愛を囁いた者の務め
俺はゲンゼをお姫様抱っこし、全速力で屋敷の地下室へ飛びこみ、扉を叩きつけるように閉じた。ダイヤルを回し、扉の防御魔術を起動する。設置式の魔法陣を使っているだけあって効果は破格、剣でも魔術でもこの扉を破ることはできまい。これでもうフラッシュとて俺を追いかけてこれない。
「アルドレア、この扉を開けろ!」
うるさいので地下を進み、研究所へ行くことにした。アルドレア屋敷の地下と異世界転移船は研究所と呼ばれる施設になっている。ここで狩人協会はアースの技術の研究を、俺は魔術や科学、あるいはその両方を用いた武器の研究をおこなっている。所長の名はキサラギという。割と距離があるが利便性のためにつなげてあったり、有事のさいの避難経路としての役割もあったりする。平和な辺境クルクマの裏の顔そのものであり、狩人協会クルクマ支部でもある。
研究所に誰もいなそうな部屋へやってきた。
「アーク、ん」
扉を閉じて、ひと息つくと、腕のなかお姫様が俺の襟をひっぱり、顔を寄せてくる。尻尾はパタパタと激しさを増して揺れ、耳はロケットのように後ろへ穂先を向ける。我が婚約者はチューの続きをご所望だ。
「ゲンゼ、今日はやけに積極的ですね」
「ちゃかさないで。逃げないでください」
「……ごめん」
「アークが忙しいのは知ってます、だから、信じたいんです」
期せずしてその時はやってきた。ゲンゼを腕に抱っこしている今だからわかる。彼女の鼓動の速さが。きっと俺の心臓がうるさくビートを刻んでるのもバレている。ええい、アーカム・アルドレア、覚悟を決めろ。お前は前世では考えられなかった相思相愛の伴侶を得ているのだぞ。なにを余裕をぶっこいている。これ以上、俺自身を失望させるな。愛を囁いた者の勤めを果たすのだ。
「ゲンゼ……」
「あ、ちょっと、待ってください、お風呂に入ってから……アーク、こら、なんでいきなりスイッチ入って、こ、こら、そんないきなり……っ」
━━しばらく後
「兄さま、おかえりなさい、とキサラギは最愛の兄が致すのを扉の影から3時間ほど観察したのち、終わったタイミングを見計らいしれっと甘えながら帰還を喜びます」
ドスっと胸に頭突きしてきながら、キサラギは無表情に述べた。
俺の背の裏、扉の先の仮眠室ではゲンゼがすやすや眠っている。大きな声を出すべきではない。
「しーっ、キサラギちゃん、しー」
「しーっですね。わかりました、ところで、兄さま、その部屋の名前を仮眠室から夫妻寝室に変えた方がいいのでは、とキサラギはジョークを巧みに操ります」
「キサラギちゃん、このことは他言無用でお願いします。フラッシュの耳に入ったら殺される。アンナの耳に入っても危険です、あの子は火薬庫で火遊びするのが大好きな悪魔系天然なので」
「了解しました、キサラギはいつだって兄さまの味方です。ところで部屋の名前を夫妻寝室に━━」
「ああ、もうその話はいいですってば」
キサラギちゃんめ、人を揶揄うことが最近のマイブームか。
「ところで、兄さま」
「だからいいですってば。仮眠室が夫妻寝室に変わってたら船員によからぬ噂が立つでしょうに」
「いえ、そのことではないです。事業報告です。『血族の終わり』が試験を終えて、実用段階に入りました」
俺は上着を着ながら、キサラギへ向き直る。
「マジですか」
キサラギはこくりとうなづく。
ある種の怪物を終わらせるために開発していた武器だ。最も握って振るうでもなければ撃ち出すわけでもない。より残酷な武器だ。
「……人界を守るために犯す我が蛮行、許したまへ。……今度ゲオニエスへ足を運ぶ予定です。もしかしたら使う機会があるかもしれない。いくつか持っていきます」
これが効果を発揮すれば……戦局は大きく変わることになる。
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