魔力獣を拾い集め
ホブウィット校内に侵入をする。
優しいと言うにはやや凶暴な谷底からの風は、俺たちの気配を隠すのに役に立った。ベランダの中から内側を見やる。どこかの教室だろうか。教授のたつ教壇があり、横に長い黒板が設置され、何段にも分かれた生徒たちの座る席が一望できるように配置されている。
「授業が終わってしばらく経ってます。生徒の居残りを確認をする巡回はまだ来ていないようです」
「なんでわかるの。直感?」
なんでもかんでも超直感くんの成果にされては叶わない。
俺は学者であり、職業柄レトレシア魔法魔術大学で何度か講演をしているので、学校の雰囲気は知っている。
「黒板に製剣理論について書かれてるでしょう」
「うん。なんか書いてある」
「最後の授業をした教師が消さなかったんでしょう。巡回の教師の仕事は生徒の居残りと落とし物の拾得、あと黒板を綺麗にすることです」
「黒板が綺麗じゃないね」
「そういうことです。気をつけていきましょう。鉢合わせたら面倒です」
将来的に帝国がもっとフレンドリーになれば、俺もこの学校の教師たちと仕事をすることになるかもしれない。乱暴は避けたいところだ。
「マスクはしていい?」
アンナはマスクをつけながら聞いてくる。
鼻かしらから下を完全に覆う黒い革布。いわゆる口覆い。
狩人は大抵これをつける。これをつければ顔を隠せる。
本来の目的はそういった隠密用ではない。怪物を狩り続け、血みどろになった時に口と鼻を守るためだ。濃密な血の匂いは鼻を麻痺させる。それは狩猟能力を低下させる。怪物の血は古くから呪いとされてきた。今では死んだ吸血鬼の血を多少飲んでも、なんともないことが学術的に証明されているが、まあ伝統と風習的にいまだに狩人装束には口覆いが付き物だ。
隠密面で見ると、口覆いのせいでどこでも不審レベルマックスになるデメリットが存在する。目撃されれば最後、一撃で「不審者だ!」とわかる。
なので時と場合には、あえて口覆いをしない選択肢が存在するわけだ。
まあ、今回はするが。というか俺たちペアはする派だが。
アンナは一応の確認をいつも俺にとってくる。
「別に僕に聞かなくても付けてるのに」
「アーカムがあたしの顔をもっと見たいかなって」
「死ぬほどいつも見てますよ。アンナは美人ですから」
「ふむ」
いつもと同じお世辞を言ってるだけだが、アンナはご機嫌になった。
美人というのはシンプルな事実だが。
「いきますよ」
お喋りもほどほどに。仕事を始めよう。はい、というわけで、今日はホブウィット大帝国神秘学院に侵入していきたいと思います。
ベランダの周囲を眺め、魔術的なトラップがないことを確認、スッと杖をとりだして「鍵よ、開け」とつぶやく。解錠の魔術、レトレシアで学んだ。シンプルな機構の鍵ならこれで一発だ。これで開かなかったら別の魔術を使う。
かちゃ。音が鳴る。
夜空の瞳で油断なく壁に天井に床にチェックしつつ、そっと窓を開き侵入、教室の扉まで素早く移動して、廊下をチラッと覗く。人影なし。
スタターっと注意しながら通路を歩き、正門側の教室棟へ移動した。昇降口のあたりまで移動する。
「おいで、ちっちっち」
「わふぅ」
呼べば魔力獣たちが続々と出てきた。もふもふした狼が実に30匹。アンナは腕を組んでその様を傍観する。なおめっちゃブーツに頭をこすられたり、齧られたり、戯れられているが動じない。
「わんわん……」
「よしよし、えらいえらい。ご苦労様」
魔力獣たちを魔力に還元し、回収する。これで魔力はある程度回収できた。
残りは10匹。この校内で道標となりながら隠れているはずだ。
魔力獣の位置は術者の俺にはなんとなくわかっている。
なので本来は点在する必要はないのだが……俺の魔力獣たちは丁寧な仕事が好きらしい。個性があるところが魔力獣という魔術の面白いところだ。
「はい、お疲れ様」
「わふぅ♪」
どんどん回収していき、ついに俺たちはとある教室にたどり着いた。
「わふ!」
ある本棚の前。お座りしている狼を発見。
「この本棚……」
手でペタペタ触り、夜空の瞳で吟味。
『隠し扉あるある言いたい……♪』
「まだ言うな」
「アーカム?」
「いつもの独り言です」
「直感と喋ってるのね。理解」
『隠し扉あるある言いたい……♪』
「言うなよ」
「こう見るとほとんど病気だよね」
「わふ、わふ」
直感の誘惑に逆らいながら、部屋を軽く散策する。
埃被った本棚の1箇所に視線がいった。不自然に埃が積もっていない箇所がある。俺は本に指をかけた。がちゃ。機構の動作する音がした。
「流石はアーカム」
「わふ!」
魔力獣を抱っこしながらアンナはさっさと隠し扉をくぐる。俺もあとを追いかける。本棚は俺が通った数秒後にひとりでに閉じた。
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