、ください……」
さっきの会話、途中から聞いていた。
こいつらが進化論者で間違いない。
エビデンスは十分だ。直感で検索をかけ、状況をより詳細に知ろう。
『この女の子の名前はジーヴァル・フェリス、さっき吹っ飛ばした進化論者のなかに父親がいたかもしれない! 人体に怪物の脊髄と臓器を外科的手術で移植することで怪物の力を人間に移植するG式怪物骨格移植の唯一の生存者かもな!』
直感くんから目の前の少女の証拠的な有用性を確認した。
この少女を保護することには意味がある。
「怪物骨格移植に関するより詳細な情報」
『ここを洗えば手に入る情報な気がする、でも、ここで知りたいのなら察せなくもない気がする!』
「丁寧にどうも。調査を進めましょう」
少女ジーヴァルへ杖先を向け、意識を奪う。簡易な催眠魔術だ。
ゆっくりと抱っこする。片腕が塞がる仕方ない。マナスーツを低燃費モードで着込んでいるので子供程度の重量なら苦でもない。
さらなる調査をするべきか、それともこの動かぬ証拠である少女を連れて引き上げ、満足するか……考えていると、バッと手術台の影から闇の魔術師が飛び出した。
「死して礎となれ!」
死の魔術を遠慮なく放ってくる。潜んでいた? いや、違う。増援か。
俺は紫色の恐るべき魔術を水の盾でレジストし、水の弾丸を撃ち返して、闇の魔術師の胸部を強打して無力化する。
まずい。気配を絶たれていた。いまのは闇の魔術に見られる隠密系の魔術だ。周辺を制圧したと思っていたが、相手も馬鹿じゃなかったというわけか。
いよいよ決断をする必要が出てきた。
もう静かなミッションではなくなってしまった。
この先、手荒な手段を用いなければ情報を抜かせてくれないだろう。
武力を行使することに遠慮はない。こちらにはアンナがいる。対人間ならばどうとでもなる。強行しても十分な勝算があるはずだ。おおきなリスクを背負うことになるが。
「制圧のち撤退でいきます」
「制圧のち撤退、了解」
「可能な限り情報を抜いて帰ります」
右手でしっかりと眠る少女ジーヴァルを抱え、左手は腰のウェイリアスの中杖に手を添えておく。
「侵入者だぁあ!」
「やつら被験体を!」
「奪わせるわけにはいかない……っ!」
「あいつを殺せ!」
大声が室内に響きわたったかと思うと、右の扉から、左の扉から、ワラワラと剣に杖に武装した者たちが飛び出してくる。うまくやってたつもりだったが、最初に闇の魔術師たちをぶっ飛ばした時点で物音を立ててしまっていた。あれで勘付かれていたんだろう。
この子がそんな大事か……。
ジーヴァルを抱えたまま、水の弾丸で魔術師たちを撃つ。当たりどころが悪ければ胴体にあたれば即死、、四肢にあたれば欠損は免れない十分な威力を持たせた水流弾だ。
右側の敵を俺が受け持ち、左側の敵をアンナが処する。俺は手術台に身を隠しながら、遠隔で魔術を撃ちあう。アンナのほうはまるで巨大な怪獣が暴れているかのようだ。この分ならあっちの方がずっと早く片付きそうだ。
「ボラ!」
「馬鹿が、やめろ! 死の魔術はよせ! G式に当たる!」
「相手は手練れだ、そんなこと気にしてる場合じゃ━━うぎゃあ!?」
喋ってたので手術台の下から膝を撃ち抜いておく。
だが、相手の意識が下へいき、同じ撃ち方で反撃してくる。顔出すのはもう危ないな。
「魔術師なぞ、近づけばいいんだ!」
ズラーっと並んだ手術台の間を、剣を片手に走ってくる者たちが4人。近づいてくる前に3人を撃ち殺した。接近できたのは1人だけ。上段からひと振り。俺は足を引いて、半身になってかわして、回し蹴りで蹴り飛ばし距離を保つ。
「ごうっ、こいつ体術が……!」
「《アルト・ウォーラ》」
「いっ!?」
蹴り飛ばした者を見つめ、水流弾を撃つ。剣士は反応して、咄嗟に剣気圧の比重を変え、鎧圧で防御を固めた。だが不足だ。水流弾は剣士の頭に風穴を開けて黙らせた。圧の密度がちいさい。軽い。二段と三段の間くらいだろうか。
とはいえ、表世界なら精鋭だ。騎士団務めだったら管理職に就ける。
闇の魔術師と剣士たちと撃ち合ながら、奥の通路へ駆け込む。ジーヴァルを抱えたままでは被弾しかねない。やつらがバカスカ撃ってきてるのは死の魔術だ。その名の通り対人最強の魔術。闇の魔力でのみ運用できる高等魔術で、かすることすら許されない。
通路に駆け込み、物陰でジーヴァルを抱えて待機。
あとは怪獣アンナがなんとかしてくれる。
「う、うああああ!」
「なんだこいつ、ばけものか、うぎゃああああ!」
さっきの部屋から悲鳴が絶えない。決着ははやそうだ。
「……うう、ぅぅ」
「大丈夫ですよ、よーしよし」
悪夢にうなされているのだろうか。
催眠で深い眠りにつくジーヴァルの頭を、俺はそっと撫でた。
「ッ」
影から伸びてきた短剣をスッと躱す。暗殺者か。油断も隙もない。
陰へ水の弾丸を撃ち込んで、暗殺者の腹に穴を開けて吹っ飛ばす。
手練れだ。近づかれるまでわからなかった。
「ごは……っ、なんで……っ」
「俺に暗殺は効かないんだ」
「ごふ……」
暗殺者は壁にもたれたまま、口から血を吐き、そのまま動かなくなった。
やがて向こうで物音が止んで、アンナが走ってやってきた。
「大丈夫だった」
「もちろん」
アンナは暗殺者の死体をチラッと見て「よかった」と言った。
俺とアンナは移動しながら、アジト内の随所で研究者たちのオフィスや研究室をまわり、資料の数々を回収、俺の収納空間へ放り込んでいった。カメラで実験室などの有様を撮影し、物的な証拠もおさえていく。なお、カメラは旧式のレフレックスカメラだ。電気がなくても使えるアナログで、仕組みは複雑ではない。異世界転移性のアンティークのなかに紛れ込んだものを、キサラギが量産した。
「こんな大規模なことを進化論者たちが……」
「どうしたの」
「帝国中の農村部から必要な被験体を賄ってたようです。ありえない規模だ」
怪物派遣公社と進化論者がなんらかのつながりがあることはわかっていたが……公社にはそれだけ表世界でも権力を行使できる力があったのか?
狩人協会が思っている以上に、彼らは人間社会に入り込んでいるのかもしれない。魔術王国での一件は氷山の一角だったというのか。
ホブウィット大帝国神秘学院そのものが公社とずぶずぶだったら最悪だ。
しかし、だとしたら俺たちは大立ち回りをしすぎたかもしれない。
このアジト、実は俺たちが思っていたより遥かに大きい。
研究設備も立派だし、部屋もたくさんある。駐在している人数もやたら多い。警備も厳重だ。
これだけのアジト。気がつかない訳ないのに。
ああそうか。そうだったのか。
オフィスの机を漁っている最中、直感の囁きが聞こえた。攻撃が来る。壁の向こうから。
「っ、アンナ!」
「わかってる」
俺はその場を飛びのく。正面の壁が破られ、大きな鉄塊が今いた地点を叩いた。アンナの方も壁越しに突き出された剣を、のけぞって回避した。
机も壁も木っ端微塵になり、大量の機密文書がバサっと舞い上がる。
「ネズミが帝都まで入り込んだか」
吹き抜けになった壁を跨いで来る10つの影。俺とアンナはあとずさるほかない。
上質な蒼い外套に身をつつんだ者たちだ。デカい体躯の大男、華奢な女性、さまざまいるが、皆一様に覇気をまとっている。
特徴的なのは、腰に反りのある剣を下げていることか。キサラギの高周波ブレードや、アンナの牙狩りなどと同じ刀の形状をした武装だ。それは大陸全土一般的ではなく、特に帝国の刀剣のなかでも上質とされ、身分の高い剣士が振るう得物だ。
胸に幾つもの勲章を下げ、騎士団の紋章が派手に装飾されている。
アンナは眉をひそめ、こちらを見てくる。
わかってる。よくない状況だ。
「こんなところでなにをしているんだ、狩人協会」
こいつら帝国剣王ノ会だ。
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