ゲンゼディーフの不安
━━ゲンゼディーフの視点
ゲンゼディーフにはこの2年ずっと抱えている悩みがあった。
婚約者のアーカムがいつも狩人の任務で遠くに行ってしまうことだ。
否、狩人の仕事だけではない。貴族としてアルドレアを継いだためか、アーカムはあらゆることに意欲的に取り組んでいる。アーケストレス魔術王国とは魔力結晶関連のビジネスのことでよく手紙でやりとりをしており。ペグ・クリストファ都市国家連合の王家ともなにやら親しげで、魔術の修練だとか言って半年ほど行ったきり帰ってこなかったこともあった。
魔法王国内でも忙しそうにしており、叔父のキンドロ卿とは度々顔をあわせており、またジョブレス王家とも親しげで王都へ行った際は、いっつも美味しいものを食べてくる。そしてエフィーリア王女に魔術の修練をしているとか。
さらには大量の研究論文を魔術協会に持ち込むことで魔術世界での評価と名声を高めたりと、まるで自分の才能の最大値を確かめるかのように、そのすべてを遺憾なく発揮している。
ゲンゼディーフとしてはアーカム・アルドレアが素晴らしい人間なことは知っていたし、才能に溢れる若者であることも理解していた。
(でも、もうちょっとわたしに構ってくれてもいいのに……婚約者なのに……)
ゲンゼディーフは自分の方が遥かに年長者であるため、その気持ちを言い出せずにいた。「寂しいから、仕事なんて放って、もっと構ってください!」など口が裂けても言うわけにはいかない。
さらにゲンゼディーフにはより恐ろしい不安もあった。
もしかしたら、アーカムは自分のことを愛していないのでは、という不安だ。
仕事ばかりしている婚約者がかつては自分に愛の告白をしたことはもちろん覚えている。忘れることはない。しかし、それも所詮は過去のことだ。
(もしかしたら、どこかの段階ですでにわたしに飽きてしまったんじゃ……やっぱり、暗黒の末裔のわたしは輝かしいキャリアを築くためには足枷でしかないと気づいたんじゃ……)
ゲンゼディーフの不安は加速した。
彼女の不安を加速させる存在もいた。たくさんいた。
まず筆頭はエフィーリア・ジョブレス王女だ。王家の姫は何やらアーカムに興味があるらしく、目に見えないところでちょっかいをかけている。
(王女様だからってあんまりアーカムに近づいて欲しくない……)
次に魔術王国にいるコートニー・クラークとかいう少女。彼女もちょっかいをかけている疑惑がある。
(このまえ魔術王国に行った時は、彼女の屋敷に4日ほど泊まったらしいです……絶対にえっちなことしてます。アーカムの下半身は信用できません)
そして、いつもアーカムのそばにいる梅色髪の少女の存在だ。これが一番厄介で一番エッチな疑惑がある。
(アークはイケメンです……優しくて、強くて、才能に溢れ、賢く……非のうちどころがない男の子……先の長旅では可愛い女の子たちとの楽しい夜を過ごした最悪の報告までされましたし? きっとアンナさんともえっちなことしてるんじゃ……わたしの見えないところでいちゃいちゃしてるんじゃ……)
ゲンゼディーフの闇は2年かけて確実に深くなっていた。
「むむ、この匂い……クンクン」
アーカムが帰ってきた。
ドタドタと駆ける馬の足音や匂いといった気配でわかる。
ゲンゼディーフは子供たちとのスクロール作りを中断する。
「アークが帰ってきた」
ゲンゼディーフは不安な気持ちを押し殺して、玄関へ小走りで向かった。
━━アーカムの視点
ゲンゼはとても鼻が利く。
そのため匂いで俺が敷地に入ったことはわかるらしく、俺が玄関にたどり着いて扉を開けるタイミングでは、たいていは出迎えてくれるのだ。
ゲンゼはスッと寄ってくると、目元に影を作り、真剣な表情でクンクンっと俺の胸元で鼻をひくひくさせた。帰ってくるたびにやられるやつだ。
「匂いはついてない……新しい女の子は引っ掛けてきてないようですね……」
「ゲンゼ、どうしました、そんな鬼気迫る表情で」
「なんでもないです。ところで、アンナさんの匂いが強めですね……」
ゲンゼはチラッと俺の横、アンナのほうを見やる。
「ただいま、ゲンゼディーフ」
「アンナさん……」
「匂いが強いって? あたしアーカムの唯一無二の相棒だからさ、いろんな死線をくぐり抜けてきた超相棒だから。ずっと一緒なんだ。多分、あたしがアーカムと一緒にいる時間一番長いんじゃないかな」
ゲンゼとアンナはハイライトの飛んだ視線を交差させる。
なんでそんなこと言うんだ、アンナっちは。どういう感情なんだ、仲が悪いのか、このふたりは。アンナがわからない。ゲンゼもわからない。教えてくれ超直感くん!
『やだっ!』
やだじゃない、直感のくせに生意気な。
こいつがちゃんと機能してくれればいいのだが、この2年ずっとこんな具合で、ゲンゼやアンナとのことについてだけは啓示を与えてくれないんだ。
直感に頼ってばかりではなく、学ぶ努力をしないといけない。
女の子って難しいな。
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