神秘学院地下

「なるほど。地下施設と」

「学校の地下に施設があるなんて、学院と進化論者、完全にグルじゃん」

「可能性は高そうです……」


 ホブウィットは帝国内勢力の中でも、比較的狩人協会に中立とされてきていた場所だ。帝国政府とは違い話の通じるやつら……と言う印象だったが、もしかしたらそこが盲点だったのかも。


「魔術師なんてみんなイカれてる」

「その括りだと僕も含まれますね」

「アーカム最強」

「返事が適当に………」


 アンナの抱っこする魔力獣を撫で、魔力に還元して回収する。

 地下へ続く階段を降りきると、人の気配がしたのでそっと近づく。


「扉の動作した音が聞こえたが……誰も来ないな?」

「たまに誤作動で開いた判定がくるから嫌だよな」

「一応、仕掛け扉のチェックしておくか」

「あぁ、面倒だけど見ておいた方がいい。開きっぱなしだとまずい」


 隠し扉は連動式の仕掛けで内側に連絡がいくタイプか。

 直感使ってればわかったが、直感くんが割り込んでこなかったと言うことは、さして重要な情報じゃなかったと言うこと。


 俺とアンナは壁に張り付いて待っていると、曲がり角から男が警戒しながらサッと出てきた。目が合う。「あ」と言う顔をする男。俺は腕を組んで待機。いけ、アンナっち、蹂躙しておしまい。


「ちゃ」


 アンナは変な声で踏み込み、武装した男の顎をフックで打ち抜いて気絶させた。角から飛び出し、もうひとりを羽谷締めにしてキツく締めあげ、喉元に短剣を突きつける。豊満な胸を枕にして、男は顔を蒼白にし、喉を引き攣らせ、目を見開いた。

 机のうえには散らかったトランプと冷めた飲み物。椅子は3つ。だけどコップの数は2つ。この場にいるのはこれで全員か。


「警備はもっと真面目にやるんだな」

「お、お前ら……な、なに、もの……」

「質問をするのはこちらだ」


 姿は見られないように男には壁をむいてもらい、俺はアンナの背中へ声をかけるように質問をした。俺たちの姿は見るものが見れば狩人そのものだ。狩人協会が関与したと言う痕跡は可能な限り残さないように気を付ける。

 俺は男からいくらか情報を抜いた。この後の潜入調査の役に立ちそうな施設内の地図やら、警備の数など、知っている限りを聞き出した。


「最後に質問だ。お前、家族はいるか」

「ひぃ、ぃ、娘と、妻が……」

「仕事は選ぶんだな」


 用済みになったのでアンナに絞め落としてもらう。


「殺せばいいのに。アーカムは優しすぎるよ」


 大抵の狩人は情報を抜いたら殺して処理する。

 それが安全だ。方針上は人類に危険を及ぼすようなやつら相手に手加減するほど協会は優しくない。

 なのでこの場合、殺すべきなのだが……まあ、これは非常に非論理的なのだが……殺したくないのだ。こいつらはただの警備兵。良い給与のためにこの職に就いただけかもしれない。少なくとも闇の魔術に傾倒している訳じゃない。

 俺は過酷のなかで優しさを失ないたくない。

 いや、違うか。きっと殺さない理由を探したくはないのだ。あくまで殺す理由を探して殺したい。エゴだし、矛盾だ。ただ、そう心掛けることで、マトモを保とうとしているのかもしれない。優しさではないのかも。利己なのかも。


「殺すべき時には殺せますよ」

「もちろん、知ってるよ。アーカムは最強だから」


 気絶した2人を物置に隠し、俺とアンナは奥へと歩みを進めた。

 秘匿された神秘学院の地下、進化論者たちの秘密の学び舎へと。



 ━━ジー・フェリス医師の視点



 私の夜は一杯のコーヒーからはじまる。伝統的なエルフ・ゲニライラ豆を100%使用した混ざりのないストレートコーヒーだ。純粋であるということは美しい。純度こそが真善美におけるひとつの重要パラメータであることは自明である。

 午後13時、自分のオフィスについて研究員たちのレポートに目を通す。前日の研究計画に則って進めてくれた内容と相違なければ良い。

 

「G式の手術は安定性に欠けますね。31期1番から63番まで被験体ので経過安定個体はジーヴァルただ1人だけです」


 部下の報告は望んだものではなかった。もっとも経過観察からこうなるだろうとは分かってはいたが。


「性別、年齢、そのほかの適性項目51すべてにおいてこれで結果を得たことになるが……はあ、6年かけたG式も及第点を得られず、か」


 怪物骨格移植手術。被験体の適性に左右されやすい現行のM式に対して、新しいアプローチとなるG式の研究はこれで再びの苦難に直面した。

 この最新の魔術が成功を見れば、人類の歴史は変わるというのに……ああ、だが、楽しいな、困難な道のりこそ踏破するに値する。


「31期の処分に入ろう。スペースを開けなくては。私たちの班は広くスペースを使いすぎだと他の班から文句が入っている。我々は最優だが、局長からは全体の不満を高めすぎないよう言われているのだ」

「劣等な者どもに合わせなくてはいけないのは苦労が絶えませんな。我が師」


 部下たちと経過観察室へ移動する。

 ここはカビ臭く湿っていて好きではない。だが、我々の偉大な研究は完成する日まで公に晒されるわけにはいかない。だから、ホブウィットの地下、下水から臭い匂いの上がってくるような場所でも耐え忍ばなければならない。

 

 経過観察室にずらりと並べられた外科手術台、そこには13歳〜14歳の帝国中から集めた少女たちが横になって寝ている。31期での固定項目は性別と年齢だ。あとはさまざまな適性を持ったものたちをそろえた。

 被験体たちを揃えるのは大変なのだ。怪物骨格を移植した際にどのような因子がバッティングを起こすのか調べるため、なるべく同じ条件の個体が欲しいのだから。


「同じ女に子供を産ませれば良いのだ。同じ栄養と、同じ教育、同じ環境で、大量生産する。そうすれば調達コストも削減できる。そうは思わないか?」

「我が師のおっしゃる通りです」

「局長に提案いたしましょう!」

 

 私の部下たちは優秀だ。ほかの班よりも成果をあげられる理由がここにある。

 

「ああ、可愛い私の娘たちよ」


 実験のために調達される被験体はたいがいが、皇帝領の片田舎から集められる。これは私の趣味なのだが、ああした農村部の小さいなコミュニティで育てられた何も知らない村娘を冒涜的に扱うのは性的な興奮をともなう。だからこそ、愛おしい被験体たちをこの手で処分する時は悲しい。

 もっとも、彼女たちに欲情することはないのだが。とっくに息するだけ残骸と果てた醜い肉塊になってしまっているのだから。


 杖を抜き、手術台のうえに横たわる異形へ死の魔術を放っていく。


「対人魔術が有効な点で考えれば、まだ概念上は人間であると言えるのかもしれないな」

「「「はははっ」」」


 息絶えた肉を殺して下水に流す。それだけでいい。

 あとは流れ着いた先で処理人たちが分解してくれる。

 

「ん」


 31期被験体、最後の1匹を処理しようと思ったが、思わぬ邪魔が入った。

 手術台を背にこちらを睨むその美しい桃色の瞳。艶やかな銀色の髪は母親譲りだ。長い耳もお母さんにそっくりだね。


「お、お父さん……やめて、よ、どうして、みんな、流れていっちゃうよ……」

「そこを退きなさい、ジーヴァル。君はG式の唯一の成功者なんだよ。そんな汚い失敗作とは違う選ばれし者なんだ」

「失敗作なんかじゃいよ、リサちゃんだもん……ほら、見てよ、呼べばこうやって反応を━━」


 杖を振って、63番の変形して膨らんだ頭部を破壊する。

 伸び切った筋繊維が緩み、力なくぐったりとする。


「処分完了だ。ベッドの掃除を始めよう。ああ、マッシュ、娘を部屋へ戻しておいてくれ」

「うあああああああ!」

「おまかせください、我が師」

 

 ジーヴァルはまだ14歳だ。情緒が不安定だから、物事を合理的に考えられない。そういった不完全なところも可愛いところだ。娘を愛する気持ちというのはこういうものを言うのだろうね。純粋だ。純度が高い親子の愛。


「お父さん……っ、お父さん、なんで、やめてよ……っ、ひどいよ、こんなの……!」

「ああああ! うるさいッ!!」


 私の怒りが限界点を突破した。

 腹の底から燃え上がる炎が体を支配する。

 衝動のままにジーヴァルの白い頬を殴った。

 

「ギャアギャア喚くんじゃあない、このクソガキが! ━━クッッソ、なんて硬さだ、防衛本能が血の硬化術を発動させたのか! 素晴らしい、ジーヴァル、やっぱりお前は天才だよ!」


 殴った拳は砕けてしまったが、娘は無傷だ。

 怯えた瞳で見つめてくる顔も可愛らしい。


「お父さんはお前のことを大事に思ってるんだ。さあ、大人しくお部屋に戻るんだよ。お前の代わりはいくらでもいる。お父さんに嫌いにさせないでおくれ」

「ひぃ、い、もう、やだ、もう、嫌だよ……」

「なんだと? 嫌? お前、私がこんなに愛しているのに嫌だと言うのか!?」

 

 体がカッと熱くなる。ああ、やっぱり子供は嫌いだ。合理的じゃない、お前は私の子供なんだぞ、命令をただ実行するだけでいいのに。


「お前もあの女のように口答えするんだな。ただ言うことを聞けばいいのに。黙って言う通りにしていれば愛してやるのに!」

「我が師、それ以上は……」

「落ち着いてください、お願いします……」

「黙れ、お前たち、近づくな、親子の問題だ!」


 教育が必要だ。再教育が。

 

「聞いてられないな」

「誰だッ!」


 聞き覚えのない声。暗い通路のほうから聞こえた。

 視線を向ける。闇のなか溶けるような黒衣に身をつつんだ者がいた。黒革の外套、枯葉を模した意匠の三角帽子、目元以外顔を覆う布。頭が一気に冷たくなって、背筋が凍りついた━━狩人だ。忘れるものか、あの姿。どうしてここにいるのだ。私は恐怖に駆られ、反射的に杖を向けていた。


「どうしてここにッ!」


 問いへの返事はおそらく魔術だった。私は骨に響く重たい衝撃波に弾かれ、しばらくの浮遊を経て、地上に帰還した。肩から落下したせいだろう。ぐギャっという不快音とともに、すぐに耐えがたい痛みが襲ってきた。

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