講演会

 魔術協会のイベント表を見た魔術師たちは、きっと俺の講演会に足を運んでくれる。本名で講演会を開くのだから。

 この2年、随分と俺の名前は魔術協会で認知度をあげたことだろう。通常、魔術師は自分の専門分野以外をあずかり知らないものだ。帝国で剣の魔術を研究してきたものが、魔力獣の魔術についての研究聞いても厳密なことはわからないだろう。ただ、いかんせん俺は専門範囲━━扱える属性が多い。さらには本来なら合間見えない分野の垣根を超えた研究を多数発表している。俺が幼少の頃から溜めてきた研究の数々は、偶然の賜物であり、分野を絞っていないものが多い。

 それが魔術協会のまじめな魔術師たちにはすこぶる好評だ。いわく斬新、新しい切り口、今までに見たことない━━そういう評価になるらしい。


 3日が経ち、講演会の日がやってきた。


「まさかかのアルドレア卿に帝都でお会いできるとは」

「アーカム・アルドレア。稀代の天才魔術師と聞く。つまらん話をするわけではあるまい」

「我が心の師、アルドレア様の公演をそのような期待感で聴講するとは不敬にすぎるぞ、貴公。彼は流星だ。我々、魔術世界を導く星なのだ。数々の発見はすでに魔術世界の先端を歩むものたちの目に留まり、これまでの常識は通用しなくなってきているのだ。魔術の時代がひとりの天才の成果によって━━」

「アーカム・アルドレアのガチファンおるのう……」


 俺の名前を聞いたことがある者。

 興味を持ってくれている者。

 崇拝してくれている者。


 さまざまな魔術師たちが会場に足をが運んでくれた。

 講義室の壇上で俺は愛想の良い面を作って、講演会前にも関わらず挨拶してくる者たちへ応じ、その間に参加者らを観察しておく”すでにヒットがある”。いい感じだ。


「ようこそ、お集まりいただきました。今回の講演者さまはとんでもないお方がいらっしゃいました……魔法王国からお越しくださった『風の魔法使い』アーカム・アルドレア様です……っ」


 ざわつく会場。紹介をしてくれた帝都魔術協会の協会長は蒼い顔して震えながら、俺へバトンタッチ。講演会の司会者はあくまで魔術協会側の人間が、俺は演者という役回りだ。簡易的な講演会では一般的な形式ではある。帝都の魔術協会で一番偉い人が司会に来てくれたのは予想外ではあるが。歓迎されてると好意的に受け取るとしよう。


「ええ、みなさま、本日はお忙しいところお越しくださりありがとうございます。自己紹介を。アルドレア家、二代目アーカム・アルドレアです。半日という短い時間ですがどうぞよそしくお願いいたします」


「嘘だろ……本物だ……」

「魔法使い、存在していたのか」

「質問を!」

「質問はお控えください」

「いいえ、構いませんよ、帝都での講演は初めてですかた、みなさまと親睦を深めさせてください」

「アルドレア様がそうおっしゃるのでしたら……」


 表舞台で活動する魔法使いは少ない。魔術を極めるというのは孤独への道だ。最大の才能を持つ者たちは、究極へ至るために、多くが求道者になって孤独な探求の道を選ぶことになる。他人など不要なのだ。というか自分のレベルについてこれない他人が不要というべきか。


 結果、人前から姿を消し、魔術協会から距離を置いている者たちも少なくない。全員がそういうわけではないが。どのみち俺のように魔法使いの肩書きを商売道具のようにしているやつは珍しい。


 今回の講演会の目的は帝都でも名前を広めておくことだ。

 できればいい印象を持ってもらいたい。


「師は! 師は誰なのだ! ぜひお答えいただきたい! 風の究極は200年前に失われたというのは通説だ、なぜあなたのような偉大な風の使い手が、この時代に、現れることができたのですか! かつての偉大な魔術師の誰があなたにそれを教授したのです!」

「あーそれは……残念ながら、その質問には答えません。我が師との約束を違えることはできませんから」


 講演を始める前から、凄まじい数の質問者が我先にと手を挙げてアピールしてくる。自分のネームバリューは正しく認識しているので、驚くことではない。

 感じよくする。来てもらった者たちには、いい印象を持って今日は帰ってもらいたい。それだけが俺のミッションだから。



 ━━しばらく後



 講演会が無事に終了し、俺は押し寄せる魔術師たちから逃げるように魔術協会の裏口から飛び出した。物陰へ身を滑り込ませて、俺は追っ手がいないことを確認する。


「アーカム」


 路地の影からヌッとアンナが出てきた。

 時刻は夕方、黒と橙色の夕陽が彼女を照らしている。


「学者のお仕事は」

「まあ及第点ですかね」


 講演会はあんまり上手くできなかったような気がする、

 質問者たちの魔術レベルが低いため、俺が今日伝えたかった内容というか結論部分に辿り着けなかった。厳密には辿り着いたが、最後の方は早口だったし、壇上に登ってくる魔術師たちと半ば口論していたので、混沌たる有様だった。

 

「狩人の仕事の方が成果十分でしょう。ヒット件数は多かったです。10名前後、おそらく闇の魔力に傾倒しているだろう闇の魔術師たちの姿がありました」


 アーカム・アルドレアというネームバリューを使えば、闇の魔術師たちも興味を刺激されて、まあ、まず会場までやってくると読んでいた。直感を薄く広く、複数回発動させることで、闇の魔術師たちをわりだし、そいつらに魔力獣を取り憑かせることで動向を探るのが今回の講演会のもうひとつの仕事━━狩人の仕事だ。


「よかった。あとは勝手に巣穴に帰るのを待つだけだ」

「あと気になったことがいくつか。多分、帝国剣王ノ会の連中が会場にきてました」

「侵入がもうバレたのかな」

「それはないでしょう。魔術師アーカム・アルドレアの名前の効果かと」

「アーカム最強」


 俺が狩人であることを知っているものはごくわずか。

 帝国剣王ノ会がその情報に辿り着いているはずがない。俺の間も言っている。



 ━━しばらく後



「いい頃合いです。闇の魔術師を追いましょう」


 巻いた餌に獲物はすでに食いついている。

 あとはこのルアーを手繰り寄せるだけだ。

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