捜査開始

 進化論者について調査をすることが今回俺たちに求められていることだ。帝国内で狩人が行動することを、皇帝および帝国剣王ノ会は昔からよく思っていないかったらしい。伝統的な対立構造だ。


 狩人協会は人類保存ギルド、つまり全人類の守護者であるわけだが、その起源はヨルプウィスト人間国という大国にある。狩人協会の本部もまたヨルプウィスト国内にある。同規模あるいは人間国以上の大国家であるゲオニエス帝国は、ヨルプウィスト人間国の狩人協会をもちいた支配的な現体制にいつまでも甘んじることは許されない。


 ドリムナメア聖人国とトニス教団が宣教師をもちいて悪魔祓いを行なっているのと同じような理由だ。自分達のことは自分達でやりたい、というわけだ。わからない話ではない。自分達の懐に他国の超武力を入れたくはない。それは為政者ならば当然の考えなのだから。


 ただ、その姿勢のせいで進化論者をこれまで追い詰められなかった。

 自国だけでなく人類全体のことをことを考える狩人協会としては迷惑な話だ。

 結果として狩人協会は今回尻尾をつかんだことで、大きく踏み込んだわけだ。狩人協会と帝国剣王ノ会との暗黙の了解を破り、俺とアンナを含めた複数名の狩人を帝都へと派遣した。向こうからすればいくらでも怒る理由がある。


「ってわけで絶対に帝国剣王ノ会および当局に僕たち狩人の動きは悟られたくないです。高い確率で武力衝突になりますから」

「アーカムに任せるよ。あたしは何をすればいいの」


 直感力と魔力は十分に溜まっている。

 この特異な超能力の消耗率には、対象との距離も関係している。

 俺の直感はこの2年でさらに強力に鋭くなった。コントロール精度も増した。進化論者の核心に迫るものがこの都市にあると目星がついているのなら、おそらく進化論者のアジトを割り出すことは可能だ。


 ただ、デメリットが存在する。エビデンスが少ない状況で鋭い読みを発動させすぎると、直感力と魔力を大きく減退してしまうことだ。魔力に関しては、現在も魔力回復率は全盛の5%程度にとどまる。必要ならば都市国家の聖獣に会いに行って魔力を回復することはできる。だが物理的に遠い。何度もあんなところまで馬を走らせることはできない。


 なので魔力は大事に使わなければならない。直感力に至っては回復手段が存在しない━━直感を回復させるという意味もわからないが━━ので、むやみな超直感の発動はできない。俺はかつて超直感を使いすぎた。なんでもかんでも直感で強引に解決したツケだ。その皺寄せが今になってきている。直感力の自然回復速度は遅い。なので、残存の直感力は明確な”ある存在”を追い詰めるために温存しておくと決めている。

 

 とはいえ、狩人協会が俺に期待しているのは直感による速攻だ。

 さっき読んだ任務資料に「PS:君の鋭い洞察に期待している」と書いてあった。どこから情報が漏れるかわからないので、直接は言及しないが、ゲイルがこういう言葉を使う場合は大体は超直感を使って欲しいときである。緊張感のある帝都での任務だ。ゲイルの気持ちはわからなくはない。

 なお俺の超直感に関しては公にはバラしていないが、協会の何人かには能力の概要を伝えてある。それが俺という存在を売り込むのに役立つと思った。ゲイル・コロンビアスは売り込んだうちのひとりだ。


 ゲイルの期待に沿うとしても、もう少し素材を集めたい。できれば、直感力は消耗したくないですけど……ああ、いいことを思いついた。


 俺は考えた末、アンナを連れて魔術協会へ向かうことにした。

 相手は闇の魔術師だ。魔術師のことを知るなら、魔術協会がいい。


「何をするの」

「敵を誘き出すんですよ。進化論者と怪物派遣公社はどうやら繋がっています。ならば、怪物派遣公社の連中から進化論者を辿れるかもしれません。そのついでに、自分の仕事もします。学者としてのね」

「アーカム・アルドレアの名前で誘き出すってこと?」

「もしこの街に怪物派遣公社の手のものがいればきっと様子くらい観にくるはずです」

「なるほど。でも、なんで魔術協会……」


 帝都の魔術協会も見上げるほど立派な建物だった。

 まあ当然っちゃ当然だ。受付へ赴く。


「こんにちは、帝都魔術協会へようこそ!」

「部屋をひとつ借りれますか、講義室がいいです。講演会を開きたくて」


 俺は魔術協会員登録証を受付へ提示しながらお願いする。

 

「直近ですと、3日後の朝から空いておりますが……講演会を開くのですか?」


 受付嬢は困惑したように聞いてくる。

 まあ、名もなき来訪者がいきなりそんなこと言っても「誰がお前の講演会に来るねん」って感じではあるだろう。


「安心してください。多くの魔術師を前に十分に披露するに耐える高度魔術理論を持っています。僕はひと角の魔術師ですよ」

「はぁ、ちょっと登録証を確認させてください…………ぇ? えええ!?」


 大きな声をだす受付嬢の口を抑える。

 登録証には俺の魔術師としての能力証明の役割がある。

 彼女は俺の扱える属性と段階を知ったのだろう。それは相手に自分がどういう魔術師なのかを証明する確実で迅速な手段だ。俺が登録証を見せると、たいていの者は決まって彼女のような反応をするので慣れている。


「騒がないでください。僕がここにいたことはどうか内密に。僕はサプライズが好きなんです。3日後の講演会まで内緒にしていてください」

「は、はい……っ、も、申し訳ございません、いますぐ自害します……っ!」

「待て待て待て。落ち着いてください」


 目を白黒させ、激しく狼狽する受付嬢へ、俺は講演会の題目『火属性式魔術マイナス方向と氷属性式魔術マイナス方向に関する推論』と適当に題目を打って講演会の約束を取り付けた。怪しいやつが釣れればいいが。

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