修羅場

 ゲオニエス帝国へ行くことをゲンゼに伝えると、露骨に不満そうな顔をされてしまった。


「別に構いませんけど。世界のためなんですもんね」

「そうなりますね……色々と危険なものたちが野放しになってますし、近年、怪物たちの勢いは高まってて……」

「別にそんなに言葉を重ねて補足しなくても大丈夫ですよ、前々から怪物派遣公社が力をつけていることは話してくれていましたし、狙われている身としてはその辺りには敏感なんです。だから、アークが忙しい正当性は理解してます。それにそんなに頻繁にあっちこっちへ派遣されるというのは、狩人協会がアークを必要としてるってことじゃないですか。協会に認められることはアークの目標でしたよね。よかったですね、たくさん家を空けることはできて」


 目元に影を作りながらまくし立てるゲンゼディーフ氏。

 先端の切り揃えられた尻尾がペシペシと座っている椅子の足を叩いているのは、気のせいではない。実際にペチペチ音が聞こえる。

 怒ってるよね。怒ってますよね。


「ゲンゼディーフさん、本当に申し訳なく思ってます」

「何を謝るんですか。婚約して2年、愛の告白を受けてからはもっと。だというのに婚約者を放って、領地の運営も大体任せて、都市国家に魔術を修行しにいったり、剣術を修行しにいったり、恐ろしい怪物を追いかけまわしてばかりなことを謝ってるんですか。別に全然、気にしてないから謝らなくていいですよ、アーク」


 どう見ても怒ってます。


「あたしは相棒だからいつもアーカムといっしょ」


 ボソッと無表情で呟くアンナ。

 ちょうど四角のテーブルをゲンゼと向かい合うように座っているのだが、その間で呟かれるものだから、俺とゲンゼの視線が集中したのがわかってしまう。

 ところでアンナっち、どうして火薬に火を放り込むようなこと言うの。天然系悪魔女子なの。アンナっちはなんでそんな悪戯好きなの。

 その人、俺のこと好きなんだよ。だからやめてくれよ、頼むから。


「アンナさん、アークはわたしの婚約者なんですよ」

「うん。でも、私は相棒だからね。そこは変わらない」

「……ふーん、なるほど、なるほど」


 見つめ合うゲンぜとアンナ。

 奥手だが確実に俺が好きなゲンゼディーフさん、そして無邪気ゆえ爆薬をいじくりまわしてちょっかいかけるアンナっち。地獄のようだ。


「アンナ、めっ……」

 

 俺は小声で言いながらアンナの肘をつつき、注意する。


「む、なんだこの変な空気は」

「あ、お義兄さん」

「その呼び方をするな、ぶち殺すぞ、アルドレア」


 裏口から引き締まった入ってくる大きな人影。見事な上半身を披露するのはゲンゼの兄であり、俺の義兄でもあるフラッシュだ。彼の恐い顔も、顔を合わせるたびに睨まれているので、随分と慣れたものである。

 

 ゲンゼはフラッシュが入ってくるなり、半眼になり閃いた表情になる。

 あれは悪いことを思いついた時の顔である。

 やめて、ゲンゼ、何言い出すかわかるよ。


「アルドレア、どの面を下げて帰ってきているんだ」

「いや、ここ俺の家ですけど……!」

「アークが全然構ってくれないんです、お兄ちゃん、わたしとは遊びだったみたいです。外で浮気しまくって、愛人を作りまくりです」

「ゲンゼディーフさん!?」

「アルドレア、表に出ろ」

「い、嫌ですよ、何するつもりですか!」

「ならここでいい」


 フラッシュは腰裏にひっさげていた剣に手を伸ばす。

 来るのは雷神流の冴えわたる抜刀斬り。俺の方を水平軸とした場合、斜め46度で斬り込んでくる。━━という事を直感で悟ったので、フラッシュが剣に手を伸ばす前に伝えておく。

 

「義兄さん、まさかは最速の一刀を至上とする雷神流の冴えわたる抜刀斬りで、俺の方を水平軸とした場合、斜め46度で斬り込むつもりですか」

「忌々しい直感野郎め!」


 構わず俺の予言通りに剣に手を伸ばすフラッシュ。


「そこは看破されてるから恥をかかぬ前に剣を収める流れでは……っ」

「お前も俺の妹にすこしでも申し訳ないと思う気持ちがあるなら避けるな!」

「無茶苦茶な! 申し訳ないとは思ってますけど!」

「フラッシュわんわんの好きにはさせない」


 アンナっちが先に斬りかかって、あーあ、打ち合い始まっちゃたよ。

 あーもうリビングの机ひっくり返して、壁も床もボロボロに、あーもうキッチンまで荒らしてそのまま壁に穴あけて外行っちゃった。めちゃくちゃだよ。あーあ、もう、あー……俺の家が……! 改築したばっかなのに! 婚約者を蔑ろにした天罰か……!


「ゲンゼ、ゲオニエス行きは少しくらい先送りにしても多分大丈夫ですよ……だから機嫌直して、あの暴れてる義兄さん止めてくれませんか……」

「口ばかり達者なアークは良くないと思います。行動で示してくれないと」


 ゲンゼは腕を組んでプイッとそっぽを向く。

 ええい。試されている。婚約者への愛を試されている。

 俺は生唾を飲みこみ、そっと近づき、彼女の腰にそっと手をまわした。

 こういう時、言葉にするのは無粋だと学んでいる。

 俺はおでこをコツンっとそっと当てて、ゲンゼ側のリアクションを待った。機嫌を直して、俺の気持ちに応えてくれ、ゲンゼ。


「あー手が滑ったー」

「貴様こっそり何してる、アルドレアああああ!!」


 血の刃と剣気圧の斬撃が飛んでくる。

 慌てて、俺はゲンゼを抱き寄せて刃を回避。

 期せずして倒れこんだことで俺とゲンゼは唇を重ねていた。


「ああああー!」

「ダニいいいいい!?」


 外から悲鳴が重なって聞こえた。









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 こんにちは

 ファンタスティックです

 

 新作を投稿しました。

 幸薄めな主人公の現代ダンジョン物語。

 タイトル『極振り庭ダンジョン』です。

 ご興味ありましたら読んでくれると嬉しいです。

 https://kakuyomu.jp/works/16817330651121763226

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